第四百八十四話 対峙
なんだかんだ五百話を突破できましたm(__)m
これも皆さんの応援のおかげです。これからも頑張ります!
また七巻が七月一日に発売されます。ツイッターでカバーイラストが先行公開されているので、見てみてください(`・ω・´)ゞ
「すごい人の多さだね! お母さんにも見せてあげたい!」
「母上は元気か?」
「うん! もうすっかり良くなって、トウイ先生のところにいるよ! お師匠様によろしくだってさ」
「暇が出来たら挨拶に行かなきゃだな」
帝都の大通りを歩きながら、俺とクロエはそんな会話をしていた。
その会話にノーネームは入ってこない。
ただ黙って横を歩いているだけだ。
「帝都を案内といっても、この大通りさえ覚えていれば問題ない。ここからすべての門に行くことができるし、城にも行ける」
「観光名所は?」
「観光しに来たのか?」
「違うけど、せっかくなら見ておきたいかなって」
「やれやれ……S級に昇格したのに、まだまだお気楽さが抜けないらしいな?」
「お気楽じゃないよ! 陽気なの!」
「似たようなものだろ」
「全然違うよ!」
クロエは抗議の声を上げながら、特徴的な建物を見るたびに質問してくる。
それに応じながら、俺はチラリとノーネームを見た。
ノーネームは静かに周りを観察している。
そして。
「なるほど。何の結界かと思ったら、誤認の結界ですか」
「よく気が付いたな?」
「私とあなたが歩いていて、誰も私たちに注目しない。ありえないことです。一般人に見えているというわけですね?」
「そういうことだ。まぁごくごく平凡な人間にしか通用しないが、街を歩く分には十分だろう」
俺は帝都でも有名だし、ノーネームは恰好から目立つ。
まぁ俺たちが目立つ理由は、そんな些細なことではなく、単純に二人とも仮面をつけているから、というものだが。
そんなわけで俺は結界を周りに張っていた。
俺たちを誤認する結界だ。
驚くべきはノーネームの観察能力か。
魔法を知っていたわけじゃない。
すれ違う人々の反応から推測して見せた。
伊達にSS級冒険者ではないな。
「そうだったんだ。全然気づかなかった」
「何だと思ってたんだ?」
「お師匠様で帝都の人は慣れてるのかなって」
「帝都の人間は図太い方だと思うが、仮面をつけている奴を許容するほど図太くはないな」
「あははっ! そうだよねー」
笑いながらクロエはノーネームに近づき、一緒に腕を組む。
いきなりのことにノーネームは戸惑い、されるがままだ。
「こうしてると友達みたいに見えるの? お師匠様」
「見えるんじゃないか?」
「だって! ノーネームさん。あたしたち友達」
「友達ですか……」
「あ! あそこに何かあるよ! 行ってみよう!」
クロエは笑顔を絶やさずにノーネームを引っ張っていく。
ある程度の背景説明はされているだろうが、クロエの行動や言葉には打算がない。
この状況を楽しんですらいるし、ノーネームと共にいられることを喜んでいる。
ずっとソロだったから、誰かと組めるということが単純に嬉しいのかもしれない。
それが純粋だからノーネームとしても拒絶しづらいんだろう。
良い傾向だ。
■■■
帝都の案内も終わりかけた頃。
俺はある場所に二人を案内していた。
それは帝都内にある大きな屋敷だった。
「ここは?」
「アムスベルグ勇爵家の屋敷だ」
そう説明すると、ノーネームはなるほどと頷く。
ここでいきなり乗り込まないあたり、今代にとって勇爵家を超えるというのは、あくまで一族の悲願なのだろう。
果たすべきことであって、果たしたいことではない。
それならいくらでも可能性はある。
そんな風に思っていると。
「人の屋敷の前で何をしているのかしら? シルバー」
後ろから聞きなれた声がやってきた。
おかしいな。今日は城の警備だったはずだが……。
「ご機嫌よう。エルナ・フォン・アムスベルグ」
「あんまり機嫌は良くないわ。突然、仕事から外されて屋敷での待機を命じられたのよ。あなたが原因かしら?」
「かもしれんな。紹介しよう。こっちの仮面がSS級冒険者・ノーネーム。そしてこっちが」
「S級冒険者のクロエといいます! シルバーの弟子です!」
クロエが笑顔で自己紹介をする。
だが、エルナはその自己紹介を聞いて怪訝な表情を浮かべた。
「あなたの弟子……?」
「そうだが?」
「顔も明かさない人間が自分の魔法を教えたの? それができるなら顔くらい明かしたら?」
「人には人の事情があるのだよ。それはそうと、君が待機を命じられたのはいつでも自由に帝都の異変に対処できるようにだろう。任務についていると、動けないこともあるからな」
「いい迷惑だわ。どうしてSS級冒険者が二人も帝都にいるのよ?」
「俺が少し帝都を離れる。その間、俺の代わりを二人が務める」
「自分だけ好き勝手動いて、良い身分ね?」
「羨ましいか?」
「まさか」
そう言ってエルナは俺の横を通り過ぎる。
このまま屋敷に戻るつもりなんだろう。
だが、そんなエルナをノーネームが呼び止める。
「エルナ・フォン・アムスベルグ」
「なにかしら? ノーネーム」
「……ここで一騎打ちを申し込めば逃げずに引き受けてもらえますか?」
逃げずに。
その言葉は勇者の血筋への侮辱だ。
勝負から逃げたことなど勇爵家はないからだ。
だが。
「お断りよ。冒険者ギルドと揉める気はないの。互いに立場がある身でしょ? どっちが勝っても問題になる勝負を受ける気はないわ」
エルナは思った以上に大人な対応で、ノーネームとの一騎打ちを断った。
とはいえ、ノーネームもそう簡単にいかないとは思っていたのだろう。
屋敷に戻るエルナを黙って見送った。
「あくまで敵情視察という約束のはずだが?」
「手合わせするのが一番です」
「帝都を崩壊させる気か? そういうつもりなら、彼女より先に俺が相手になるぞ?」
「最低限のラインは心得ているつもりです。私は民を巻き込むような真似はしません」
そう言ってノーネームは踵を返して、勇爵家の屋敷に背を向けた。
俺とクロエは互いに目を合わせたあと、肩を竦めてノーネームの後を追ったのだった。
「ノーネームさん! 宿の場所わかるんですかー?」
「SS級冒険者とS級冒険者が泊まる宿など限られています。どうせ城の近くの高級宿ですよ」
「違うぞ。帝都支部近くの普通の宿だ。贅沢を言うな」
「……皇国では常に王族待遇でしたが?」
「ここは帝国だし、金を出すのは帝都支部だ。我慢しろ」
「……自費で出します」
「ギルドの職員が城の近くまで来るのは大変なんだ。連絡のことを考えれば、最良の場所だぞ? まさか無駄な贅沢が好みか?」
「そういうわけではありませんが……」
「あたしはどこでもいいよー」
クロエの明るい声を聞き、ノーネームはこれ以上の抗議を断念した。
贅沢を望んでいるようにしか見えないからだ。
バレないように笑いつつ、俺は宿へ転移門を開いたのだった。