第四百七十一話 炎の型
アリーダの剣技は速さを突き詰めたものだ。
その鋭さと速さは、エルナですら敵わないほど。
だが、ただ速いだけではない。
だらりと剣を下げたまま、ゆっくりとナイジェルのほうへ向かっていく。
自然体のまま、あまりにもゆっくりと近づくアリーダにナイジェルは身構える。
瞬間。
アリーダはもうナイジェルの背後にいた。
緩急。
それがアリーダの神髄。
首元を狙った一撃。結界があろうと関係ないという一撃だった。
普通の相手ならば首が飛んでいただろう。
だが、相手は腐ってもロスアークの弟子。
ナイジェルは振り向くこともなく、アリーダの剣を受け止めた。
「やはり首を狙ってきたか」
「さすがの対応力ですね。ですが、お忘れですか? 二対一だと言うことを」
アリーダが急所を狙ってくると判断し、ナイジェルは急所にだけ意識を集中し、アリーダの動きを追うことはしなかった。
それはセオドアと共にロスアークから防御剣術である風の型を学んだからこその動きだった。
だが、そのため、ナイジェルの正面には隙があった。
そこにセオドアが飛び込んできた。
「さらばだ、弟よ」
「貴様を兄だと思ったことはない!」
セオドアの剣がナイジェルに届く瞬間。
ナイジェルの周りが真っ赤な炎で埋め尽くされた。
セオドアとアリーダは、その炎から間一髪で逃れて距離を取る。
「広範囲攻撃も持っているようですね」
「そう何度も使えまい」
アリーダとセオドアは短い会話で今後の方針を決める。
何度も使えないならば、何度も使わせればいい。
いずれ使えなくなる。
単純なことだった。
こちらは数的有利。
それを活かして攻め続ければいい。
そういう判断だった。
だが、炎が消え去った時。
ナイジェルの姿は少し変わっていた。
「青い炎……?」
先ほどまでナイジェルの周りには赤い炎の結界があった。
それが青くなっている。
ゆらりと炎が揺れる。
危険を察知して、アリーダとセオドアは防御に意識を割いた。
何か来るということはわかったからだ。
それは斬撃だった。
青い炎を纏った斬撃。
それがアリーダに襲い掛かる。
アリーダは受けとめるが、勢いに押されて後退を余儀なくされた。
その間に、ナイジェルはセオドアへと距離を詰める。
炎が青くなったことで、明らかにナイジェルの様子は変わっていた。
ゆえにセオドアは倒すことよりも、耐えることを選んだ。
「守ってばかりでは俺は倒せんぞ!」
ナイジェルの猛攻。
上から下から。
左から右から。
燃え盛る炎のような攻めがセオドアを襲う。
それをセオドアは一つ一つ弾いていった。
自らに迫る脅威を冷静に処理していき、ナイジェルの攻撃に耐えていく。
「自慢の防御もその程度か!」
「自慢の攻撃もその程度か」
セオドアの肩に浅く攻撃が入る。
結界ともいえるセオドアの防御を破り、ナイジェルは得意げになるが、セオドアはそれを意にも介さず、構えを取った。
「相変わらずだな……貴様のそういう態度が気に入らなかった」
「そうか……やはりお前は師匠の剣術を受け継ぐ器ではなかったのだな」
「生温い防御剣術などこちらから願い下げだ。俺に合っていたのはこの攻撃剣術、炎の型。すべてを制圧する剣技だ!」
セオドアの隙を探っていたナイジェルだったが、防御の姿勢を崩さないセオドアに痺れを切らして、その防御を力任せに崩しにかかる。
重い一撃を加えることで、セオドアの対処を打ち破ろうとしたのだ。
防御の剣がいちいち弾かれ、次への対処が遅れる。
それでもセオドアは巧みに足を動かし、決定的な隙は晒さない。
「守っているだけでは俺は討てないぞ!」
ナイジェルは上段から剣を振り下ろし、セオドアはそれを受け止める。
重い一撃に鍔迫り合いが発生した。
「なぜ……師匠を殺した……?」
「なぜ? 今更聞くことがそれか?」
ナイジェルがセオドアの剣を押し込む。
セオドアは片膝をつくが、それでもナイジェルの剣を受け止め続ける。
「哀れだな、セオドア。ずっとそんなことを考えて生きてきたのか? 薄汚い老人などに拘って」
「どう言おうとかまわん……共に父と慕ったはず……理由もなく殺すわけがない」
「理由なんてないさ! 憎いから殺した!」
セオドアは深く息を吸い込み、思いっきりナイジェルの剣を押し返しにかかる。
負けじとナイジェルは力を込める。
だが、その瞬間にセオドアは力を抜いた。
「くっ!?」
バランスを崩したナイジェルはすぐに剣を構えようとするが、その隙にセオドアの拳がナイジェルの顔に突き刺さった。
自らの拳に風の魔法を纏わせた魔拳。
炎を突き破り、ナイジェルを吹き飛ばした。
「……共に親もなく、厳しい修行に明け暮れた。あの日々を乗り越えられたのはお前がいたからだ。本当に……弟のように思っていた。ずっと、何か理由があったのではないかと……ずっと思っていた……だが、何もないと言うなら仕方ない……立て、ナイジェル。近衛騎士団副団長としてお前は私が討つ」
「舐めるなよ……いつまでも兄弟子面をするな!」
そうして二人の剣がまたぶつかり合うのだった。




