第四百三十八話 SS級会議
「こちらです」
冒険者ギルド帝都支部。
その地下にある遠話室。
本来なら賢王会議にしか使われないその部屋に俺は案内されていた。
賢王会議並みに重要な会議があるからだ。
ギルドの職員が準備を整えると、水晶にクライドの姿が映った。
「俺が一番か?」
『集合時間に来る面子だと思っているのか?』
「思っていないな」
呆れてクライドはため息を吐く。
しかし、それくらいは実力で返してもらえる。そういう連中だ。
俺に少し遅れて姿を現したのは筋骨隆々な大男。
薄紫色の長い髪に同じ色の瞳。肌は白く、顔には薄っすらと化粧が施されている。
仕草は女、しかし外見は男。
SS級冒険者随一の個性。
『あらぁ? 私が一番じゃないの?』
「残念だったな、リナレス」
『何度言えばわかるのかしら? 私のことはリナと呼びなさい。シルバー』
そう言っていつもの注意をしてくるのはSS級冒険者にして、大陸最強の武術家。
〝両極の拳仙〟リナレス。
『リナ。ロンディネ公国の特異点はどうだ?』
『異常ないわよ。海も近いし、最高だわ』
「それは残念だったな」
『まったくよ。まぁ、SS級冒険者としての責務だもの。断わりはしないけれど』
リナレスは言いながら口をとがらせる。
内心、不満があるんだろう。
魔力の濃い地域である〝特異点〟を拠点とするリナレスは、現在、ロンディネ公国にある特異点にいる。
本人的にはバカンスくらいの気持ちだったんだろう。
それが緊急招集でおじゃんになった。
「さすがに断る奴がいるとは思いたくないがな」
『どうでしょうか? 非常識人が多いですからね』
声と共に黒い仮面の姿が映し出された。
相変わらず男にしては高く、女にしては低い声でしゃべる。あれも仮面の効果だろう。
皇国を拠点とするSS級冒険者。大陸最強の魔剣使い。
〝空滅の魔剣士〟ノーネーム。
自らの魔剣を強化するという目的を最優先に考える非常識人。
「その非常識人の一人という自覚はないのか?」
『そっくりそのままお返ししますよ、シルバー』
「俺には自覚がある」
『私も自覚はあります。周りよりはマシだと思っているだけです』
「同じくだな」
『どっちもどっちよねぇ』
どちらかがよりまともなのか。
今すぐにも舌戦になりそうだったが、その前に新たなSS級冒険者が姿を現した。
『よっこらせっと! おお! 皆、揃っているようじゃな』
『遅いわよ? エゴール翁』
『いやいや、ちゃんとここにいるだけ褒めてほしいもんじゃ』
『無事、近場の支部にたどり着けたようで何よりです。エゴール翁』
『心配かけてすまんな、ギルド長。最近はお世話役がいるんじゃよ』
『素晴らしいことです。今すぐにも表彰したいほどの貢献度といえるでしょう』
クライドの言葉は大げさではない。
居場所すら掴めないSS級冒険者。
自らを呼ぶ声を頼りに大陸中を飛び回る剣豪。
〝迷子の剣聖〟エゴール。
それが迷子にならないというのはとんでもないことだ。
数百年、ギルドでは成し遂げられなかった偉業ともいえる。
エゴール翁の手綱を握れているソニアは、それだけで大陸の平和に貢献しているといえるだろう。こういう緊急事態の時には特に。
「あと一人か」
『やはり彼が一番非常識ですね』
『遅れる男は嫌われるっていうけれど』
『まあまあ、ちょっとくらい遅れてもいいじゃろ』
いつもは自分が待たせる側だからか、エゴール翁はちょっと得意気だ。
そんな中、クライドが苦笑する。
『彼には少し頼み事をしてある。そのせいだろう』
『彼に頼み事を? 頼む相手を間違えていませんか?』
『すまん、遅れた』
ノーネームの声とほぼ同時に最後の一人が姿を現した。
しかし、その姿は思っていた人物とは少し違っていた。
ぼさぼさだった茶髪は綺麗に撫でつけられ、生え放題だった無精ひげも綺麗に剃られている。
ヨレヨレだった服もきっちりとしたものに変えられており、印象は真逆になっていた。
『あらぁ……好い男……』
『変われば変わるもんじゃのぉ』
本人は無自覚なのか、周りの反応に困惑している。
だが、すぐに切り替えて報告から入った。
『ギルド長、頼まれていた地域の偵察は終えたぜ。いくつか怪しい場所もあったが、まぁ偵察っていう指示だったから手は出さなかった』
『感謝する、ジャック』
その神技に大陸中の弓使いが憧れの眼差しを送る。
見えない敵まで射ち落せると評され、その評価以上の腕前を持つ最強の弓使い。
〝放浪の弓神〟ジャック。
在りし日の姿がそこにはあった。
『では、SS級冒険者による会議を始めよう。まず初めに伝えることがある』
クライドはジッとジャックを見つめた。
それにつられて全員の視線がジャックに注がれる。
それを確認してからジャックは告げた。
『王国で行われる魔奥公団の討伐隊の指揮は俺が取る。文句は言うなよ? 王国は俺の担当だからな』
今までなら面倒だからと誰かに任せていただろう。
そのジャックが自ら指揮を引き受けるとは。
娘というのは偉大だな。
「異議はない」
『同じくよぉ』
『構わんよ』
『私は参加しないので、お二人がいいなら問題ないかと』
『では決まりだな』
こうして魔奥公団の討伐隊の指揮はジャックが取ることに決まったのだった。