外伝・十一話 地震発生
手術開始から一時間。
想像以上に神経を使う作業に、俺は小さく息を吐いた。
それに対して、トウイは涼しい顔で告げる。
「まだまだ先は長いぞ」
「望むところだ」
まだまだ余裕はあるが、先が長いと言われると気が滅入る。
気にした様子もないトウイは、慎重に作業を進めている。
患者の体が最優先。トウイらしいと言えるだろう。
だが、その慎重な作業は長くは続かなかった。
「うん?」
最初はかすかな違和感。
集中しすぎたせいか、視界が歪んだのかと思った。
だが、すぐにそれは間違いだと気づいた。
異変が起きていたのは俺の体ではなく、大地だった。
「今すぐ結界でこの場を固定しろ!」
「もうやっている!」
家全体を結界で覆い、何が起きてもいいように備える。
結界の影響で揺れは落ち着いたが、外では相当揺れている。
「地震か……地震が多いとは聞いていたが、今日に限ってくるとはな……」
「いつもとは違う……このレベルの地震はめったに来ない」
大陸東方にある半島。それがミヅホ仙国の領土だ。
大陸で迫害されている亜人たちを受け入れている国でもあり、最強の結界使いである仙姫がいるため、不可侵の国でもある。
しかし、ミヅホ仙国はそれでも小国だ。
近くに大陸三強の一つ、皇国がいるということもあるが、戦力がありながら小国であるのには理由がある。
あまりにも自然災害が多いのだ。
そもそもミヅホの領土は、皇国が自然災害のため、維持できなかった領土だ。
自然災害によって、建物が崩壊し、都市機能がマヒしてしまう。
だから皇国はこの地を捨てた。
そこに入ってきたのが今の仙国の民だ。
彼らも自然災害に苦しめられたが、彼らには仙姫がいた。
結界で都市を覆い、自然災害の被害を抑えることに成功したわけだ。
都市が安全なら、その周りに村ができる。
自然災害が起きても、都市に避難すればいいからだ。そうやってミヅホは少しずつ発展していった。
しかし、それでも国力の大半を自然災害にあてなければいけないため、領土を広げることがないのだ。
人間には過酷な土地を、仙姫の力で無理やり住めるようにしている。それがミヅホなのだ。
「滅多に来ない地震が今日になってくるとは……」
「お師匠様!」
さすがに心配になったのか、クロエが診察室に入ってくる。
母親が血を流している姿を見せないように、俺はクロエの前に立つ。
「無事だ。外に出ていろ」
「本当? それとね、外がすごい騒がしいんだよ……」
「津波が来るかもしれんからな」
トウイの言葉に俺は思わず後ろを振り向く。
当然のように言っているが、それは明らかに異常事態だ。
「それはモンスターの津波か?」
「その通りだ。ミヅホに住むモンスターはそこまでレベルが高くない。だが、それを狩る冒険者も少ない。自然災害が多すぎるからな。誰も好まんということだ」
「だから津波も起きやすいということか」
冒険者がモンスターを狩るのは、モンスターが大群で動き出すと止められないからだ。
だから毎日、コツコツと数を減らす。それが将来のためだからだ。
しかし、このミヅホには冒険者が足りていない。
「仙姫の結界は持つのか?」
「都市は平気だろうが、近隣の村は持たん。今頃、各地から都市に向かっているだろうさ」
「暢気に言っている場合か?」
「私にはどうすることもできん。そして、貴様が行くことも許さん。ミヅホの者は慣れている。目の前の患者に集中しろ」
「……」
トウイの意見に俺は押し黙るしかなかった。
トウイの意見のほうが正しい。
そもそも冒険者ギルドがここに冒険者を一定数配置していないことが原因だ。
それにミヅホの者は慣れている。他の国なら惨劇間違いなしだが、ミヅホなら軽微で済むだろう。
だが、冒険者はその軽微な被害のために戦う。
それが民のため、という大義の本質だ。
「……時間を作れないか?」
「無茶を言うな。地震の影響で、弱体化していた寄生魔花が活発化し始めた。患者のために手術の展開を早める。貴様が離れるのは無理だ」
「そうか……」
我儘は言えない。
すべて俺の力不足が原因だ。
諦めて俺は結界の維持に集中し始めた。
すると、後ろでクロエが告げた。
「あたしが行く」
一瞬、頭が真っ白になる。
ゆっくりと振り返ると、そこには覚悟を決めたクロエがいた。
発する気配が今までと明らかに違う。
「津波がどういうものかわかっているのか……?」
「多くのモンスターが同じ方向に移動することだよね? 危ないのはわかってるけど……ここで黙って座ってることはできないよ」
「……危なくなれば魔法を使えばいいと思っているのか?」
「ううん、最初から使う気だよ」
あっけらかんとクロエは告げる。
一度も成功したことのない魔法。
それを使うと宣言するあたり、どうかしている。
だが。
「自信があるのか?」
「ないよ。けど、やるしかないならやるだけかなって」
「……無茶はするなよ?」
「うん! ありがとう! お師匠様!」
笑顔でお礼を言うと、クロエは部屋を出ていく。
それを見てトウイが口を開く。
「馬鹿者で、愚か者だったか? 未熟な弟子を派遣するとはな。周りの足手まといになるだけだぞ?」
「俺の弟子を甘く見るな」
「まだ魔法が使えない弟子を甘く見るな? 笑わせるな」
「あの子は天才だ。魔力がカツカツの状態で、難易度の高い魔法を成功寸前まで持っていった。この三日間で魔力も回復している。お前の秘薬でな」
「……それでも愚かだと思うがな」
「あの子は人のために強くなれる子だ。そういう人間は本番に強い。危なくなれば、即座に転移させる」
「そんな余裕があると?」
「俺を誰だと思っている?」
トウイは俺の言葉を聞き、ため息を吐いて喋るのをやめた。
そうは言っても、できればクロエには上手くやってほしい。
クロエのことは常にマークしている。即座に転移門を開くことは造作もない。
だが、この治癒結界を維持しているとなると、なかなかに難しい。
できればやらせないでほしい。
口とは裏腹なことを思いつつ、俺はクロエの成功を祈るのだった。




