第四百四十三話 手札
さらに数日後。
俺は父上の下にいた。
「縁談の話がここまで膨れあがるとはな」
「断っても送ってくるんで諦めましたよ、もう」
ため息を吐き、露骨に疲れた顔を見せる。
しかし。
「演技はよせ。あえて好きにさせていたのには気づいている。何が狙いだ?」
「演技でもないですよ。実際、疲れてます。多少は」
「まったく……」
小さく舌を出すと父上は首を横に振って、呆れた様子を見せた。
さすがに父なだけある。
あっさり見抜かれていたか。まぁ見抜かれたところで構わないが。
「要望は一つ。またフィーネを俺の傍に戻します。そして藩国に連れていきます」
「フィーネを女避けに使うと?」
「互いに女避け、男避けに使えます」
「我が息子ながら、勝手な男だな。縁談は断わっておきながら、傍に置くとは」
「リーゼ姉上の弟ですから」
非難の眼差しを向けられたので、俺はリーゼ姉上の名前を出した。
幾度もラインフェルト公爵からの結婚の申し出を断っている。
だが、二人は傍にいる。
「あの二人のようになると?」
「どうですかね」
「煮え切らん奴だ。本当に誰とも結婚する気はないのか? 正直、今のお前は選り取り見取りだぞ?」
「でしょうね。後になって悔いるかもしれません。ですが、今は誰とも結婚する気はありません」
「……なぜだ?」
父上の言葉に俺は少し黙る。
嘘ならばいくらでもつける。
だが、ここで嘘をついても仕方ないだろう。
この場には俺と父上しかいないのだから。
「――誰かを幸せにする自信がないので」
「幸せは後からついてくる」
「失敗はしたくありません。子供だなと思われるかもしれませんが……愛は綺麗なものであってほしい。目の前で崩れるのは見たくないんです」
「やれやれ……ワシへの皮肉か?」
「いえ、結婚するなら父上と母上のようになりたいと思っています。今の俺はそうなれる自信がないだけです。いずれ自信がついたなら結婚を考えます」
「自信か……レオナルトを皇帝に据え、悪魔の問題、他国との問題。すべて解決したあとならばということか?」
「そうなりますね……今の情勢ではいつ死んでもおかしくありませんから。なにせ藩国に行けば敵の目を俺に向けることになる。死ぬかもしれないのに誰かを娶れますか?」
父上はしばらく黙り込む。
そして自ら話題を変えた。
これ以上は無意味だと察したのだろう。
「フィーネを連れていくことで藩国の貴族を牽制することはできるだろう。だが、帝国の貴族は止まらぬぞ? お前がクライネルト公爵家との縁談を断わった事実は知れ渡っている」
「そこはご安心を。適当に噂を流します」
「なんと流すつもりだ?」
「レオに気を遣ったとか、勢力に気を遣ったとか。事実を少し搦めてやれば信じるでしょう。それに……帝都にフィーネを置いていくわけにはいきません。危険ですから」
「藩国とて大差ないと思うが……トラウゴットがいるだけマシか。ワシもいつ死ぬかわからん立場だからな。いいだろう。好きにせよ」
「ありがとうございます」
そう言って俺は一礼する。
そして顔をあげると父上が立ち去らずに俺を見ていた。
「なにか?」
「……すまんな。穏やかな日々を与えてやれなかった」
「いきなりなんです? 帝位争いはいつものことです」
「今回は違う。皇太子の死後、ワシが後継者を指名すれば何も起こらなかった」
「そんなことをしても人はついてきません。多くの人材が皇太子の下に集っていた。その皇太子が死んだからといって、その後に誰かを指名しても人はついてこない。反発も生まれ、やがて争いになります」
帝位を平等に巡る争いならまだしも、一人が帝位を手に入れた後に起こる争いは内乱だ。
偉大な皇太子の死後、帝位争いが起きるのは仕方ない。
あの人だけが例外だっただけだ。
「正論だな。後の世に火種を残すことになるだろう。だが、今は燃えずに済んだ」
「火種を放置すればそのうち大火となります。燃やすなら今、燃やし尽くすべきでしょう。今の世のことは今の者が処置するべきです」
「お前の平穏が壊れてもか?」
「誰もやらないなら俺がやるしかないでしょう? 自分しかできないことがあるのに、それでもぐうたらするほど怠惰ではありませんよ」
「……そうか。それならばもう少し頑張ってくれ。悪魔の騒動がSS級冒険者の手によって落ち着けば、王国との戦争となる。それをレオナルトが治めれば、レオナルトはエリクを上回る。悪魔の騒動が冒険者の手に余る場合は、悪魔との戦争となる。ワシも最前線に立つが、レオナルトも立つだろう。大陸全土を賭けた戦いだ。参加することに意義がある。その場にいなかった者を王とは誰も認めまい。どちらにせよ、レオナルトが皇帝になる日は近い」
「……エリク兄上が手をこまねいているとは思えませんが?」
「できることはない。すでに外務大臣としての功績は上げ尽くしている。外務大臣の限界だ」
「しかし、いまだにエリク兄上の勢力は強大です。帝都周辺の公爵の大半はほとんどエリク兄上についています。なにより……帝国一の歴史を持つアルテンブルク公爵家と婚姻関係にあります。最大の後ろ盾が健在な以上、何もしないとは思えません」
建国当初から続く名門。
皇族に匹敵する長い歴史を誇るのがアルテンブルク公爵家だ。
その勢力も強大で、フランツの前任、その前、さらにその前。三代続けて宰相を輩出していた家系だ。
エリクの妻はそのアルテンブルク公爵家の出身。
この公爵家がエリクについているから、エリクについたという貴族は大勢いる。
エリクが何もしない最大の理由だ。
余計な争いをしなくても、すでに最大の勢力を手に入れている。だから動かない。最後の対抗馬を叩き潰せば終わる。
「何かしたとしても、レオナルトが武功を上げ続ければ止められん。実力行使もしにくくなる。エリクとしては最悪な展開だろう。外には山ほど功績が落ちている。だが、内側にはもうない。自分が取りつくしているからだ」
「確かにその通りかもしれませんね。ですが、エリク兄上はヴィルヘルム兄上の隣に立っていた人です。切り札を当然隠し持っているでしょう」
「〝切り札は相手が最も嫌がるタイミングで〟か。ヴィルヘルムの持論だったな」
「常にヴィルヘルム兄上は相手の切り札を潰すタイミングで切り札を出していました。相手の勝ちの芽を摘むためです。きっとエリク兄上もそうするでしょう」
「ではどんな切り札を隠していると?」
「分かれば苦労しません」
「それもそうだな。質問を変えよう。同じ教えを受けた者として、お前はどんな切り札を隠している? 侮られていたお前の本気は確かな切り札だったはず。それを見せたということは、さらに切り札を隠し持っているということであろう?」
「買いかぶりですよ」
「ふん、まぁそういうことにしておこう」
信じてないな。
実際、嘘だからしょうがない。
切り札を使うのは相手が切り札を使った時。
相手の勝ちの芽を摘むために。
ヴィルヘルム兄上の教えを思い出していると、突然、玉座の間の扉が開かれた。
荒い息を吐く近衛騎士がそこにはいた。
「で、伝令でございます!」
「申せ」
「はっ! 冒険者ギルドの王国調査隊が王国へ入り、魔奥公団の拠点を調査! 悪魔と遭遇したとのことです!」




