第四百四十五話 力こそパワー
リナレスが突入した拠点はとある貴族の別荘だった。
使われていないはずの別荘。
そこで待っていたのは屈強な肉体を持った男、マルバス。
人間を依り代とした悪魔だ。
すぐそのことに気づいたリナレスだったが、即討伐という雰囲気ではなかった。
「困ったわぁ……」
呟きながらリナレスはマルバスの拳を弾く。
先ほどから幾度も繰り広げられているのは拳の応酬。
マルバスが繰り出す拳を、リナレスは上手くいなしていた。
剛と柔。
二人の戦い方は対極といえるものだった。
「この俺の拳をいともたやすくいなすとは……さすがは拳仙と言われるだけはある」
「今回の目的は調査だから、この別荘を壊したくないのだけど……外で相手してくれないかしら?」
「できない相談だ。俺はここを守るためにいるのだからな」
「まったくもう……融通の利かない中年とか最悪だわ」
「同じ武術家として拳で語ろうではないか」
「私は自分に触れられるのが嫌いなのよ。だから同じ武術家が大嫌いなの。しかも中年とか吐き気がするわ」
汚い汚いとばかりに、リナレスはマルバスの拳を弾く。
その余波で別荘の壁がどんどん吹き飛んでいく。
リナレスは苦も無く防いでいるが、マルバスの拳は一発一発が破格の威力で繰り出されていた。
「ふっ、このままでは俺が壊してしまうな」
「悪魔にも脳筋がいたのね? 権能はどうしたのかしら?」
「知りたいならば引き出してみせろ」
「今度は出し惜しみ……嫌だわぁ。本当に」
言いながらリナレスは一瞬でマルバスの背後を取って、その胸に風穴を開けた。
血すら腕につかない神業ともいうべき突き。
一瞬の出来事にマルバスは茫然とする。
普通ならば致命傷。いくら悪魔でも活動に支障が出るレベルの傷だ。
しかし、その傷が一瞬で塞がった。
「なるほど……肉弾戦を好むわけね」
「理解したか。俺の権能は治癒。誰も俺を討伐することはできん」
「本当に嫌になるわ」
「だろうな」
言いながらマルバスは振り返る。
その顔には余裕の笑みが浮かんでいた。
「俺の治癒は無敵。どんな武術家だろうと俺には勝てない。あなたの技術は素晴らしい。しかし、所詮は人間相手のもの。人間を壊すための技術では悪魔には勝てない」
「それはそうね。けど、私の武術は対モンスター用なのよ?」
「同じこと。竜を屠れる技術だろうと、再生する悪魔には勝てない。あなたには力が足りない」
「本当にムカつくわぁ……SS級冒険者になってここまでムカついたのは初めてかもしれないわ」
「非礼は謝罪しよう。事実を言っただけだが」
「あなたのは事実ではなくて、推測よ」
そう言ってリナレスが拳を繰り出す。
それをマルバスが弾く。
技巧に長けたリナレスの拳は幾度もマルバスの防御を掻い潜り、その体に穴をあけていくが、マルバスの体は次々に再生していく。
連打によって再生できないまで粉々にしようと思っていたリナレスだが、リナレスとはいえ、マルバスの防御をすべて掻い潜るのは不可能。
結局、マルバスの再生能力が勝った。
「決めにきた連打でも討伐しきれなかったな」
「もう……信じられない……」
「そうだろう。あなたと俺とでは致命的に相性が悪い」
「みたいね。性格が本当に無理だわ」
「能力的にも最悪だ。あなたの防御は固いが、いずれは俺の拳が突破する。一撃当てれば済む俺と、何発当てても終わらないあなた。勝ち目はないだろう」
「勝ってもいないのに勝ち誇っちゃって……」
はぁとリナレスがため息を吐く。
そんなリナレスに対してマルバスは構えを取った。
「至福の時間ゆえに終わらせたくはないが、これは武術家同士の戦い。勝ち負けは必須。心待ちにしていた分、やや拍子抜けだが、終わらせるとしよう」
そう言ってマルバスは深く息を吸い込み、助走をつけて突きを放った。
音すら置き去りにする突き。
