第四百五十四話 良き見本
玉座の間に連れて来られた俺は、トラウ兄さんと対面した。
「これはどういうことですか? トラウ兄さん」
「――アルノルト。自分は残念であります」
一瞬、苦々しい表情をトラウ兄さんが浮かべた。
この計画で一番苦労したこと。
それはトラウ兄さんを納得させることだった。
弟を犠牲にする方策を許容する人じゃない。
だから、何度も話し合った。
俺が手っ取り早く帝国に戻るには、これが一番だと説明し、必要最低限の犠牲で済ませる。
それでトラウ兄さんは俺の提案を飲んだ。
「残念とは?」
「アルノルト。自分は藩王。常に国へ寄り添わねばならないであります。ゆえに、アルノルト。我が弟よ。お前の勝手な振る舞いを見逃せない」
「勝手な振る舞い? 貴族たちを逮捕したことですか? 彼らが不正を行っていたことは事実。悪いことだとでも?」
「家族まで逮捕する必要が? やりすぎであります。藩国には藩国のやり方があるでありますよ」
「不正を見逃すと? いつまで経っても藩国の風習はなくなりませんよ?」
「そうでありますか……」
トラウ兄さんは深くため息を吐いた。
そしてブラッドに目配せをする。
すると、ブラッドは兵士たちを玉座の間に入れた。
彼らが持っているのは大きな箱だった。
そこには魔法が掛けられている。
とある血筋の者しか開けられないという魔法だ。
「不正を許さないというなら、自分の不正はどうなるでありますか?」
言いながら、トラウ兄さんは箱を開けた。
その箱はアードラーの者にしか開けられない。
藩国では俺とトラウ兄さんしか開けられない箱というわけだ。
そこには俺と貴族たちのやり取りがご丁寧に保管されていた。
「賄賂を受け取ることは不正では? アルノルト」
「……清廉潔白なままでは国は統治できません。いずれ、その者たちも逮捕するつもりでした」
「だからこそ、証拠も残していた。たしかに筋が通るでありますな。しかし、それでは納得しない者たちがいるでありますよ」
「納得が必要だと? 藩国を正すためです」
「その考えが問題だと言っているであります。藩国を下に見て、貴族を顧みない。信用がない者に人はついてこないであります」
「藩国の貴族たちからの信用など求めていません。文句があるなら、帝国の貴族を連れてくればいい。この国は所詮、敗戦国です」
「アルノルト……そういう風に思う帝国の者がいて、それで藩国が迫害されることを防ぐために、自分がいるであります。今、この時をもって、アルノルト・レークス・アードラーを藩国宰相の任から解くであります」
トラウ兄さんはそう宣言した。
だが、俺はそれを鼻で笑う。
「残念ですが、俺が藩国にいるのは皇帝陛下の意思でもある。トラウ兄さんが俺を連れ出したわけですが、許可したのは父上です。勝手に解任など許されるとでも?」
「問題ないであります。すでに手紙で返答を貰っているでありますよ。自分に任せると」
そう言ってトラウ兄さんは俺に手紙を投げる。
それを拾って、俺は目を見開く。
たしかに父上の筆跡でトラウ兄さんにすべて任せると書かれていた。
本気で調べる気がなかったとはいえ、この手紙のことは知らなかった。
俺にばれないように動くあたり、トラウ兄さんも周りを欺くのに本気だな。
「……たしかに父上の筆跡ですね」
「帝国へ戻るであります、アルノルト。この場にお前の居場所はない」
「……一つ言っておくことがあるとすれば、すべてはトラウ兄さんのためでした」
「わかっているでありますよ。だから、罰することはしないであります。誰にも……させないであります」
そう言ってトラウ兄さんは一息ついた。
俺を排除したことで、トラウ兄さんは貴族から信望を集めるだろう。
俺が持っていた証拠で、俺の周りにいた貴族たちは窮地に陥る。
どう料理するかはブラッドとトラウ兄さん次第だ。
完全な奇襲だった。いくら逃げるのが上手い悪徳貴族たちでも抵抗できまい。
反撃の一手は俺への襲撃だが、それももみ消した。
今頃、ブラッドの手勢が救出している頃だろう。
「帝国には評判が悪いゆえ、解任すると伝えるであります。行った不正には目をつむるでありますよ」
「……帝国には俺と同じように、藩国を見下し、帝国貴族を入れればいいという考えの者が大勢います。その考えと対立することになりますよ?」
