第四百五十三話 内通者
辺境貴族の下へ向かう途中。
俺は待ち伏せにあった。
正確には待ち伏せ部隊を見つけた、だが。
「やれやれ、やはり感情優先の奴らがいたか」
「どうなさいますか?」
俺への襲撃を計画していた奴らを、セバスが見つけて無力化した。
宰相である俺の傍には、当然ながら護衛部隊がいる。
彼らにばれては大事になるだろう。
「どこかに軟禁しておけ。どうせ一部の独断だ。そいつらのせいで、ブラッドたちが貴族の突き上げを食らうのは困る」
セバスは心得たとばかりに一礼すると、その場を後にする。
トラウ兄さんの側近たちは勝者でなければいけない。そのためには付け入る隙を与えてはいけない。
他人を蹴落とすことには敏感な連中だ。
俺が狙われたという事実だけでも、ブラッドたちを攻撃しかねない。
そこで激突が起きると、決着が長引く。
そんなことをしている暇はない。
「さぁ! 移動するぞ! もたもたするな!」
一団を急かし、俺は辺境貴族の下へ急ぐ。
おそらく辺境巡りはこれが最後だろうなと思いながら。
■■■
一週間後。
さらに辺境貴族を逮捕した俺は、王都に戻ってきた。
今回はトラウ兄さんの独断で釈放ということにはなってないようだ。
その分、不満は一層溜まっているだろう。
きっと、トラウ兄さんの下には懇願の手紙がいくつも届いているはずだ。
「王ってのは大変だな。いつも判断に迫られる」
「判断に迫られるような状況に追い込んだ人間が言う言葉とは思えませんですわ……」
城の一室。
そこでミアが俺の発言にドン引きしていた。
この程度で引くなんて、まだまだだな。
一方、笑顔で俺の発言を聞かなかったことにして、フィーネが俺に紅茶を差し出す。
「どうぞ、アル様」
「ああ、ありがとう。藩国の令嬢たちはどうかな? フィーネ」
「正直、もう少しかかるかと」
俺に付き従って藩国にやってきたフィーネだが、藩国でやることは特に決まっていなかった。
俺もフィーネに何かをさせる気はなかったのだが、フィーネは自然と藩国の令嬢たちと仲良くなった。
そして、仲良くなった令嬢たちの質問に答えているうちに、フィーネの教室みたいなものが出来上がった。
各国の簡単な歴史や礼儀などをフィーネが教える教室だ。
すぐに話題になり、多くの令嬢が参加した。
だが、藩国の令嬢たちはお世辞にも教養があるとは言えなかった。
藩国の外に出ないからだ。
最低限の教養さえあれば事足りた。
だが、これからの藩国は各国と交流していくことになる。帝国はもちろん、連合王国とも交流するだろう。
政治の場に立つ者の資質も重要になるが、同時に令嬢同士の交流も政治に役立つ。
帝国では皇后が各国の王族と連絡を密に取り合っている。
そういう風に令嬢の教養は国家にとって有益となる。
それを育てるために、フィーネが頑張ってくれているわけだが。
「そうそう簡単には教養は身につかないし、文化は育たない。こればかりは時間をかけてもらおう」
「はい。最近はマリアンヌ様も来られるようになって、助かっています。私がいなくなったあとはマリアンヌ様が引き継ぐそうです」
「王妃は連合王国生活が長かったからな」
藩国では例外的な人物だ。
なるべくフィーネの知識を伝えて、あとはマリアンヌに頑張ってもらうか、帝国から人材を借りるかしかないだろう。
「のんびりしていますけれど、あなたを排除しようとする動きは加速しているんですわよ?」
「排除するならどうぞ、やればいい。それが狙いだって言ってるだろ?」
「自分の身の安全を心配しないんですの? この前、襲われかけたばかりですわよ? 自分で言ったんですわよ? 恨みは厄介だと」
「強硬派は捕まえてあるし、その暴走でブラッドは引き締めを図っているはずだ」
「その内務大臣が恨みで暴走しないとなぜ言えるんですの?」
「しないさ。あいつは最初からすべてを知っているからな」
「……はい?」
ミアが一瞬固まる。
フィーネはあまり驚かない。
