第四百五十八話 王国の軍拡
人の嫌がることをするのが楽しくて仕方ない。
そういう笑みだな、あれは。
我が父ながら、なんて性悪な。
内心、そう思いつつ俺は前へ進む。
その過程でレオが笑みを浮かべながら、俺を労う。
「お帰り、兄さん。大変だったみたいだね?」
「ただいま。戻ってきてからのほうが大変だよ」
肩を竦めて、俺はチラリと後ろを見る。
近衛騎士団の隊長たちから礼を受けるなんて、考えてもみなかった。
予想外すぎて面を食らった。
トラウ兄さんが求めたというのはあるだろうが、同時に俺が嫌がりそうだから父上は許可したのだ。
仕事を終えて、予定どおりという俺が気に食わないと思ったんだろう。
性格の悪い人だ。
「ご苦労だったな、アルノルト」
「いえいえ。まぁもうちょっと早く帰りたかったんですがね」
エリクの言葉に俺はそう返す。
どこぞの誰かの足止めがなければ、という意味を込めての言葉だが、エリクはどこ吹く風だ。
「本来なら大々的に歓迎したいところだが、表向き、お前は失敗したことになっている。藩国の者から怪しまれてもトラウゴットが困るゆえ、一部の者しか真実は知らん。許せ」
「元々、そのつもりです。あれしか方法はなかった。トラウ兄さんが藩国を無事に治められるなら、俺の悪評ぐらい大したことじゃありませんよ」
「兄さんはもう少し、自分の評判を気にしたほうがいいと思うけどね」
後ろでレオがチクリと小言を言ってきた。
聞こえなかったふりをして、俺は話を進める。
「それで? 俺の歓迎のために集まったわけではないですよね?」
「歓迎のためだと言ったらどうする?」
「平和だなぁと思うだけですよ。けど、そんな平和でもないでしょ」
俺の言葉を聞き、父上はフッと笑う。
そして宰相へ視線を移した。
「フランツ」
「はっ。現在、ペルラン王国は大陸西側にある小国連合、レチュサ同盟に圧力をかけて急速に軍を増強しています」
大陸西側には多くの小国がある。
亜人の国もあれば、人間の国もあるが、大国であるペルラン王国に対抗するために彼らは同盟を組んだ。それがレチュサ同盟だ。
だが、小国が徒党を組んだところで大国の態度は変わらない。
いつでも捻りつぶせる相手が、多少面倒になっただけだ。
扱いが少しまともになるだけ。格下は所詮格下。
レチュサ同盟としても、本格的に王国と争う気はない。あくまで交渉の席につかせたいだけ。
そして交渉の結果、レチュサ同盟は王国の軍拡に力を貸した。
物資を提供し、お金を提供した。
自分たちの脅威を自分たちで大きくしたのだ。
思惑はわかる。
そういう行動に出れば、帝国が許すはずがないとわかっているからだ。
「この軍備増強は前から問題になっていたが、先日、大臣や貴族たちから、放置すればいずれ帝国に牙を向くと進言を受けた。確かにその通りだろう」
「どう言い繕っても、対帝国であることは間違いないですからね」
既に父上へ進言が届いている状況か。
このためにエリクは俺を足止めしたんだろうな。
すでに向こうはスタートを切っている状態。
根回しも行っているだろう。
「王国を討つべしという機運が高まっておる。アルノルト、お前はどう見る?」
「いずれ決着はつけねばならないでしょう。早いか、遅いか。その程度の違いです。勝てるならやってもいいんじゃないですか?」
「では質問の仕方を変えよう。今、やって勝てると思うか?」
「一年前、レオが撃退した王国軍には名のある将はいませんでした。聖女レティシアと共に戦った将たちが前線に出ることを嫌ったからです。しかし、王国は軍備増強に動いた。おそらく、全員とは言わないまでも、それなりの将を動かせるからでしょう。そうなれば苦戦は避けられないかと」
「なるほど、お前らしいな。では、苦戦が免れないとして、だ。誰が出れば勝てる?」
父上の質問に俺は一瞬、考え込む。
確実に勝てる戦は存在しない。
大軍で攻めても、少数にひっくり返されることは珍しいことじゃない。
そうなると、なるべく勝てる方法は何かという話になる。
過去の王国戦を考えれば、答えは一つ。
「誰が出れば、というのはわかりませんが、やっておくべきことはあります」
「なんだ?」
「アルバトロ公国に使者を送るべきです。過去、王国を攻めても落とせなかったのは、アルバトロ公国による海上支援があったからです。まずはそこを絶ちましょう」
「エリクと同意見か」
父上とフランツが視線を合わせた。
俺は横にいるエリクを見る。
相変わらず冷たい表情で、感情が読み取れない。
だが、意図はわかった。
アルバトロ公国を説得するには、縁ある者がいい。
俺か、レオか。
どっちにしろ、帝都から追い払える。
王国と一戦交えるには必要な準備であり、かつ人選に不自然な点がない。
よく考えるもんだな、まったく。
「アルバトロ公国は海竜の一件以来、帝国よりです。アルノルト殿下かレオナルト殿下がいけば、説得も容易いかと」
「それもそうだが、アルノルトは帰ってきたばかりだ。レオナルト、行ってくれるか?」
「ご命令くだされば、どこへでも」
レオは頭を下げて応じる。
そう言うしかない。
さてさて、どうするかな。
やはり、俺が名乗りをあげるべきか?
しかし、そうなるとまた帝都を離れることになる。
レオの公国行きを阻止して、帝都に残らせても、レオが対王国戦から外されては意味がない。
この議論自体を壊したいところだが、今は相手の手のひらの上。
こちらがどう動こうと意味はないだろう。
思案していると、玉座の間の扉が開いた。
開けたのは近衛騎士だ。
そしてそこを通ってきたのは。
「ああ、よかったよかった。間に合いました」
小太りな男。
人好きのする笑みを浮かべながら、その場で膝をつく。
「ユルゲン・フォン・ラインフェルト公爵、陛下と殿下方に拝謁いたします。東部国境守備軍を統括するリーゼロッテ元帥より親書を預かっております」
そう言ってラインフェルト公爵は笑みを浮かべる。
一瞬、レオとラインフェルト公爵の視線が交差した。
なるほど。レオも黙っていたわけではないらしい。




