外伝・十二話 理想の自分
クロエが都市の正門にたどり着いた時、そこは大混乱に陥っていた。
防衛体制を整える者たちと、必死になって逃げてきた者たち。
それらがごちゃごちゃになり、混乱は収まる気配がなかった。
そんな中、泣いている小さな亜人の女の子を見つけてクロエは、その手を握る。
「大丈夫!?」
「うわぁぁぁん! おかぁさーん……!!」
「泣かないで、お母さんも無事だからね!」
クロエは女の子をとにかく混雑した場所から引き離す。
そんな中で、周りで飛び交う怒号で状況を把握していく。
「仙姫様はいないのか!?」
「国境に向かったばかりだ! 戻ってくるのには時間がかかる!」
「くそっ! 避難はまだ終わらないのか!?」
「地震で道が崩落して、まだかかる!」
「悠長にしてると津波が来るぞ!」
大人たちの焦った声に耳を傾けていると、女の子がクロエの手を離して駆けだしていく。
目を向けると、女の子は母親と思しき女性と抱き合っていた。
女性はクロエを見て、何度も頭を下げる。
クロエはそれを見て安堵の息を吐く。
そして。
「避難が終わってないなら、手伝わないと!」
クロエはすぐに気持ちを切り替え、正門へと向かう。
人が殺到している正門の混乱ぶりは、正門付近よりさらにひどいものだった。
「押すな! ゆっくり!」
「もうモンスターが迫ってるんだ! 早く入れろ!」
「おい! 割り込むな!」
「うるせぇ!」
我先にと人が押し寄せ、正門が人であふれかえる。
誰もが先へと進もうとするため、渋滞が起きてしまっていたのだ。
そんな正門でクロエは言い合う大人たちの耳を引っ張った。
「痛っ! なにしやがる!」
「このガキ!?」
「状況がわかってるの!? 人が死ぬかもしれないのに言い合いなんかしてる場合!? 口を動かす暇があったら足を動かしなよ!!」
有無を言わさず、二人の大人をクロエが説教する。
シーンとその場に静けさが広がる。
子供が大人を叱るという変わった光景だったというのと、その子供が発する雰囲気が明らかに周りとは違っていたからだ。
「まだモンスターは来ない。ゆっくり、静かに入れば間に合うから。慌てないで」
正門に殺到する民にそう言い聞かせ、クロエは混乱を収めてみせた。
混乱さえ収まれば、こういうことに慣れているミヅホの民だ。
列になって正門をどんどん抜けていく。
都市にいる者たちも、そんな避難民を受け入れる。
「ご助力感謝する。見ない顔だが、冒険者の方か?」
大柄な亜人がクロエに話しかける。
武装しており、おそらく軍人だろうと察したクロエは首を横に振る。
「ううん。あたしは違うよ。けど、お師匠様は冒険者」
「そうか。何はともあれ、避難は間に合いそうだ。感謝する」
亜人の男は深々と頭を下げ、感謝を示す。
避難が間に合いそうだと聞いたクロエだが、まだ気を抜かなかった。
亜人の男と共に城壁へ上り、周りを見渡す。
「避難が完了したとして、モンスターは防げるの?」
「門を閉じれば仙姫の結界が発動する。問題ない」
「そっか……」
なら安心だねと口にしようとして、クロエは遠くから走ってくる少年を見つけた。
「人が! あそこ!」
「まだいたのか!?」
兵士が騒がしくなる。
だが、全員が一瞬で静かになった。
地面が揺れ始めたからだ。
「これって……」
「地震か……?」
「違う……」
二度目の地震かと思われたその揺れは、モンスターたちの大移動の揺れだった。
城壁に上っていた者たちは、すぐに遠くに立ち込める土煙を目撃した。
「くそっ……! モンスターが来るぞ! 早く中に入れ! 門を閉じろ!」
「待って! あの子は!?」
「待ってはいられない……!」
亜人の男からしても苦渋の決断だったのだろう。
無念そうな顔で指示を出している。
それを見て、クロエは城壁を滑るように駆け下り、正門から外へ飛び出た。
「待て! どうするつもりだ!?」
「閉めていいよ! 見捨てられない!」
「一人でどうするつもりだ!?」
「どうにかするよ」
そう言い残し、クロエは必死に走ってくる少年のほうへと走っていく。
後ろから迫るモンスターの大群。
それに恐怖しながら、少年は走る。
だが、体が限界だった。
足がもつれ、少年は転倒する。視界の先では正門が閉まっていくのが見えた。
絶望が少年を襲い、少年は走るのをやめた。
だが。
「諦めちゃ駄目だよ」
「……」
声が少年に届いた。
少年が顔をあげると、そこにはクロエがいた。
「……どうして……?」
「あたしが時間を稼ぐから。走るんだ」
「無理だよ……君だけで……足止めなんて……」
「できるよ」
そう言ってクロエは両手に剣を握る。
深く息を吸い、目をつむる。
ここにシルバーがいれば、犠牲を出さずにすべてを解決しただろう。
それができるからこそのSS級冒険者。
だが、今、シルバーは動けない。
クロエの母を助けるためだ。
その代償が、今、自分の後ろにいる少年。
シルバーが動けないことによって生じる犠牲ならば。
「あたしが守る……お師匠様の代わりに」
クロエは両手の剣を交差させる。
そのまま集中力を高めていく。
そんなクロエに少年は問いかけた。
「君は……?」
「あたし? あたしは――シルバーの弟子だよ」
そう宣言した瞬間。
クロエの中で何かが変わった。
その言葉が、その肩書が。
クロエを強くしたのだ。
そこにいたのはクロエが想像する、理想の自分。
シルバーの弟子にふさわしい自分。
だからクロエは力強く詠唱を開始した。
≪我は簒奪者なり・冥府の底より黒を簒奪した≫




