外伝・八話 仙医
「お母さん!」
クロエは家に駆けこみ、倒れている母親に駆け寄った。
その後ろを追っていた俺もすぐに駆け寄る。
「聞こえますか!? クロエのことがわかりますか!?」
クロエの母はただ荒い息を吐くだけで、言葉に反応しない。
それだけ危険な状態だということだ。
クロエはただ母の手を掴むことしかできない。
「お母さん! お母さん……!!」
「薬は飲ませたのか!?」
「う、うん……ちゃんと飲ましたよ……」
「万能薬が効かない……?」
そんな病は数えるほどしかない。
だが、それらは有名な病ばかりだ。
特徴もよくわかる。
幾度も調べた病だからだ。
だが、それらの特徴がクロエの母からは見られない。
そうなると、何が原因だ?
考えろ。
頭を働かせろ。
こういうとき、自分の魔法が戦闘向きなことが恨めしくなる。
それでも。
俺の魔法は無意味ではない。
「うん……?」
俺はゆっくりとクロエの母を見つめる。
見ているのは魔力の流れ。
著しく乱れていた。
明らかに不自然。
魔力は大なり小なり、誰もが持っている。
だが、それを操作できるかは別問題だ。だから大抵の人は魔力の流れすら感じずに生涯を終えていく。
クロエの母にも魔法の心得はない。
だが、魔力が一か所に集まっている。
いや、これは……。
「魔力を吸収されている……?」
「どういうこと……?」
クロエの質問には答えない。
俺にも答えが出ていなかったからだ。
魔力が集まる横腹に手を触れる。
すると、何か硬い感触があった。
ゆっくりと服をめくり、横腹を確認する。
そこはどす黒く変色し、何か盛り上がっていた。
明らかに内部から何かが突き出ている。
そこで俺は一つの可能性に思い至った。
「寄生魔花か……!?」
「なに……? それ……」
「植物系モンスターだ……宿主に寄生して、その魔力を吸収して大きくなる……」
そこそこ珍しいモンスターだ。
なにせ、寄生に成功することがあまりない。
万が一、成功しても無事に育つことはもっとない。
外的要因で排除されるからだ。
だが、これは……。
「体の内部に寄生していたのか……?」
「お師匠様! どうにかならないの!?」
「……根を張っているのはおそらく内臓だ。魔法で仕留めにいけば、宿主も死ぬ」
「そんな……」
クロエが涙を流してクロエの母の手を握り締める。
明らかに俺のミスだ。
活性化したのは万能薬のせいだろう。
自分が排除されると感じて、クロエの母を殺してでも魔力を搾り取ろうとしているのだ。
病という言葉を真に受けて、確認しなかった。
なんて迂闊な……。
活性化する前に帝都の医者に見せていれば、こんなことにはならなかった。
もはや方法は一つだ。
「……行くぞ、クロエ」
「どこに……?」
「これは俺の手に余る。この手のことが専門の奴のところへ行くぞ」
できれば行きたくはない。
俺もそんなに好きじゃないし、向こうも俺のことを好きじゃないだろう。
かつて、母上の病について相談しにいって、解決できないことに苛立った俺は、そいつを挑発してしまったからだ。
向こうも向こうで、俺を挑発して一触即発の空気になった。
さすがに戦うことはなかったが、二度と会うまいと思っていた。
だが、もう頼れるのはそいつしかいない。
俺からの頼みは死んでも受けないと言いかねん奴だが、目の前に患者がいれば治療するだろう。
「腐っても大陸最高の医師だからな……」
呟きながら俺は家の外に転移門を開き、クロエの母を担ぐ。
「一度の転移ではいけない。行くぞ、時間がない」
「それって帝国の外ってこと!?」
「外も外。大陸の東端だ」
「東端って……」
「ミヅホ仙国。そこにいる医者に診てもらうぞ」
そう言って、俺はクロエとクロエの母を連れて複数の転移を経て、ミヅホ仙国へとたどり着いた。
場所は都の一等地。
一見、医院に見えない工房。
そこで一人、刀を打っている男がいた。
特徴的なのは鹿の角。
亜人が多く集まるミヅホでも貴重な〝賢鹿族〟。
「――何の用だ? 仮面の魔導師。治せんものは治せんと言ったはずだぞ?」
「別件だ。治せる人を治してほしい」
「貴様の頼みなど死んでもごめんだと言いたいところだが……」
刀を打っていた男がゆっくりと立ち上がり、振り返る。
端正な顔立ちの男だ。金色の瞳に栗色の長い髪。
ミヅホ仙国にいる大陸随一の医師。
通称〝仙医〟。
刀鍛冶でもあり、医師でもある変わった男。
「このトウイ、目の前の患者は見捨てん。診せろ」
仙医・トウイはそう言って自分の家へと俺たちを招き入れたのだった。
 




