第四百七十二話 蒼い炎
ナイジェルの斬撃を受けて、後退を余儀なくされていたアリーダは、その斬撃を無理やり上へと逸らした。
それでも斬撃は勢いを失うことなく、空を駆けあがっていく。
「殿下の言う通りかもしれませんね」
アリーダの声には警戒の色があった。
それだけ今の攻撃は強力だった。
このレベルの攻撃を連発されたら、二人では手に余る可能性もある。
だが、様子を見る限り、ナイジェルはこの攻撃を連発しているわけではない。
「剣技によって決着をつけたがっている……」
アリーダはアルの言葉を思い出した。
作戦を伝えに来た時、アルはそう告げた。
わざわざセオドアを引っ張り出そうとしている以上、剣技で優劣をつけたがっているかもしれない、と。
その推測は正しいのだろうとアリーダは思い始めていた。
だからこそ、アリーダは自らの気配を消した。
そうであるならば、という前置きの下、アルから厳命されていたからだ。
剣技で優劣をつけたがっている内に殺せ、と。
その指示を遂行するため、アリーダは暗殺者のごとく気配を消したのだ。
不意打ちは騎士の矜持には反する行いだが、今は矜持の前に任務優先。
小動物すらアリーダが近づいても気づかないほど、気配を消し去って、アリーダはゆっくり、じっくりと戦場に戻るのだった。
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ナイジェルとセオドアの戦いは攻め手に欠けるものだった。
互いの長所を消し合うため、長引く。
どちらかが明確に崩れないかぎり、それは延々と続くだろう攻防だった。
セオドアとて、防戦一方ではない。
ときおり反撃の一撃を放つが、その一撃はナイジェルを捉えるには至らない。
ナイジェルがロスアークの剣術を知り尽くしているからだ。一方、セオドアもナイジェルの癖を知り尽くしていた。
だからどちらも崩れない。
「援軍待ちか? 情けない奴だ!」
「挑発のつもりか? 相変わらず下手だな」
セオドアはフッと笑う。
その笑みを見て、ナイジェルは攻勢を強める。
だが、セオドアの防御はあともう少しというところで、驚異的な粘りを見せる。
それを力任せに突破しようとして、幾度も失敗してきた。
しかし、ナイジェルは諦めない。この防御を突破しなければ、修行の意味がない。
「守るだけの剣術など……ゴミに等しい!」
見下し、自ら捨て去った剣術。
それを打ち破るためにナイジェルは必殺の一撃を加えた。
上段から振り下ろされた一撃は、セオドアの剣をへし折った。
だが、セオドアは慌てることなく、風の魔法で刃を構成して、ナイジェルの追撃を防御する。
「このっ!」
数歩下がったセオドアをナイジェルが追った時。
セオドアは悲し気にナイジェルを見つめた。
才能だけならば自分以上。
師匠であるロスアークの名を二人で広めるはずだった。
共に歩く未来は確かにあった。
どうしてこうなったのか。
後悔が襲ってくる。
だが、現実は変わらない。
攻撃に意識を向けたナイジェルの背後。
アリーダが深々とナイジェルの心臓を貫いていた。
「ごほっ……」
アリーダが剣を引き抜くと、ナイジェルは血の塊を吐いて、その場で崩れ去った。
アリーダは用心のために、首にも突きを入れ、魔剣を持つ右腕も斬り落とす。
「一騎打ちを邪魔しましたね」
「……決着をつけられない私が悪い」
セオドアはアリーダにそう返したあと、深く息を吐く。
ナイジェルの攻勢を受け続け、さすがのセオドアも疲れがたまっていた。
しかも目の前には弟のように思っていたナイジェルが血だらけで倒れている。
平然とするのは無理だった。
「あなたが弔いますか?」
「……そうだな。それができるなら」
「魔剣さえ回収できれば……」
構わないはず。
そうアリーダが言おうとした時。
突然、ナイジェルの体が発火し始めた。
先ほどまで纏っていた青い炎より、より青くなった炎だ。
蒼炎がナイジェルの体と、切り離した右腕を包んでいく。
セオドアとアリーダは同時に魔剣に向かって攻撃を加える。
だが、その攻撃が届く前に蒼炎が膨れ上がって二人を吹き飛ばした。
「くっ!」
「あの傷でどうやって……?」
セオドアは距離を取りながら、蒼炎を見つめる。
蒼炎は球状へと変化して、完全にナイジェルを取り込んでいた。
それを見て、アリーダが小さく呟いた。
「八つ裂きにすべきでしたか……」
魔剣との繋がりを断てば、万が一は起きないと思っていた。
だからこそ、致命傷を与えたあとに右腕を落としたのだ。
しかし、それでも甘かった。
「まさか近衛騎士団長が不意打ちとはな」
蒼炎の中からナイジェルが出てきた。
胸や首の傷は塞がり、右腕も元通りになっている。
そして纏う炎も先ほどの青い炎ではなく、真っ白なモノへと変化していた。
「傷も元通りか……再生能力というより蘇生能力だな」
「そう何度も復活はできないはず。殺し続けるまでです」
そう言ってアリーダは一歩前に踏み出す。
だが、ナイジェルが魔剣を高く掲げたことで足は止まる。
剣士としての本能が言っていた。
これ以上、前に出てはいけないと。
「本気を出すならば帝都でという約束だったが……相手が近衛騎士団の団長と副団長では仕方ないだろう」
そう言ってナイジェルは魔剣に炎を集め始めた。
咄嗟に危機を察知したセオドアは、アリーダを自分の後ろに回らせる。
「後ろへ!」
「頼みます」
セオドアは魔力を総動員して、風の刃を展開する。
そしてそれを防御壁代わりとしたのだ。
それだけナイジェルの魔剣からは危険な匂いがしていた。
そして。
その感覚は間違っていなかった。
ナイジェルが魔剣を振るうと炎の奔流が二人を襲う。
セオドアは風の刃で必死に炎を受け止め続ける。
いつまで続くのか。
粘り強いセオドアの心が折れそうになった時。
ようやく炎の奔流は収まった。
周囲を見れば、セオドアとアリーダがいた場所以外は大きく地面がえぐれていた。
それはかなり後方まで続いている。
「これは……攻勢に回すと厄介ですね」
「そのようだ……攻めるぞ」
ここが帝都でなくてよかった。
二人は心の底からそう思いながら、ナイジェルに攻撃の暇を与えないために攻勢に転じたのだった。