最近、ずっと俺とブラッドは対立してきた。
誰もが反宰相の最先鋒はブラッドだと思っている。
だが、しかし。
「あいつが内務大臣に就任した時点で、俺は今回の展望を話している」
「内務大臣に就任って……ほとんど藩国に来たばかりの頃ですわよ!? その頃から今の展開を考えていたんですの!? っていうか、その頃から仲間!? 私に何度も探らせたのは何だったんですの!?」
「藩国に来る前から、藩国の貴族の問題点はわかっていた。不正に慣れているのも問題だし、一部の貴族が力を持ちすぎているのも問題だ。解決するためには、一人が徹底的に取り締まる必要がある。いずれ帝国に戻る俺が適任だ。だが、そうなると俺の排除を訴える者が必要となる。だから、トラウ兄さんと相談して、ブラッドにその役目を任せた。次の宰相はブラッドだ。それぐらいの腹芸はしてもらわないと困る」
「答えになっていませんですわ! 私に何度も探らせた理由はなんですの!?」
「探っていないと怪しまれるだろう? 俺の手勢がブラッドの周りを探っていれば、ブラッドは怪しまれない。敵から何まで、すべて用意された自作自演とばれたら大変だからな」
強硬派が暴走し、襲撃をしかけるとわかったのもブラッドからの連絡だ。
いくらセバスでも、俺の護衛をしながら襲撃前の部隊を見つけるのは難しい。
場所が分かっていたから、制圧できたわけだ。
「驚かないんだな? フィーネは」
「そうかもしれないと思っていただけです。アル様と対立する方は、好んで出涸らし宰相という言葉を使いますが、あの方が使っているところは見たことがありませんから」
「そんなところ気にしませんでしたわ……いつも口論していたのも演技ですの?」
「演技じゃない。互いに指摘しても問題ないところで口論していただけだ。俺のトラウ兄さんへの呼び方とか、ブラッドの失敗だとか。互いに非がある部分で言い合いはしていた」
罵り合いではなく、あくまで口論。
深刻なものには発展しない。
多くの者はブラッドが一線を弁えていると見ていたから、それ以上のことをする必要もなかった。
「私の偵察は無駄骨でしたのね……」
「敵を騙すには味方からっていうからな。知っているのはトラウ兄さんと俺とブラッドだけだ。貴族たちには気づきようがない」
「なんで敵まで自分で用意したんですの……?」
「俺を排除する一連の流れは、藩国のこれからを決める。それはトラウ兄さんの今後を決めるということだ。そんな大事なことを良くも知らない敵と共有はできんよ。味方ほどに信頼できる有能な敵がいるならまだしも、いないなら味方にやってもらったほうがいい」
俺の排除は一度しか使えない手だ。
失敗は許されない。
俺ごと面倒な奴らも排除する以上、失敗すればそいつらの恨みを買う。そうなると今後の禍根になるだろう。
やるなら徹底的に、そして一度ですべてを終わらせるべきだ。
求められるのは手際の良さだ。
俺が本気で何もできないほど、周到に地盤を固め、動くときは一瞬で。
そんなことを思っていると、扉がノックされた。
「どうぞ」
「失礼します。アルノルト宰相、藩王陛下がお呼びです」
ノックをしたのはブラッドだった。
その後ろには大勢の兵士がいる。
それに対して、俺は笑う。
「後で行こう」
「今すぐに、という王命でございます」
「なに?」
「帝国の皇帝陛下から手紙が返ってきました。用件はそれについてかと」
「そんな話は聞いていないぞ?」
「話していませんので」
そう言ってブラッドは軽く手をあげる。
すると兵士たちが続々と部屋へ入ってきた。
ミアが思わず身構えるが、俺はそれを制止しつつ両手をあげた。
「なるほど……何もさせないということか」
「そういうことです。ご同行ください。他の者は部屋を調べろ」
証拠隠滅もさせない。
父上が関わる一件となると、拒否することもできない。
「後で覚えていろ?」
「ご安心を。あなたに後はありませんので」
そう言ってブラッドは俺を連行し始めたのだった。




