第四百五十二話 悪者
「アルノルト宰相、今後ともよしなに」
そう言って宴を開いた貴族が箱を渡してくる。
中を確認すると、大量の金貨が入っていた。
俺は大げさに何度も頷きながら、告げる。
「良い心掛けだな。俺はレオほど清廉潔白じゃない。国を維持するのに、強い貴族たちが必要なことも知っている。ちゃんとこちらを尊重するなら、悪いようにはしない」
そう言って俺は貴族から箱を受け取った。
俺が今していることは、貴族の摘発だ。
当然、ここにいる連中も対象となる。
叩けば埃が出てくる連中だ。それも辺境の貴族とは量が違う。
俺に睨まれれば終わり。それがわかっているから、俺に媚びへつらう。
強い者を見抜くことに関しては、秀でている者たちだからな。
保身にも余念がない。
そんなことを思いながら、俺は酒を飲むのだった。
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愉快な宴が終わったあと、俺は馬車で城へ戻る。
そして俺に割り当てられた一室で、深くため息を吐いた。
「苦労なさっているようですな」
「苦労はしていないさ。ただ、奴らと飲む酒がまずくてかなわないってだけだ」
何もない場所から声が聞こえてきた。
視線をやると、いつの間にかそこにはセバスが立っていた。
「ほどほどになさいませ。我慢は体に毒ですぞ?」
「あともう少しだ。それに宴に付き合うだけで国庫が潤う。やらない手はないだろう?」
「ご自身がそれでいいと言うなら、かまいませんが……トラウゴット様は悲しまれますぞ?」
「誰かがやらないといけないんだ。俺がいつまでも藩国にいるならまだしも、俺は帝都に戻らなければいけない。素早く王権を固めるには、敵を作ってしまうのが一番だ。巨大な敵を追い払ってくれた王ならば、貴族もトラウ兄さんを認めていく。その過程で、膿も出しきれれば藩国も少しはマシになる」
「それではアルノルト様が貧乏くじを引くだけでは?」
「今更だろ? それに、藩国で問題を起こし、帝国に帰らされる。これが一番早い帰る方法だ。藩国でダラダラと宰相をやっているわけにはいかない。最近、王国の動きが活発化してきたからな」
「評判を犠牲に、早く帰ることを選ぶと? 汚名と共に帰ってきた兄が弟を助けられますかな?」
「やりようはいくらでもある。だいたい、評判が上がりすぎていた。ここらで下げないとな」
笑いながら俺はセバスがスッと差し出した資料を受け取る。
そこには、俺が逮捕した貴族たちの会合についてのことが書かれていた。
「不満しかないって感じだな」
「思惑どおりですな。彼らはどうにかあなたを排除したいと考えているようです」
「いい流れだ。排除はしたいが、俺は帝国の皇子で宰相だ。帝国の存在がチラつく以上、藩国の者では排除できない。怒りを買えば終わりだからな。だからこそ、そこを無視できる王が必要となる。俺を排除できるのはトラウ兄さんだけだ。藩国の貴族はトラウ兄さんに頼るしかない」
「トラウゴット様にとっても、帝国の意向を無視するのはリスクがあります。それは藩国の貴族も理解している。ゆえに、それでも藩国のために動いたトラウゴット様は信望を集める。そういう筋書きですな?」
「あとは力だけはある大貴族を失墜させる。言い逃れはできんよ。俺とのやり取りがあるからな。俺に協力した時点で、奴らの命運は尽きたんだ」
ざまぁみろと笑っていると、違う声が部屋に響いた。
「また悪者みたいな笑い方をしているですわ!」
「みたいな、じゃなくて悪者なんだよ」
そう言って俺は新たな客人へ目を向ける。
窓から入ってきたんだろう。
さっきまで閉まっていたはずの窓が開いている。
義賊らしい入り方だな。
「偵察ご苦労だったな、ミア」
そう言って俺は眉をひそめている少女、ミアを労った。
セバスに俺へ反感を持つ貴族を探らせているように、ミアにもとあることを探らせていた。
「あんまり気が進みませんでしたが、これがリストですわ」
「これも藩国のためだ。我慢しろ」
言いながら俺はリストに目を通す。
ミアに探らせていたのは、いまだにトラウ兄さんを認めていない貴族たち。
彼らの前王時代の不正や、隠し財産などを探ってもらっていた。
前王時代、悪徳貴族を狙い撃ちにしていたミアにとって、この手のことを調べるのは朝飯前だ。
「何度も言いますが、彼らのほとんどは仕方なく不正をしただけですわ。そうやらなければ自分や領地を守れないからであって……」
「わかっている。捕まえてもトラウ兄さんが釈放する。大事には至らない」
「でも、家族まで捕まえる必要は……」
「トラウ兄さんに恩を感じてもらうためだ。藩国の貴族は前王時代の名残か、個人主義が多い。協調だとか、恩を感じるとか、そういうものがなかったからだ。だから強制的にトラウ兄さんへ恩を感じてもらうし、敵に対して団結してもらう。申し訳ないとは思うが、こっちも時間がないんでな」
「わかってるですわ……皇子が一番、貧乏くじを引いているんですから……」
落ち込んだ様子でミアが目を伏せる。
時間をかければもっといい手段があるだろう。
だが、その時間は誰にでもあるわけじゃない。
「藩国は良くなる。埋もれた人材もいた。彼らが動ける国にすれば、自然と変わっていく。強引ではあるが、その体制を作る。そのためなら貧乏くじくらいどうということはない。これは俺の兄を守るためでもある。気にするな」
ミアにそう伝えたあと、俺はリストにチェックをつけていく。
誰でもいいわけじゃない。
本当に領民のことを考えている貴族。
中央には関与していないだけで、能力のある貴族。
そういう貴族たちにこそ、恩を感じてもらわないといけない。
いずれ俺がこの国を去った時。
トラウ兄さんを支えるのは、そういう貴族たちだ。
「さて、それじゃあ明日にでも出発するか。もうあんまり時間がないからな」
「でしょうな。側近の方たちはそろそろ我慢の限界という様子。各地の貴族と連携を取り始めております」
「そうこなくっちゃな。ミア、辺境貴族の偵察はもういい。王都で側近たちの動きを探れ。セバスは俺の護衛だ。血気盛んな奴がいないとも限らんからな」
「帝国の皇子を襲撃すれば、帝国に睨まれることくらい、向こうもわかっているはずですわ」
「頭でわかっていても、感情が追い付かないこともある。恨みってのは恐ろしいのさ。冷静な判断力を失わせてしまう」
だから用心に越したことはない。
そう言って俺はニヤリと笑うのだった。




