第四百四十話 暇ゆえに
「トラウゴットの婚礼は王国における冒険者ギルドの捜査後とする。それが終わったのち、藩国へ向け出発せよ」
そう父上の命が下った。
つまり俺の藩国行きも王国の捜査後というわけだ。
それまで俺には暇ができた。
「やるべきことはあるか?」
「帝都支部に溜まっていた依頼は先日終わらせましたし、皇子としての仕事もほぼありません」
「レオの部下からの報告は?」
「中心的な方々はレオナルト様と共に戦場に出ていますし、ほかの方々も戦時中のため動くことを控えています」
「なるほど。本当のところは?」
「今まで出涸らし皇子と馬鹿にしていたアルノルト様に報告を持っていくのが怖いのでしょう。実際、大した問題も起きておりませんから放置でよいかと」
「やれやれ……まぁどうしてもと言う時はフィーネに泣きつくだろう」
結論は出た。
暇だ。
やることがない。
今しかできないことは終わらせてしまったし、大きなことに着手するには時間が足りない。
「何かやるべきか?」
「半端に動くのは危険です。何もしないというのが正解かと。何かあれば向こうから動いてくるでしょう」
「向こうとは?」
「アルノルト様のことが必要な人々です」
そんな風にセバスが言った瞬間。
俺の部屋の扉がノックされたのだった。
■■■
「お久しぶりでございます。アルノルト殿下」
「久しいな。ベルツ伯爵。工務大臣としてあちこちを飛び回っていたそうだな?」
「は、はい。各地で被害を受けた建物が多いので、その建て直しに忙しい毎日でした」
俺の前に現れたのは三十代の冴えない男。
工務大臣となったベルツ伯爵だった。
大臣の中でも特に忙しい人のため、ほとんど帝都にはいなかった。
なにせ帝国はあちこちで被害が出ている。
現場は自分の目で見るというのがベルツ伯爵のスタイルらしく、そのため激動ともいえる日々だったと聞いている。
次から次へと被害が出ていたしな。
「職務に加え、各地の貴族との会談も請け負ってくれたそうだな? 苦労をかけたな」
「い、いえ! これもレオナルト殿下を玉座につけるため。苦労などとは思いません」
あまり帝都におらず、各地を飛び回る大臣というのはレオにとっては使いやすかった。
各地にいる貴族と会談し、引き込みをかけていたわけだ。
地方の貴族にとって大臣とのパイプは大事だ。中央に進出したい貴族ならなおさらだ。
「それで? 今日は俺に何の用だ?」
「そ、それは……」
緊張しているのか、ベルツ伯爵は幾度もハンカチで汗を拭きとっている。
そして幾度目かの汗を拭きとったあと、ベルツ伯爵は意を決して俺の目を見てきた。
「殿下にお願いがございます……!」
「言ってみろ」
「実は……これよりお見合いがあるのですが! ついてきていただけませんか!?」
思わず真顔になってしまった。
大臣の中で、そんなしょうもないお願いを皇子にするのはこの人だけだろう。
何が来るかと身構えたのが馬鹿らしい。
どっと疲れてしまった。
「……お見合いにどうして俺が必要なんだ?」
軽く頭痛がしてきた。
最近、深刻な問題ばかりを扱ってきたせいかもしれない。
どうもこういう問題は軽く見えてしまう。
だが、本人にとっては重大だ。
「実は……プライセル侯爵のご令嬢とのお見合いでして」
プライセル侯爵は良く知っている。
正確にいえばプライセル侯爵の妻のほうを知っている。
恐妻との噂で、家の実権はすべて夫人が握っているそうだ。
「仕事でプライセル侯爵とご一緒したときに、気に入られまして……それで、どうか娘と会ってほしいと言われたのですが……どうやら夫人には内緒だったようで……」
「娘の縁談話を妻に相談しないほうが悪い」
