第四百四十一話 用意しよう
清々しいほど鬱陶しい。
俺はそう思いながら部屋に押しかけてきた貴族たちを見ていた。
「殿下、どうか我が家にお越しください!」
「いえ、殿下。我が家のほうが」
「我が家も負けていません!」
何がどう間違って伝わったのか。
ベルツ伯爵の一件を聞いた貴族たちが、我先にと俺のところへ押しかけてきた。
暇だから誘えば来ると思ったんだろうか?
だとしたら浅はかもいい所だ。
「全員、帰れ」
「殿下、そう言わず。ベルツ伯爵のお見合いには同席したそうではありませんか。どうか我が家にも足をお運びください。自慢ではありませんが、我が家の娘は器量良しでして」
「殿下! そういうことなら我が家の娘も!」
「殿下、騙されてはいけません。我が家の娘こそ!」
どうしてこう、話が通じないんだろうか。
皇子の部屋に押しかけて、自分の娘の自慢なんて普通できないはずなんだが。
ここら辺が長年、侮られてきた弊害か。
心のどこかで軽く見ているから、こんな行動に出てしまう。
大体、よく自分たちとベルツ伯爵を比べることができるな。
来ているのは顔だけは知っているような連中ばかりだ。
中堅層の貴族といえるだろう。
ベルツ伯爵も家自体はそこまで家格は高くないが、大臣だ。しかも最初に味方してくれた大臣だ。
扱いが同列であるはずがない。
「俺に結婚の意思はない。帰れ」
「いけません、殿下もそろそろ身を固めるべきです」
「そうですぞ。藩国の宰相ともなる方が独り身では笑われます」
「殿下は身分の高い女性は好みではないとか。私の娘はその点、ちょうどいいかと存じます」
勇爵家や公爵家との縁談を断わったから、そんな噂が流れたのか?
馬鹿にされたもんだ。
家柄で断わったんじゃない。
ああ、もう。
「いい加減にしろ! しつこいにもほどがある! お前たちの家に行って何の得がある? 出涸らし皇子なら功績がなくとも招けると? 舐めるのもいい加減にしろ。ベルツ伯爵は真っ先に支持を表明した功労者だ。お前たちとは違う! 功績もなく、接点もない人間の家に行くわけがないだろうが。俺を招きたいなら多少なりとも功績を立ててからにしろ!」
一喝すると貴族たちが黙り込む。
そのまま無理やりでも返そうとした時。
部屋の扉がノックされた。
またか……。
「誰だ!?」
「あの……お忙しいならまた後で伺いますですわ……」
恐る恐る顔だけ出したのは亜麻色の髪を三つ編みにした少女。
野暮ったい眼鏡をかけている。
だが、それ以上に特徴的なのは変な喋り方。
思わず俺は腰を上げた。
「ミア!?」
「えっと……お時間ありますかですわ……?」
「ああ、暇だ暇だ。客室を用意しよう」
どうせ出ていけと言っても出ていかないだろうし、俺は扉まで歩いていく。
後ろから俺を呼び止める声が聞こえ、振り返る。
「殿下! そのような少女に時間をかけるなら我々に!」
「俺の中で、お前たちと彼女とではその価値に雲泥の差がある。俺が帰ってきたときにまだ居座るようなら近衛騎士を呼んで城から叩きだす。さっさと失せろ」
そう言って俺は自分の部屋を出たのだった。
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「もう傷のほうはいいのか?」
城の客室で俺はミアと会談していた。
セバスが出した紅茶を飲む。
あいつらと話すよりはよほど有意義な時間だ。
「大丈夫ですわ。まだ本調子とはいかないですが、帝都までは問題なく来れたですわ」
「君と君の家族は北部で暮らす手筈だったと思うが……何かあったか?」
「その点は問題ありませんですわ。暮らしに不満はなくて……あ! その前に言うことがあったですわ」
そう言ってミアは姿勢を正すと、静かに頭を下げた。
