第四百四十六話 憧れの弓
「無駄無駄。何度やっても同じだって気づかないの?」
魔奥公団の幹部、イペスはクスクスと笑いながらジャックの放った矢を避けた。
光景は変わらない。
ジャックが矢を放ち、イペスがそれを避ける。
ジャックがどれだけ技巧を凝らそうと、イペスは大して早くない動きでなぜか避けてしまう。
しかし、ジャックもSS級冒険者まで上り詰めた男だ。
何度も同じ光景を見せられれば、そのカラクリに気付く。
「なるほど……お前の権能は短期的な未来予知か」
「あら? さすがSS級冒険者というべきかしら? 良く気づいたわね?」
「あれだけ先に動き出されたらな」
「大した観察眼ね」
イペスは言いながら笑う。
種が割れたところで優位は崩れない。
矢を放つという特性上、ジャックとイペスの相性は最悪だった。
魔弓は方向転換ができるとはいえ、未来を見ているイペスには意味がない。
しかし。
「絶対無敵みたいな表情だが、最初に俺の蹴りを受けただろ? 未来が見えているのと、反応できるかは別だな?」
「それも正解。けど、あなたの攻撃は中、遠距離が主。接近戦であたしを倒せる?」
「どうだかな」
「あなたも余裕を崩さないけれど、あたしの余裕は権能だけじゃないのよ?」
そう言ってイペスは魔力の玉を生成し、それをジャックに放った。
大した速度ではない。
ジャックはそれを瞬時に迎撃する。
だが。
「ちっ!」
その魔力の玉はジャックの矢を吸収してしまった。
魔力を吸収するタイプの攻撃。
相性の悪い攻撃にため息を吐きつつ、ジャックはその玉が自分に攻撃してくるのを待った。
そして玉はジャックに触れた瞬間、破裂する。
しかし、ジャックは無傷だった。
「すごーい。破裂に合わせて矢を放ち、相殺するなんて」
「舐めやがって……」
「褒めてるじゃない?」
「上から目線が気に入らねぇな」
「あたしは悪魔だもの。人類はみんな下等だと思ってるわ。対等に話をしているのは、あなたをそこそこ認めているからよ?」
「そこそこっていうのが舐めてんだよ」
言いながらジャックは一瞬で矢を放つ。
これまでとは比較にならない速射だった。
だが、イペスはそれも避けてみせた。
「そこそこはそこそこよ。ほかのSS級冒険者ならいざ知らず……あなたは弓の腕前に特化して成り上がった。シルバーのように多様な魔法は使えず、他の三人のように強力な接近戦能力もない。防御においてはSS級最弱。自分より格下なら攻撃だけで制圧できるでしょうけど、相手が格上だとそうもいかない」
「やれやれ……見た目だけじゃなくて、中身もクソガキか」
イペスの分析はほとんどあっていた。
だからジャックも否定はしない。
ジャックの武器は弓。その腕前こそがジャックの強さであり、全て。
シルバーにとっての魔法、リナレスにとっての拳、ノーネームにとっての魔剣、エゴールにとっての刀。
極めてここまでやってきた。
「あなたが剣士ならあたしにも勝てたかもしれないわね。けど、弓使いじゃあたしには勝てないわ。後悔している?」
「何をだ?」
「弓使いになったことを、よ。あなたほどの力があれば他の武器でもなり上がれたと思うわ」
「その自信がないわけじゃないが……後悔はないな」
魔弓を覚える前のジャックはごくごく普通の村の子供だった。
そこでミアの祖父と出会い、無理やりついていって弟子となった。
旅をしながら魔弓の腕を磨くミアの祖父の姿に憧れた。
やがて技術を吸収し、その師を超えて大陸一の魔弓使いになった。
どれだけ自暴自棄になろうと。
弓だけは捨てなかった。
それは夢であり、憧れであり、自分自身だった。
だが、今はもう一つ追加された。
「確かに俺はSS級冒険者の中では迫力不足だろう。だけどな、それでも俺には魔弓がすべてだし、俺はこの魔弓で君臨し続ける。弓は弱いという奴もいるだろうし、弓はダセェという奴もいるだろう。俺はそんな奴らの言葉を封じる存在だ」
かつて憧れを抱いた少年は、今は憧れられる存在になった。
大陸中の弓使いの期待を背負っている。
その弓使いの中に、自分の娘も入っている。
魔弓は娘と繋がる唯一の存在。
目の前にいても、父と名乗る気はない。資格がないからだ。
それでも最強の弓使いだと名乗れる自分でいたい。
「あんまり舐めんじゃねぇよ、クソガキ。こっちとら伊達に神は名乗ってねぇ!」
ジャックは力を込めて弓を引き、矢を放った。
それはイペスに向かう過程で無数に分裂し、イペスの逃げ道を塞ぐ。
分裂したならば、威力も分散する。
だが、その矢は威力を保持していた。
受けるのは得策ではない。
イペスはそう判断し、未来予知によって隙間に割り込んだ。
そして。
「ようこそ」
その隙間に入ってくるのを待っていたジャックが、イペスを足だけで組み伏せた。
「お前と俺じゃ能力的な相性は確かに最悪かもな。だが、お前みたいに相性の悪さで立ち回る奴は得意なんだ。自分の得意でごり押しできないから、こうなると何もできんだろ?」
「くっ!」
イペスは魔力の玉を生成するが、それはすぐにジャックが構えている弓に吸い込まれていった。
「魔力を吸収する技を持っているのが自分だけだと思ったか?」
「このっ!」
「権能ならこうはいかなかった。後悔するんだな。未来予知なんて権能を持って生まれたことを」
そしてジャックは最後の一絞りをする。
なんとかイペスは拘束を逃れようとするが、いつの間にかイペスの両手両足は小さな矢によって拘束されていた。
ジャックが事前に用意していた矢だ。
隙間に入り込んだ時点で勝負は決していた。
未来が見えているなら、どう動いても負け筋の道に誘いこめばいい。
「――乾坤一擲。集いて混じれ。魔弓奥義! 集束空天光滅弓!!」
一本の光の矢がイペスを飲み込む。
そしてそのまま地下深くまで巨大な穴を開けた。
その衝撃で地下施設は崩落していく。
地上でその様子を見ていたブルースは思わず叫んだ。
「ジャックさん!」
魔奥公団の拠点は突如生まれた奈落の底へと飲まれていく。
轟音が響き、周りには地響きが伝搬していく。
そんな中、ブルースの視界に一人の男が現れた。
「騒ぐな。俺のやらかしだ」
言いながらジャックは大地に空いた巨大な穴を見つめる。
そして深くため息を吐いた。
「またシルバーに小言を言われそうだな」
もはやこの場の調査は不可能だった。