「望むところであります。自分は藩王。この国のことは藩国の者が決めるであります」
トラウ兄さんの宣言を聞き、俺は軽く笑って一礼する。
もう俺の役目は終わったからだ。
「なるほど。そういう考えなら俺のやり方は受け入れられないでしょうね。わかりました。王命に従います」
余計なことは言わず、俺は一礼して背を向ける。
これでようやく宰相から解放される。
そんなことを思っていると、後ろからトラウ兄さんの声がした。
「アルノルト……短い間ではありますが、世話になったであります」
「……お元気で」
一言告げて俺は歩き出す。
これで俺は藩国では悪者だ。
早々、トラウ兄さんに会いに来ることもできないだろう。
今生の別れではない。
ただ、共に仕事をすることはきっとない。
思えば、それなりに楽しい一年だった。
ずっとトラウ兄さんを支えることばかり考えていたな。
悪くない一年だった。
そんなことを考えていると、捕らえられた貴族たちとすれ違う。
「ア、アルノルト宰相! どうかお助けを!」
「どうかお願いします!」
「何でも致します!」
全員が泣いて俺に縋ってくるが、俺は首を横に振った。
「俺も帝国へ送り返されることになった。もはや宰相ではない。すまんが、なにもしてやれん」
「送り返される……? どういうことです!?」
「そのままの意味だ」
「帝国の皇子に戻ると!? 不正を取り締まる側にいながら、不正に関与したのに! 何もお咎めなしとはどういうことだ!?」
「宰相を解任された。お咎めなしではない」
「そんな馬鹿げた話があるか! 我々は罰せられるのに! 諸悪の根源が罰せられないだと!?」
「理不尽だ!」
「横暴だ! 陛下! 納得いきませぬ!」
彼らは声を荒げるが、自分たちも理不尽を振るう側にいたのだ。
理不尽な目に遭っても、自業自得というものだろう。
俺の分も含めて、厳しく罰せられてくれ。
■■■
数日後。
帝国への護送の準備が整い、俺は城を出ることになった。
俺の解任は藩国貴族からの反発ということで、帝国には報告され、失敗は失敗だが、罪ではないということになった。
おかげで後ろ指をさされることはないし、共に藩国へやってきたフィーネに被害が及ぶこともない。
そこに安心しながら、馬車に向かう途中。
ブラッドが向かいから歩いてきた。
視線は合わせない。
だが。
「――生涯、この御恩は忘れません」
「忘れていいぞ。宰相として兄を頼む」
「……前宰相を良き見本として、陛下を支える所存です」
そう言ってブラッドは通り過ぎていく。
律儀な奴だ。
きっとそれを言うためにここへ来たんだろう。
「自分が称賛されれば、それは見本となったアル様が称賛されたということ。そういう意味なのでしょうね」
「称賛はいらない。欲しいのは結果だ。トラウ兄さんを助けてくれるなら、他には望まんよ」
そんな会話をして、俺とフィーネは馬車へと乗り込む。
しかし、そこには先客がいた。
「なぜいる?」
「ひどすぎる言葉ですわ! いちゃ駄目ですの!?」
そこにはミアが旅支度をして乗っていた。
元々、ミアは藩国の人間だ。
藩国のために義賊までやっていた。
今、藩国は良くなり始めている。
離れる理由はないはずだが。
「ラインフェルト公爵の下でお世話になっている、弟に会いにいくんですの!」
「まぁ! それでは楽しい旅路になりそうですね」
「フィーネ様はお優しいですわ~」
フィーネに抱き着き、どこかの誰かと違って、とミアが呟く。
このまま置き去りにしてやろうかと思ったが、大人気ないのでやめた。
代わりにセバスへ伝える。
「追加の食糧は用意しなくていい。客じゃないからな」
「そんな!? あんまりですわ!」
「かしこまりました。人数分以上の食糧がありますので、ご安心を。ミア殿」
「さすがセバスさんですわ!」
「ちっ……」
「今、舌打ちが聞こえたような……」
「気のせいだろ」
そっぽを向き、俺は動き出した馬車から藩国の城を見る。
その城のバルコニー。
トラウ兄さんがマリアンヌと共に顔を出していた。
寄り添う二人を見て、俺は安心する。
トラウ兄さんには支えてくれる人がいる。
きっと何かあっても手を取り合って解決するだろう。
だからこそ。
「さて、帰るとするか。帝国へ」
そう言って俺はニヤリと笑ったのだった。




