第四百五十六話 新たな隊長
帝国北部。
夜。
本来よる予定のないツヴァイク侯爵家に俺たちはよっていた。
「すまんな、シャル」
「別に構わないわ。それにしても、どうして予定を変更したの?」
北部貴族の代表であるシャルロッテ・フォン・ツヴァイク。
その歓迎を受けて、俺はツヴァイク侯爵の屋敷にいた。
シャルに会うのは久しぶりではない。
藩国と帝国北部は近所だ。何か起きるたびに、俺たちは顔を合わせていた。
「見え見えの罠があったんでな。少し警戒してみた」
「見え見えの罠?」
「予定ルートの橋が落ちていた。回り道をすれば渡れるが、急ぐなら森を抜ける必要がある。その森の中には多くの足跡が続いていた」
「伏兵?」
「かもしれん。あまりに見え見えで、逆に何がしたいのかわからんから、とりあえず最も安全そうな場所に移動したわけだ。まぁ、今思うと足止めが目的なのかもしれないけどな」
「アルを足止め? 帝都で何かあったのかしら?」
「緊急事態はないはずだがな。と言っても、俺に帰ってこられて困る奴らはそんな多くない」
「エリク殿下が対策を講じるために足止めを?」
さすがに理解が早い。
言葉にせず、俺は頷く。
俺が帰れば、ここまで均衡を保っていたレオとエリクにも変化が出る。
先手を打つために、時間が欲しかったか。
「正直、少し安心しているよ」
「どういうこと?」
「まともに帝位争いをする気があるみたいだからな」
「どういう意味?」
「これまでエリクは動かなかった。自分が最大勢力を誇っているから、下手に争って漁夫の利を奪われるのを嫌ったからだ。だが、誰とも争わずに帝位にはつけない。危惧していたのは、エリクが玉座に興味がないんじゃないかって点だった」
シャルがそんなわけないだろって顔をする。
その通りだ。
まったくその通り。
玉座に興味がないなら、帝位争いには参加しないだろう。
だが、どうしても皇帝になりたいという意思がエリクからは感じ取れない。
あくまで目的の一環。
その程度の意思しか感じられないと思っていた。
「俺の危惧が外れたならそれでいい。問題はそこではなく、エリクが動くという点だ」
「最大勢力だものね……」
「そうじゃない……能力のない者に最大勢力は集まらない。多くの者がエリクが勝つと踏んだから、エリクの下には最大勢力が集まったんだ。皇太子を頭脳面で補佐してきた切れ者。政では交渉事で真価を発揮し、戦場では軍師としての顔が出てくる。皇太子の戦果の半分は、エリクのものだ。皇太子自身がそう言っていたからな」
子供の頃から常に二人は一緒だった。
初陣すらも一緒。
エリクは年下なのに、皇太子と共に出陣することを許された。
皇帝自慢の子供たち。
暴れ回る二人を、各国ではそう評した。
二人が前線に出るようになると、それまで頻繁に諸外国と争っていた父上は、帝都に留まるようになったからだ。
二人そろってなら、自分の代わりになる。
そう判断したということだ。
頭脳面においては皇太子を上回る。
その評価はそこから来ているし、間違っていない。
「王国はきな臭い。この一年で大幅に軍を強化してきた。周辺の小国に圧力をかけて、物資を提供させてな。目的は考えるまでもない」
「帝国との再戦ね? けど、どうして急ぐのかしら?」
「帝位争いに決着がつけば、敵わないとわかっているからだろうさ。これまでもあったことだ。それに帝国はまだ立ち直っていない。所詮はまだ一年だからな」
俺は窓から星空を見上げた。
多くの事件があり、最終的には内乱となった。
この北部もまた、血が流れた。
いなくなった者たちを思えば、帝国の弱体化が必然だと思えてしまう。
けれど。
いなくなった者たちもいれば、台頭した者たちもいる。
「そういえば、近衛騎士団が再編されたらしいな」
俺が出した話題にシャルは露骨に顔をしかめた。
そして呟く。
「私、やっぱり皇帝陛下が嫌いよ」
らしい言葉に俺は笑うのだった。
■■■
翌日、俺たちはシャルに見送られてツヴァイク侯爵領を出発した。
領内から出るにあたり、俺は馬車の足を止めさせた。
特徴的な鳴き声が聞こえてきた。
空を見れば白い飛竜が俺たちの上を旋回していた。
そして、俺の姿を認めるとそのままゆっくりと降下してくる。
その背に乗る騎士の背には白いマントがあった。
「出迎えご苦労、フィン」
「はい、アルノルト殿下。予定地点におられないのでツヴァイク侯爵領におられるだろうと思い、迎えに上がりました」
そう言ってフィンは一年前と変わらず柔和な笑みを浮かべた。
相変わらず、空で戦闘しているときとは別人だな。
だが、その能力は認められた。
「近衛第八騎士隊隊長、フィン・ブロスト。これより殿下の護衛に入ります」
「よろしく頼む。フィン隊長」
といっても、フィンの周りに部下はいない。
たった一人で近衛騎士隊クラスの活躍ができるということで、異例ながら部下のいない近衛騎士隊長として任命された。
一領主に抱えさせるには過剰戦力であり、俺がいた頃は北部全権代官直下として動いていたが、俺がいなくなったあとは、北部全体の戦力としてシャルが扱った。
しかし、近衛騎士団の再編を急ぐ父上によって近衛騎士隊長に任命されたのだ。
まぁ、遅かれ早かれそうなっただろう。
それだけフィンは強力であり、特異だからだ。
「さて、これで俺に茶々をいれる連中はいないだろう。さっさと帝都に向かおう」
「そうですね。皇帝陛下がお待ちです」
「説教のためか?」
「どうでしょうか?」
俺は笑いながら馬車へと戻り、フィンは空へ上がったのだった。




