第四百七十五話 対等な取引
エルナとナイジェルの戦いは完全に、エルナが攻撃、ナイジェルが防御という形になった。
圧倒的な戦力を誇る相手には、防御で隙を探すしかない。当然の結論であり、ロスアークも同じ結論にたどり着いた。
だが、防御だっていつまでも持たない。
ましてや消耗している状態なら、なおさらだ。
「ぐわぁぁぁ!!」
エルナの一撃を受け、ナイジェルが再度吹き飛ばされた。
今度はさすがに立ち上がれない。
それを見て、ローブの人物がナイジェルの援護に動く。
だが、すでにローブの人物の周りにはジークとセバスがいた。
アリーダとセオドアに気を取られていたローブの人物は、ジークの奇襲を何とか躱す。
だが、セバスが投げた短剣は躱せなかった。
咄嗟に剣で払うが、セバスが投げた短剣はいつもの短剣ではない。
魔法を封じた呪符が張られた短剣。
弾けばそれがトリガーとなる。
ローブの人物の近くで爆発が起きて、ローブの人物は体勢を崩された。
その隙に四人が囲む。
「詰んだな」
もはやここからの逆転は不可能。
ナイジェルもエルナによって止められている。
逆転の糸口はない。
そう判断しての言葉だった。
だが、ローブの人物はそうではないらしい。
「アルノルト殿下、取引といきませんか?」
「取引というのは対等な立場でなければ成立しないと思うが?」
「確かに。それはそのとおりですね。では、これでどうでしょうか?」
ローブの人物が軽く腕を振ると、その手には炎神が握られていた。
一瞬の出来事。
おそらく魔導具を使ったんだろうが、炎神側にも仕掛けがなければ使えないはず。
つまり。
「……初めから回収するつもりだったか」
「元々、彼から奪うための計画ですから」
ナイジェルは自らの魔剣を奪われ、手を伸ばしているが、やれるのはそれくらい。
もはや戦う力は残っていない。
そのため、エルナが俺の傍まで降りてきた。
「それで? 今度はあなたが相手?」
「まさか。私が使ったところで、せいぜい彼と同じ程度の力しか出せませんよ。勝てない勝負はしません」
そう言ってローブの人物はエルナから視線を逸らして、アリーダとセオドアに目を向ける。
「疲弊した二人のどちらかに致命傷を与えるくらいはできます。意味がおわかりですね? アルノルト殿下」
「……俺の政治的地位を人質に取るということか」
「そのとおりです。まずいのでは? 近衛騎士団の団長や副団長を失うのは」
「そんなことさせると思っているの?」
「刺し違える覚悟でやれば問題ないでしょう。こちらは被害を気にしませんが、あなたには仲間が多い。殿下の身も守らなければいけませんしね」
なかなかどうして抜け目ない奴だ。
立ち位置を考えれば、エルナはローブの人物を阻止するために全力を出せない。
味方を巻き込むからだ。
向こうが一枚上手だった。
「いいだろう。元々、帝都の脅威を払うのが目的だ」
「アル!? 本気で言ってるの!?」
「本気だ。アリーダもセオドアも大切な近衛騎士団の隊長だ。父上に無事に返さなければ」
「そんなこと私がさせないわ! 任せて!」
「危険は冒さない。欲をかくと碌なことにはならないからな」
「殿下が聡明で助かりました」
俺はアリーダたちを一斉に下がらせる。
その瞬間、ローブの人物は転移の魔導具を使用した。
前回もそれで逃げている。
まぁ用意しているだろうな。
「アル!?」
「従うと言ったはずだぞ?」
その問答の間にローブの人物は転移を果たした。
それを見て、エルナは悔しそうに顔を歪ませる。
「でも……! あいつを逃がしたら問題は解決しないわ! ラファエルもあいつが逃がしたのよ!?」
「それは今回の一件には関係ない。王国との関係が微妙な今、近衛騎士団が崩れれば即戦争になりかねない。そんな危険を冒すことは俺だけの判断ではできない」
そう言ってエルナを黙らせると、俺は周りにいた者たちに命令を伝える。
「ナイジェルを帝都に護送しろ。一応、周囲の偵察も行っておけ。俺は先に帝都に戻る」
指示を出し終えると、俺はセバスと共に馬車に乗り込み、その場を後にしたのだった。
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「エルナには悪いことをしたな」
「仕方ありません。あの場で危険を冒せないというのは事実ですから、違和感もないでしょう。もちろん、あとでちゃんとケアすべきでしょうが」
「それは後で考えよう。しかし、向こうも俺の立場を承知で取引を持ち掛けていたな?」
「内部情報がだだ洩れですな」
「まぁ、仕方ない。こそこそと何かやっているのはバレていただろうし、ナイジェルが帝都にいるとわかっていれば、俺がその対策をしていると推測できる」
帝都で色々とやろうというんだ。
ある程度の情報網は持っているんだろう。
ローブの人物が想像通りの人物なら、ナイジェルが成功しても、失敗しても、損のないように計画していたはず。
結局、ナイジェルは利用されただけ。
駒としては強力すぎる駒ではあったが、帝都で暴れれば、いずれこうなっていただろう。
「さて、じゃあそろそろ行くか」
セバスが投げた短剣。
あれは爆発を起こすことが目的ではない。
爆発と同時に特殊な魔力反応が周囲に散らばる。
それを辿れば、たとえ転移されても追跡できる。
もちろんこちらも転移ができるという前提ではあるが。
「後のことは任せた」
「お任せください」
そう言って俺はシルバーの仮面を被る。
一度ならともかく、二度も取り逃がすわけにいかない。
その正体くらいは暴かせてもらうぞ。
「どんな正体が待っているかな?」
そう言って俺はローブの人物を追跡するために転移したのだった。




