第四百三十三話 連合王国の王
クライドと今後の話をした後、俺は帝都に戻ってきた。
その頃には帝都は夜の闇に沈んでいた。
「お帰りなさいませ」
「どうだ? 変わったことは?」
「いえ、特には」
「誰も訪ねてこなかったのか?」
「寝ているということにしておきましたので」
「なるほど。爺さんからすれば暇で仕方なかっただろうな」
笑いながら俺は仮面を外した。
もう夜更けだ。
城の者たちも寝静まっている。
そんな中、俺は窓から城の正門を見つめる。
魔力で視覚を強化すると、正門の前にはなぜか近衛騎士隊がいた。
まるで誰かを待っているかのようだ。
「お忍びだから深夜に到着か。まぁそうせざるを得ないよな」
「客人が来るのですかな?」
「連合王国の国王が秘密裏に向かって来ている。だから賢王会議も代理だった」
「連合王国の国王ですか。国内を安定させたばかりだというのに、忙しい方ですな」
「帝国との関係改善は早いほうがいいと思ったんだろう。だが、つい最近まで戦争をしていた国の国王だ。公には来られない。だから秘密裏の訪問なんだろうな」
言いながら俺は踵を返して部屋の扉を目指した。
「何か御用がおありですか?」
「奴にはない」
「では誰に?」
「……連合王国が帝国との関係を改善するというなら、多くの問題が間にある。その一つが保護した皇族の処遇だ。戦ったからこそわかる。奴は怯える者を無理やり連れてきたりはしない。だが、直接交渉ならその問題が必ず立ちはだかる。皇族の血は帝国の宝だからだ。奴が直接来たということは……俺の弟も来ている」
「言葉にお気をつけください。ゴードン元皇子やザンドラ元皇女があなたの兄や姉でなくなったように、裏切った皇族はあなたの弟ではないのです」
「説教はいらん。この問題を放っておくわけにはいかないんだ」
そう言って俺はセバスの呆れたため息を聞きながら、部屋を出たのだった。
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玉座の間に向かう廊下。
そこで俺は壁に寄りかかりながら人が来るのを待っていた。
そして深夜の城に足音が響き始めた。
かなりの人数だ。
魔導具の淡い光に照らされて、俺の待ち人たちは近衛騎士たちと共にやってきた。
「まさか君が出迎えに来るとは思わなかった」
そう言って口を開いたのは赤みがかった金髪の男。
赤紫色の瞳が少し驚いたように見開かれている。
端正なのに、どこか野性味も併せ持つ不思議な男。
「立場が変わった以上、挨拶が必要だな。帝国第七皇子……アルノルト・レークス・アードラーだ」
「よく存じている。イーグレット連合王国国王……〝竜王〟ウィリアム・ヴァン・ドラモンドだ」
連合王国すべての竜騎士を掌握し、短期間で王都を制圧した新王。
それが今のウィリアムだ。
引き金になったのは前王と第一王子が敗戦の責任をすべてウィリアムになすりつけようとしたからで、竜騎士だけでなく軍部の大半もウィリアムについた。
前王側は大した抵抗もできなかったそうだ。
そして前王と第一王子は僻地で軟禁され、連合王国は竜王子から竜王となったウィリアムの下で統一された。
「北部では世話になったな、アルノルト。大して喋った仲ではないが、命を賭けて戦った相手だ。今は旧友のように思えるぞ」
「そうか。俺もあんたを友ほどに信用してる。だから、後ろにいる俺の弟が無理やり連れてこられたんじゃないってこともわかってる」
ウィリアムの後ろ。
そこに顔色の悪い若い男がいた。
ザンドラ姉上と同じ緑髪に、神経質そうな顔。
変わってはいない。だが、前に見たよりも遥かに精悍な顔つきになっている。
「――邪魔をしないでもらおう。アルノルト」
「邪魔をするなだと? このまま父上に会えば待っているのは帝毒酒だとわかっているのか? ヘンリック」
帝国第九皇子ヘンリック・レークス・アードラー。
ゴードン兄上についたこいつは、ウィリアムの撤退に合わせて連合王国へ向かったと報告されていた。
裏切者の皇族を帝国は許さない。
どういう結末になろうと、ろくなことにならないだろうとは予想していた。
だが、直接乗り込んでくるのは予想外だ。
「覚悟の上だ」
「そんな覚悟捨ててしまえ! 姉と同じ道を辿るのか!?」
「裏切った報いは受ける」
「自己満足はよせ! 父上にこれ以上、子供を殺させるな! 死ぬなら勝手に死ね!」
責任を取るのは当然だ。
それだけのことをした。
だが、他者に裁きを任せるのは違う。
裏切ろうと父上にとっては息子だ。
「理由がある。僕の命の使い道は僕が決める」
「勝手に裏切って、勝手に父上に裁かれると? 俺が見届けてやる。今ここで死ね」
「……心遣いはありがたい。父上の負担を減らそうとしているのもわかるし、僕が苦しまないようにというのもわかる。やはりお前は優しく、頭が良いんだな。僕とは大違いだ」
「理解できているなら」
「それでも……僕は楽な道に逃げたりしない。そうする権利は僕にはない」
ヘンリックは俺の横を通り過ぎようとする。
そんなヘンリックの腕を俺は掴む。
その腕は異様に冷たかった。
「お前……」
「最期まで……ご迷惑をおかけして申し訳ありません。兄上」
ヘンリックは俺の腕を払うと、そのまま玉座の間へと向かっていく。
その後をウィリアムが追っていく。
「決意は固い。もはや言葉では止まらん……すまんな」
ウィリアムがそう呟いた。
それだけでウィリアムも言葉を尽くしたことがうかがえる。
近衛騎士たちもそんなウィリアムの後に続いていく。
俺はただその背中を見つめるしかできなかった。




