第四百六十三話 副団長
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帝都のとある宿。
エルナが用意しただろうその宿は貸し切りだった。
奥の部屋へ向かって歩きながら、俺は周りを観察する。
宿は完全に貸し切り。
手下らしい人物もいない。
エルナは紹介する人間の名を言わなかった。
ただ、この宿に来てほしいと言っただけ。
「一体、どんな大物だと思う?」
「見当もつきませんな。ただ、殿下に表向きに会うのは憚られる人物なのは確かですな。この宿は人払いをされていますが、その周りも勇爵家の騎士たちが見張っています」
「厳重な警備というわけか」
「いえ、警備というよりは監視ですな。あくまで人の動きを見張っている配置です」
「誰にも見られたくないということか。そのうえで警備の必要はないと?」
宿にはエルナもいる。
だからだろうか?
いや、それだけが理由じゃない。
エルナに警備を任しているのではなく、守る必要がない。そういう考えで動いているんだろう。
「想像がついてきたぞ……そして途端にあの部屋へ行くのが嫌になってきた」
「来てしまった以上、行くしかないでしょうな」
「人生には逃げていい時もあると思うんだが?」
「逃げても捕まるだけでしょう。子供の頃からエルナ様関連で逃げ切れたことはないのですから」
セバスにそう言われて俺は顔をしかめる。
もはや経験でわかっている。
エルナに目を付けられたら逃げられないのだと。
「まったく……」
厄介な幼馴染だと呟きながら、俺は扉を開いたのだった。
■■■
部屋にいたのは三名。
一人はエルナであり、残る二人は蜂蜜色の長い髪の女と、茶色の髪と短い髭を蓄えた壮年の男。
どちらも見知った人物たちだ。
帝国でも知らない者のほうが少数だろう。
「……!! 驚いたな。どちらか一人だと思っていたよ」
「殿下を驚かせることができたなら幸いです。いつも予想通りという表情なので」
そう言って部屋にいた女と男が椅子から立ち上がり、俺に一礼した。
女の名はアリーダ・フォン・ヴァイトリング。
帝国近衛騎士団団長兼第一騎士隊隊長。
そして男の名はセオドア・ライルズ。
帝国近衛騎士団副団長兼第二騎士隊隊長。
「近衛騎士団のナンバーワンとツーが俺に何の用だ? しかもエルナを使って接触するなんて」
「お許しを。城で表立って頼み事をするわけにはいきませんので」
「俺に頼むことがあるか? この面子なら大抵のことは解決できるはずだが?」
この部屋には近衛騎士団の上位三隊長が揃っている。エルナを介して俺に頼むより、エルナと協力して解決すればいい。
そんなことを思っていると、静かにセオドアが口を開いた。
「やむを得ぬ事情があったのです。まずはお座りください」
「それはここにいる三人が、白いマントをつけていないことに関係あるのか?」
エルナを含めて三人とも白いマントを外していた。
つまり近衛隊の隊長としてここにいるわけじゃないということだ。
「その通りです。あくまで頼み事があるのは私です。アリーダとエルナには協力してもらっています」
「そのうえで帝国皇子の手を借りると? よその者が見れば謀反を疑われるぞ?」
俺がそうチクリと刺すと、エルナがため息を吐いた。
「だから秘密裏に会っているのよ」
「知っていれば来なかった」
「でしょうね。罠だとしたら終わりだもの」
「わかっていて黙ってたのか?」
「帝都の民の安全がかかっているの。アルしか頼れないのよ」
俺は軽く舌打ちをしたあと、仕方なく椅子に座った。
今更帰ったところで後戻りはできない。
問題を処理するしかない。
「話を聞こう。この三人で解決できない問題が帝都にあるとは思えないがな」
「それにはまず、私の師匠の話から始める必要があります。私の剣の師、ロスアークについてはご存じでしょうか?」
「名前くらいは当然知っている。皇太子の師でもあったからな」
ロスアークは帝国の伯爵だ。
自らロスアーク流を開いた剣の達人であり、皇太子にも剣の手ほどきをした。
その時点でも齢八十に迫る高齢だったが、近衛騎士がまったく相手にならなかったと言われている。
病にかかり、もう亡くなった人物だが、全盛期ならばエゴール翁にも引けを取らないと言われていた人物だ。
「師匠は孤児だった私を引き取り、弟子としてくれました。ですが、弟子は私一人ではありませんでした」
俺は盛大に顔をしかめた。
セオドアは孤児であり、平民。それでもロスアークの弟子として、すべてを教わって近衛騎士団の副団長にまで上り詰めた。
ロスアーク流の正当後継者だ。
それは有名な話で、俺も知っている。
だが、ほかに弟子がいたなんて話は聞いたことがない。
「その弟子は今、どこに?」
「十年以上前に失踪しました。師匠を殺し、秘蔵されていた奥義書と魔剣を奪って」
「なるほど……いやぁ、なるほど。帝都にいるのか?」
半笑いで俺が問いかけると、セオドアは静かに頷いた。
俺は思わず天井を見上げた。
ロスアークに子はなかった。だから才能ある子供を探して、旅に出ていた。そこで見つけた天才がセオドアだ。
だが、それがもう一人いる。
しかも師匠を殺し、魔剣を奪って。
「帝都で一人の死体が見つかりました。名の通った剣士ですが、その傷口は特徴的でした。おそらく私の弟弟子の仕業でしょう。帝都でわざわざ死体を残す以上、私への挑戦状かと」
「そんな危険人物が相手なら近衛騎士団総出で捕えればいいだろ?」
「弟弟子が持っている魔剣は師匠が危険すぎて封印していた代物です。大陸最強の魔剣の一本でしょう。大々的に動けばどんな被害が帝都に出るかわかりません」
「最強の魔剣だと……? つまり近衛騎士団副団長と同等クラスの実力者が、ノーネームが持つ冥神クラスの魔剣を持っているのか……?」
「そうなりますね」
アリーダが冷静に頷き、慌てた様子もなく紅茶を飲んだ。
つまるところ、帝都の中にSS級冒険者がいるようなものだ。
暴発の危険性もあるから大々的には動けない。
「それで俺にどうしろと……?」
「目立つため、皇帝陛下や宰相が直接動くことはできません。すべて説明しておりますが、状況を考えて私とアリーダに一任するとのことです。しかし、私やアリーダも立場があります。エリク殿下、レオナルト殿下のお二人に借りを作ると後々面倒になりますので」
「アルの力を借りるってことになったのよ」
「俺はレオの兄だが?」
「ですが、直接帝位を狙う方ではありません。それに適材ですので。本来なら我々だけで制圧できればいいのですが、力に力で対抗すれば被害が大きくなりかねない状況です。そのためアルノルト殿下のお力をお借りします。この場の三人を駒として使って構いません。罠にかけて二対一の状況を作ってほしいのです。有利な状況で制圧します。お得意では?」
簡単そうにアリーダは告げた。
思わず俺はセバスを見つめた。
セバスは肩を竦めながら呟く。
「後ろに推薦者がいるようですな?」
「だよな? 俺もそんな気がしていた。とりあえず聞くが、勇爵はどこだ?」
「勇爵は皇帝陛下の代わりに南部の視察です。ご明察のとおり、私にアルノルト殿下を頼れと推薦したのは勇爵です」
「親子そろってなぜ俺にばかり面倒事を押し付ける!?」
思わず俺は叫んでしまったのだった。




