第四百二十八話 SSS級
≪我は銀の理を知る者・我は真なる銀に選ばれし者≫
悪魔は強力だ。
五百年前。大陸に住む多くの生き物が力を合わせて、ようやく勝つことができた。正真正銘の化け物。
当時は依り代に頼らず大陸に現れたようだが、力を見るに目の前のハーゲンティはその時の悪魔に近い力が出せているようだ。
どの文献を読み解いても五百年前の大戦で人類が勝てたのは奇跡だと評している。それだけ絶望的な戦いだったということだ。
そんな古の悪魔に近しい相手。
しかも相手はこいつだけじゃない。この後にはもっと強力な悪魔がいることは予想できる。
だからこそ運が良い。
相手にとって不足はない。
古代の化け物、強者たちと俺との距離を測るには。
「シルバーが誇る最強の銀滅魔法か? 見てみたい! 見せてくれ!」
ハーゲンティは言いながら俺の頭上から水の槍を降らす。
それを結界で受け止めながら俺は詠唱を続ける。
≪銀光は天を焼き・銀星は闇を穿つ≫
銀滅魔法は強力だが、弱点も多い。
最も顕著なのは当てるのが難しいと言う点だ。
詠唱の長さもあるが、相手を固定しないと避けられかねない。
だからこそ、足止めが必要になる。
≪墜ちるは冥黒・照らすは天銀≫
使う相手が限定的になる。
大型なモンスターや拘束可能な相手。
これまではそれでもやってこれたが、相手が同格になれば難しくなるだろう。
詠唱に成功したとしても、外せば終わりだ。
だが、俺が拘束できないような相手を倒すには詠唱なしの魔法では威力不足。
≪其の銀に金光は翳り・其の銀に虹光は呑まれた≫
自分と同格の相手を討つための一手。
それは確実に命中させられる銀滅魔法。
詠唱さえ完了すれば負けない魔法。
それが俺の答えだ。
≪いと輝け一条の銀光・闇よひれ伏せ屈服せよ≫
結界が限界を迎え始める。
ハーゲンティの水の槍はいまだに威力も量も十分だ。
食らえば俺でもただでは済まないだろう。
このシルバーの姿で死の危険を感じるのはいつぶりだろうか。もしかしたら初めてかもしれない。
常に優位から殲滅してきた。
そうなるように立ち回ってきた。
だが、世界は広い。
見下ろすことができない者たちもいる。
俺は知っている。
同格の相手がいることを。
これは――そんな奴らに対する俺の魔法だ。
≪銀光よ我が身に君臨せよ・我が敵を滅さんがために――シルヴァリー・フォース≫
十二節の長大な詠唱を終えて、両手に生み出された銀光が俺の中へと入ってくる。
同時に結界が壊れて無数の水の槍が俺を襲った。
普通なら威力と量に押されて俺は落下するところだ。
しかし、俺は無傷でその場にいた。
「……防御魔法だったか……」
「違う。これは敵を滅する魔法だ」
俺の内に入った銀光は俺の周りに膜のように広がっている。
それが水の槍を防ぎ切ったのだ。
それを見てハーゲンティは残念そうに防御魔法と呟いたが、それはただの余剰エネルギー。
副産物に過ぎない。
「ほう? それじゃあ見せてもらおうか」
そう言ってハーゲンティは巨大な水の鷲を作り出した。
エクスキューション・プロミネンスを相殺した水牛よりなお大きく、強い存在感を発している。その水鷲は口を大きく広げて俺に向かってきた。
それに対して俺は右手を無造作に水鷲へと振る。
放たれたのは何の変哲もない魔力弾。ただその色は銀色だった。
その銀弾は迫る水鷲と衝突し、いとも簡単に水鷲を貫いてハーゲンティの右手を引きちぎった。
「無詠唱で……?」
「シルヴァリー・フォースは総合的な強化魔法だ。身体能力はもちろん、感覚や魔力操作も強化される。だが、その最大の特徴はこの状態で放つすべての攻撃は銀滅魔法となるという点だ」
一瞬のうちにハーゲンティの後ろに回り込み、俺はそう告げた。
転移ではなく、高速移動だ。
転移は便利だが、一度、転移門を開くという工程が入る。
強者はそれで動きを察知してしまう。
だが、この状態は単純に速い。
ゆえにハーゲンティも俺の接近を察知できなかった。
「素晴らしい……! これが大陸最強の魔導師の力か!」
言いながらハーゲンティは俺から距離を取り、周囲の水を自分へとかき集め始めた。
やがてハーゲンティを核として翼を持った牛が形成された。
巨大なその姿は竜に近い威圧感があった。
だが、その危険度はそこらの竜とは比べ物にならない。
翼を持った牛が翼を動かすと、そこから無数の水の槍が飛んできた。
それを左手の一振りで迎撃するが、その時にはハーゲンティは上空だった。
まるで闘牛のように前足をかき、ハーゲンティは翼を持った牛として俺に向かって突撃してきたのだ。
「すべての攻撃が銀滅魔法となるこの状態だが……当然、銀滅魔法を使えば強化されたものとなる」
右手を突撃してくるハーゲンティに向けると、俺は一言呟いた。
≪シルヴァリー・ライトニング≫
銀雷が迸り、翼を持った牛を形成していた水をすべて剥ぎ取り、核となっていたハーゲンティを焼き焦がす。
「人類の規格外……SS級冒険者……計算外だ……」
「一緒にするな。今の俺はSSS級だ」
ボロボロになったハーゲンティに接近し、俺は右の拳を見舞う。
銀色の閃光が走り、ハーゲンティの体を消滅させた。
人間を依り代とした悪魔はしつこいくらいの生命力を誇るだろうが、ここまで跡形もなく消滅させれば生きてはいけないだろう。
「ふう……」
シルヴァリー・フォースを解除し、俺は一息つく。
消費魔力はかなり大きいうえに実戦で使うのは初めてだったが、問題ないレベルで動けたな。
あとはハーゲンティよりも強力な悪魔が相手の場合、どうやって発動まで持っていくか。
それが課題だが……。
それはプライドを捨てれば解決できる。
「悪魔との戦闘の時はSS級で共闘するしかなさそうだな」
基本的に俺はソロで戦ってきた。
ソロで完結している魔導師だ。
前線を構築するパートナーを必要とはしない。
だが、同格が相手となればそのスタイルを変更しなければいけないだろう。
「とりあえず資料漁りといくか」
そう言って俺は破壊したハーゲンティの拠点へと転移したのだった。