「それはそうなのですが……夫人としても悪い縁談とは思っていないようで、私にレオナルト殿下の勢力に食い込んでいる証を見せろと……それが見せられるなら娘とのお見合いは認めるそうです……」
まったく。
この人は極端な人だな。
夫人としても俺を連れてこいと言ったわけじゃない。
せいぜい、勢力に関与している貴族との関係性を見せろくらいのつもりだろう。
もしくはレオから貰った品とか、手紙とか。そういうもののつもりだったはず。
「レオの真似をして一筆書いてもいいが……」
「後々、面倒になるかもしれませんな」
「仕方ない……」
ため息を吐き、俺は椅子から立ち上がった。
■■■
「お、おい……ベルツ伯爵は怒って帰ってしまったのではないか……?」
「この程度で怒って帰るならそれまでの男よ! 今は帝位争い中! 大臣とはいえ、勢力の中枢に食い込めていないなら将来が安泰とは言えないわ!」
部屋の中から大きな声が聞こえてきた。
その声にベルツ伯爵は身を竦める。
前妻のこともあって、強気な女性は苦手になったようだな。
「で、では……」
ベルツ伯爵がドアに手をかけ、俺のほうを窺う。
ここまで来て待ったもないだろう。
俺が頷くとベルツ伯爵がドアを開けて部屋へと入っていった。
「プ、プライセル侯爵! お待たせいたしました!」
「おお! ベルツ伯爵! 良く戻ってこられた! 気を悪くせんでくれ、あれはちょっとした勢いで……」
「勢いではありません。娘を任せるのは将来安泰の男性と決めています。現在、レオナルト殿下の勢力には勢いがある。ですが、それゆえ勢力に参加する貴族も多くなってきています。あなたがレオナルト殿下から信用されているという証拠を見せて頂きたいのです」
「は、はい……夫人の言うことはごもっともです……ですのであるお方に来ていただきました」
そう言ってベルツ伯爵がドアのほうを示す。
プライセル侯爵夫婦の視線が俺へと向けられた。
瞬間、二人は椅子から降りて、膝をついた。
「あ、アルノルト殿下!?」
「殿下に拝謁いたします……」
「楽にしていい。お見合いの付き添いをしてほしいと言われただけだ」
そう言って俺はそのままベルツ伯爵の隣へ座った。
どうすればいいかわからず、夫妻はまだ膝をついている。
そんな夫妻に俺は再度促した。
「楽にしていい。話が進まない」
「そ、それでは……」
「失礼いたします」
夫妻はそのまま椅子に座り直す。
隣ではベルツ伯爵がまた汗をハンカチで拭っている。
思った以上の反応で困っているんだろう。
「さて、プライセル侯爵夫人。ベルツ伯爵がレオの勢力に食い込んでいるか心配だそうだな?」
「は、はい……」
「安心してほしい。ベルツ伯爵は真っ先にレオの支持を表明した大臣だ。各地を飛び回っているため、一緒にいる機会はないが、レオが帝都にいればレオ自らこの場に来ただろう。我々は一蓮托生。ベルツ伯爵が我々を見捨てないかぎり、我々もベルツ伯爵を見捨てない。納得していただけただろうか? 俺の言葉では不十分というなら、レオが帰ってきた後に場を設けるが?」
「い、いえ! 結構です! もう十分わかりました! なっ!? そうだな!?」
「……ベルツ伯爵の影響力を見くびっておりました。まさか殿下を連れて来られるほどとは……女の浅はかな考えをお許しください」
「娘の未来を心配するのは当然だ。あなたのような人に育てられたご令嬢なら、こちらも安心してベルツ伯爵を任せられる。時に妻は悪いほうへ夫を変えてしまう。だが、これなら良いほうへの変化が期待できそうだ」
言うだけ言うと静かに立ち上がる。
夫人がベルツ伯爵の影響力を認めた以上、俺はもうここには必要ない。
あとは当人同士の話だ。
「では俺は失礼する」
「で、殿下!?」
「お見合いに他人がいるのは好ましくない。あとは自分で頑張ることだ」
そう言い残して俺はその場を後にしたのだった。