人間が食らえば一たまりもない威力を持っていた。
しかし、誤算があった。
目の前にいるリナレスは人間の枠に収まらない故に。
SS級冒険者と呼ばれている存在だということだ。
「終わらせることにするわ。私も」
マルバスの突きの後。
平然とリナレスは告げた。
気づけば突きを放ったマルバスの腕はなくなっていた。
「なに……?」
「ちょっと力を入れて弾いただけで、腕がなくなるなんて。脆いのね」
リナレスは悠然と佇みながら呟く。
見た目は全く変わっていない。
だが、明らかに何かが違う。
それを察知したマルバスは一気にリナレスから距離を取った。
「……さすがは拳仙……奥の手を隠していたか……」
「奥の手? まぁそうね。あんまり使いたくはないの」
言いながら一歩一歩。
見せつけるかのようにリナレスはマルバスに近づいていく。
その圧力に耐えきれなくなったマルバスは、少し離れた距離から突きをいくつも放った。
複数の衝撃波がリナレスを襲う。
だが。
「埃が舞って服が汚れるじゃない」
右手を払うだけでリナレスはその衝撃波をかき消した。
その余波で貴族の別荘は半壊してしまう。
「だから嫌だったのよね。壊しちゃうから。まぁ壊しちゃったものは仕方ないし、後処理は他の子に任せましょう」
「本当に……さきほどと同じ人間か……?」
「失礼ね。正真正銘、人間よ。違うのは脱力しているか、力を入れているか。それだけよ。体に力を入れると加減もできないし、肌にも負担がかかるし……なにより脳筋みたいで美しくないから嫌なのよ。やっぱり華麗な技巧ですべてを受け流す。そんな武術家が美しいと思うの」
力を入れているだけ。
その表現にマルバスは戦慄する。
つまり今の今まで戦闘モードですらなかったということだ。
その状態ですらあれほどの技を見せつけていた。これからどんな技が来るのか。
マルバスは危険を感じつつも、期待していた。
あの技に威力が乗る。どんなことになるのか、と。
しかし。
「あなたが悪いのよ? さっさとやられてくれないから。私も醜い方法を選ぶしかないの」
「あなたの技は美しいと思うが?」
「聞き飽きた褒め言葉だわ。それに一つ勘違いしているようだけど、技はあくまで力を生かすためのもの。柔よく剛を制すなんて言葉があるけれど、私の持論は違うわ」
「興味がそそられるな。大陸最強の武術家の持論とやらに」
「なら教えてあげるわ。私の持論は〝力こそ全て〟。技はあくまで添え物よ。力があるから活きるの。技で力を制すなんて無理よ。ゆえにあなたの権能でも私の力は制せない」
治癒の権能によってリナレスの攻撃を受ける気だったマルバスだが、感じていた危険の度合いが変化したことに気付いた。
危険が死の予感に変わったのだ。
まずいと思った時には遅かった。
「冥土の土産に教えてあげるわ。力こそパワーなのよ」
マルバスの正面に立ったリナレスは、何の技巧もない力任せの正拳突きを放った。
まるで古代魔法が発動したかのように、一瞬でマルバスの体は粉々になり、消滅した。
その正拳突きの余波はすさまじく、別荘の周りにあった地形が一気に変わってしまっていた。
そんな中でリナレスは突きを放った右手を入念に見ていた。
「今日は肌のお手入れを入念にやらなくちゃ……ああもう! 大雑把で美しくない! 本当に嫌になるわ!」
全壊した別荘に変わった地形。
悪魔とSS級冒険者の戦いならば、当然の結果といえるが、リナレスとしては不服だった。
ほかのSS級冒険者が出てきている以上、こういう惨事は目に見えていた。
その中で美しく、スマートに決めてこそ自分。
そう思っていたのだが、結果は真逆となった。
「調査隊の子たちで瓦礫を退かせるかしら? やだわ、瓦礫を退かしたりしたら埃塗れになっちゃうじゃない」
暢気なことを言いながら、リナレスは待機させている調査隊の下へ向かったのだった。




