外伝・五話 クロエの剣術
小さな家には椅子が二つしかなかった。
譲ろうとするクロエの母を椅子に座らせ、お客様だからと俺を座らせようとするクロエも座らせる。
母と娘が椅子に座ったところで、俺は咳払いをして説明を始める。
「まず、クロエの母上。クロエには貴重な才能がある。そのことを認識してほしい」
「さ、才能ですか……? あなたのような人から見ても貴重だと……?」
「もちろん。現在、普及している現代魔法とは別に古代魔法というものがある。俺が使う魔法がそれだ。それを扱う才能がクロエにはある。ゆえに俺はクロエを弟子に引き抜いた。結果的に学院をやめることになったが、将来についてはSS級冒険者として保証する。まずは勝手をしたことを謝罪しよう。申し訳ない」
「あ、頭をあげてください……! この子の才能を買っていただいたなら文句はありません。どうかこの子をよろしくお願いいたします!」
「お母さん! あたし、頑張るからね!」
「頑張りなさい! こんなすごい人に認められるなんて……」
クロエの母は感極まって泣き始めてしまった。
クロエもそれにつられて涙を流し始める。
涙を流す母と娘。
邪魔するのもあれなので、黙っていると。
「修行は大変だろうけど……頑張ってね……!」
「うん……!」
「体には気を付けるんだよ……!」
「うん……!」
「あー……ちょっと待ってほしい」
話がこっちの想定とは違う方向に行きそうなので、さすがに口を開く。
二人は同時に俺の方を向いてきた。
どちらも不思議そうな顔だ。
まぁ、二人の考えは一般的だろう。
だが。
「修行はするが、ここでする。母上の傍にいて、修行もやるんだ」
「え……?」
「必要なのは広い場所だ。ここはその点、文句ない。それに厳しい修行を想像しているなら、それも違う。古代魔法は連発できない。短時間で集中してやるから、修行時間も短い」
「……そんなので強くなれるの?」
「それは君次第だ。では、明日の早朝に迎えに来る。待っているように」
「え? 行っちゃうの!?」
「帝都で依頼があるかもしれないからな。安心しろ。帝国内なら一瞬で移動できる。ちゃんと寝て、明日に備えるように。あと、これは修行費用だ。好きに使え」
そう言って俺はクロエに財布を投げ渡す。
クロエは慌てて受け取るが、すぐに重さに顔をしかめた。
「何!? この重さ!?」
「念のため、家には結界を張っておく。有事の際には家から出ず、俺を待て。すぐに駆け付ける」
それだけ言うと俺は転移でその場を後にしたのだった。
■■■
城に戻るとセバスが待っていた。
「お帰りなさいませ」
「ああ、ただいま。早速で悪いが、俺は寝る。日が昇る前に起こしてくれ」
「早起きですな? 何かありましたか?」
「学院で古代魔法の素質と才能を併せ持つ子を見つけた。放置して、古代魔法を悪用されるわけにもいかないからな。しばらく弟子として面倒を見る」
「なるほど。すでに古代魔法を会得しているのですか?」
「魔導書を読みこんでいた。詠唱は覚えているはずだ。俺の銀滅魔法のように、自分に合っている魔法ならすぐに身に着けるだろう」
「それは危険ですな。古代魔法を一つ使えるだけで、破格の戦力です。国家に所属すれば、それだけで国同士のバランスが崩れるほどに」
「だからこそ、冒険者として育てる。一番は爺さんを引っ張り出すことなんだが……あの人は城から出ないだろうし、俺の身分がバレる可能性もある。手に負えないようなら引っ張り出すが、それはその時になったら考えるとしよう」
セバスにそう説明すると、俺は服を着替えてベッドに倒れ込んだ。
まさか弟子を取ることになるとは。
正直、驚きだ。
しかし、もう反故にはできない。
「とりあえず……俺も明日に備えるか」
目を閉じて、俺はすぐに眠りに入ったのだった。
■■■
翌日。
まだ日が昇らない中、セバスに起こされた俺は、熱い紅茶を飲んで目を覚ます。
「眠い……」
「いつもの寝坊ということにしておきます。今更、アルノルト様の寝坊を咎める方はいませんからな」
「エルナがいたらちょっとヤバかったけどな」
「いきなり部屋に入りますからな。今はいないことが幸いでしたな」
「まったくだ」
そんな会話をした後、俺は銀の仮面を被って転移門を作る。
万が一、誰かが部屋に入っても俺が遊びに出ていると思うだけだ。
そこの心配はない。問題なのはこれから。
気合を入れて俺は転移した。
転移すると、俺は空を見上げた。
まだ日が昇らず、うす暗い空が広がっている。
「気分が滅入る空だな」
「そういうこと言うと本当に気分が滅入っちゃうよ? お師匠様」
その場にふさわしくない明るい声が響く。
そこにはクロエがいた。
やる気満々という顔をしている。
「起きていたか」
「当たり前だよ! いつでも行けるよ!」
「そうか。それで? その腰の剣はなんだ?」
クロエの腰には剣が差されていた。
しかも二本も。
「あたしの愛剣だよ?」
「そういう意味ではなくて……なぜ魔法の修行で剣を持っている?」
「あたし、剣術には自信があるんだよ! 唯一、使えそうだったのも魔法剣だし」
「魔法剣が唯一使えそうって……」
なんて偏った才能だ。
しかし、有益な情報ではある。
剣術がそれなりのレベルなら、クロエはすぐに実戦で通用する冒険者になるだろう。
「ついてこい」
俺は転移門を開き、近くの森まで飛ぶ。
あとを追ってきたクロエと正対し、俺は右手で掛かってくるようにジェスチャーで伝える。
「え……?」
「かかってこい。抜いて構わない。実力を知りたいのでな」
「でも、お師匠様って魔導師でしょ……?」
「舐められたものだな。本気で来い」
俺の言葉を受け、クロエは両手に剣を構えた。
そして。
「じゃあ行くよー!!」
真っすぐ俺に突っ込んでくる。
左右の剣が俺に向かってくるが、俺は一歩引いて躱す。
身体能力を強化しているため、クロエのスピードには余裕で反応できる。
クロエは器用に両手の剣を操るが、圧倒的な身体能力の差で俺はそれらに対応する。
躱すのが無理そうな剣は、強化した腕で受け止める。
そんな戦闘とも呼べないやり取りが続く。
「はぁはぁ……本当に魔導師なの……?」
「逆に聞きたいな? それだけの剣術がありながら、どうして魔導学院に入った?」
「あたしの魔力を活かせるって言われたから……本当はね? 冒険者になるつもりだったんだ。けど、魔導学院の卒業生は待遇がいいって聞いたから……」
怒られていると思ったのか、しゅんとした様子でクロエが呟く。
そんなクロエの頭に手を置き、俺は告げる。
「まぁ学院に入ったから俺と出会えたわけだ。君の判断は間違っていない。それに君の剣術は相当なものだ。そこを伸ばしていくとしよう」
「魔法を使うのに邪魔にならないかな?」
「問題ない。君が学院で覚えた古代魔法は、分類的には強化魔法だからな」