「殿下に感謝を」
「俺は何もしてないが?」
「帝都での働きの対価として、藩国の民を守ってくれたですわ。リーゼロッテ元帥も説得してくださったとか。私の働きでは足りないほどの配慮ですわ」
「謙遜だな。帝都での一件は帝国の危機だった。君はしっかり働いてくれた。その時の約束を果たしただけだ。むしろ謝らなければいけない。帝国の対応の甘さで苦労をかけた。申し訳ない」
「元々の予定を変えたのはこちらですわ。帝国の方々は精一杯動いてくれました。不満はありませんですわ」
そう言ってもらえると気が楽になる。
下手をすればミアは死んでいた。
そうなれば後悔では済まなかっただろう。
「それじゃあお互い様ということで、用件を聞こうか? 何か用があったんだろ? 何でも言ってくれ」
「な、何でもとは大盤振る舞いですわね……あんまり大きなことを言うと後悔しますわよ?」
「平気だ。何でも言ってくれ」
「で、では……私の弟のテッドを覚えていますか? 伝令に走った子ですわ」
「もちろん。よく走ってくれた」
「そのテッドが……ラインフェルト公爵の下で勉強したいと言っていて……」
「手配しよう」
「無理ですわよね!? わかっていましたですわ! 公爵の下で勉強なんて厚かましい……うん?」
「手配しよう」
両手を振ってミアが否定するので、もう一度告げる。
聞き間違いではないとわかったミアは目を見開く。
「本当ですの!?」
「二言はない。ラインフェルト公爵には俺から手紙を書こう。あの人は教育者としても一流だ。きっと有能な人材に育て上げてくれるだろう。その後は彼次第だが……藩国にはやはり藩国出身の者が必要だ。藩王になる俺の兄を助けてくれるならそれに越したことはない」
「しょ、将来のことはわかりませんですわ……でも、テッドもいずれは藩国のために何かしたいと言ってましたですわ! 藩国を変えたいと!」
「それなら何の問題もないな。他にはないか?」
「えっと……子供たちにお土産を……」
「用意しよう」
「あとは……乗ってきた馬車の乗り心地が……」
「用意しよう」
「実は……弓を新調しようかと……」
「用意しよう」
「その……お腹が空いていて……」
「セバス」
「かしこまりました」
「あああ……本当に何でもですわ……!?」
愕然としてミアは俺から思わず距離を取る。
そんなミアに俺は笑顔で訊ねる。
「ほかにはないか?」
「こ、怖いですわ!? これは何かの策略ですの!?」
「これでも帝国の皇子だからな。その程度のお願いなんてお願いに入らない。君はお金を受け取らないし、こういう形でしか報いることはできないだろ?」
「お金にしておいたほうが精神衛生上、よかったですわ……」
「お金でいいのか?」
そう言って俺はポケットから自分の財布を出す。
中には大量の金貨が入っている。虹貨とはいかないまでも結構な額だ。
それを見てミアがさらに距離を取った。
「それ! それですわ! その重量感が嫌なんですわ! 財布はドサッとか言わないんですのよ!?」
「ほんの気持ちだ」
「重いですわ!」
「いらないなら別にいい。ただ、子供たちも大きくなると色々必要なんじゃないか? 新しい生活にも慣れないといけないしな」
「うっ……そう言われてみれば……」
俺に説得されて、ミアは恐る恐る俺の財布に手を伸ばし、パッと胸元に引き寄せた。
その瞬間、俺はニヤリと笑う。
「受け取ったな?」
「はっ!? やっぱり罠だったですわ!?」
「俺はしばらく藩国の宰相をしなくちゃいけない。たっぷり働いてもらうぞ。人手が足りないからな」
「またお金につられてしまったですわ!?」
自分の浅はかさを呪うミアを尻目に、セバスが到着してご馳走をテーブルに並べていくのだった。




