第四百五十話 それぞれの旅立ち
帝都は熱狂に包まれていた。
その中心にいるのは一組の男女。
「トラウゴット殿下! ばんざーい!!」
「マリアンヌ王女殿下! ばんざーい!!」
民は口々にトラウゴットとマリアンヌの名を口にする。
二人の結婚式は華々しく執り行われた。
たぶんに政治色の強い結婚ではあったが、戦争に次ぐ戦争で、疲れの見えていた帝都の民たちはおおいにその祭りを楽しんだ。
前夜祭と結婚式と後夜祭。
計三日かけて行われた祭りのあと、二人は藩国への旅路へとつく。
それに同行する形で、帝都を離れる皇子が一人いた。
「それじゃあ行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
短い会話。
今生の別れではない。だが、アルとレオにとっては初めての長い別れだ。
二人は産まれた時から一緒だったのだから。
「レティシアによろしく言っておいてくれ」
「うん」
「……お前たちもこんな結婚式ができたらいいな」
「そうだね。そういう状況になればいいね」
二人が見つめるのはトラウゴットとマリアンヌが乗った馬車。
民に手を振る二人の顔には笑顔が浮かんでいる。政略結婚とはいえ、幸せそうに見えた。
「きっと来るさ。そういう日が」
「僕らで作ろう。そういう日を」
「そうだな……そうしよう」
レオの言葉に何度も頷きながら、アルは馬車へと向かう。
護衛につくのはネルベ・リッター。
近衛騎士団が派遣できないため、その代わりとして藩国内での護衛も彼らがつくことになっていた。
「それじゃあ頼むよ、ラース隊長」
「はっ、おまかせください」
静かに一礼し、ネルベ・リッターの団長であるラースは部下に指示を出していく。
そんな様子を見ながら、アルは馬車へと乗り込もうとするが、そこにレオの声が飛んできた。
「兄さん!」
呼ばれて振り返ると、そこには笑顔のレオがいた。
そして。
「元気で」
「お前もな」
こうしてアルは藩国へと旅立ったのだった。
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「手痛い打撃を受けたようだな?」
ペルラン王国の王城。
その自室にて、王太子リュシアンは一人呟く。
答えたのは影だった。
『ハーゲンティとボティス。四人の最高幹部のうち、二人を失いました』
「しかし、周りの目は誤魔化せた」
『はい。このまま闇に潜みます。いずれ時が来れば殿下の力となりましょう』
「期待している。手駒の補充はできるのか?」
『はい。しかし、すぐにというわけにはいきません。悪魔の召喚はそう容易いことではありませんので』
「我が王国も建て直しが必要だ」
忌々しいとばかりに、リュシアンは顔をしかめる。
そんなリュシアンに影は謝罪する。
『申し訳ありません。被害を出してしまいました』
「問題なのは被害ではない。軍のほうだ。いまだに軍の有力者は聖女を慕っている。そのせいで、帝国攻略には動かせなかった」
自分の子飼いの将軍を使っていたが、その将軍はレオに返り討ちにあってしまった。
帝国や連合王国としのぎを削った主力は、やはり聖女と共に戦った者たちなのだ。
彼らが使えなければ勝利は見えてこない。
『策はおありですかな?』
「急いては事を仕損じる。地道に地盤を固めて、認めさせるしかあるまい」
『では、殿下もしばらくは?』
「そうだな。私もしばらくは大人しくするとしよう。だが、時が来れば動く。大陸の覇権を握るのは我が王国だ」
そう言ってリュシアンは野心をむき出しにした。
そんなリュシアンに影は一礼し、その場をあとにする。
そして、多くの生き物の影を渡り歩いた後。
「大公、準備ができました」
「ご苦労。しばらく王国への監視は厳しい。我々も移動するぞ」
そう言って大公と呼ばれた人物は、ニヤリと笑う。
幹部は失ったが、SS級冒険者の追撃を受けずに済んだならば安いもの。
放棄した拠点には都合のいい情報しか残してきていない。
冒険者ギルドと大陸の各国は、その情報で満足して協調路線を解くだろう。
そうなればまた動きやすくなる。
「帝国の監視も怠るな。いつもいつも邪魔ばかりしてくれる双黒の皇子は分かれた。脅威は薄れたが、それでも警戒すべきだ」
「始末しますか?」
「あの二人の傍には常にシルバーの影がある。手は出すな。あの魔導師は底が知れん」
言いながら大公はまた笑った。
頭角を現しすぎた二人は、どうせ人間が排除しにかかるだろうとわかっていたからだ。
そして大公はまた影となる。
来る日のために。
■■■
「行ったか……」
「はい」
帝剣城。
その上階で皇帝ヨハネスは呟く。
横にいるのはミツバだった。
「子供が巣立つというのは不思議な気分だ」
「私も不思議な気分です」
「やはり心配か?」
「もちろんです。私は母親ですから」
言いながらミツバは笑っていた。
そんなミツバを見て、ヨハネスもフッと微笑む。
「あまり心配しているようには見えんぞ?」
「私なりに心配しています。不安はあります。上手くやれるのかどうか、体調を崩さないかどうか。しかし、不安を表に出しても解決しません。ですから、あの子なら大丈夫な理由をいくつも思い浮かべています。そうすると笑顔が浮かんできます」
「そうか。確かにな」
アルならば藩国でものらりくらりとやるだろうことは、ヨハネスにも想像できた。
よほどトラウゴットのほうが心配だった。
それも傍にアルがいれば大丈夫だろうという気になれた。
「……エリクとレオナルトの争いは表面上、膠着状態となっている」
「互いに決定打のない状況ですからね。しかし、地力で勝るのはエリクです」
「そうだ。しかし、悪魔の一件がある以上、エリクは信用できん。ゴードンやザンドラのようにならんという保証がないからな」
「とはいえ、遠ざけることもできません。いまだにエリクは帝位候補者の筆頭ですから」
「そうだ。だからこそ、レオナルトにはエリクを上回ってもらわねばならない。あくまで皇帝として肩入れはできんが……応援はしている」
「肩入れすれば無駄な争いが起きます。お気持ちだけであの子は十分でしょう。ですが……」
「ですが、なんだ?」
ミツバが少し考え込むような表情を見せる。
それを見てヨハネスは問いかけた。
「……エリクは昔から聡い子です。それこそヴィルヘルムにも負けないほどに。あの子がなぜ、これほどまでに動かないのか。私にはわかりません」
「自らの勢力を傷つけたくなかったのだろう」
「傷つけたくないという思いの結果、最大の敵が生まれました。この結果をエリクが予想していないとは思えません。きっと何かあるのでしょう」
「……確かにな」
「陛下、お気をつけを。もしもエリクに切り札があるのなら、それはきっと陛下にも害を及ぼすでしょう。帝位争い中ゆえ、甘いことは言えません。ですが……共に子供たちの時代を見たいと私は思います」
「安心せよ。ワシもそう思っている」
そう言ってヨハネスは微笑む。
だが、ミツバにはわかっていた。
すでに皇帝が死を覚悟していることを。
それでも追及はしない。
それが皇帝というものだからだ。
というわけで、第十一部はこれにておしまいですm(__)m
物語も終盤に迫ってきたんじゃないでしょうか。
第十二部はなるべく早くお届けできるように頑張ります!
再開時期はあえて明言はしません。
とりあえず肩が凝って肩が凝って……(´;ω;`)
二月の三日で二周年ですので、SSでも出せればと思います(・ω・)ノ
それではお付き合いくださりありがとうございました。
また会いましょうm(__)m
タンバでした




