第四百二十七話 恐れた事態
ハーゲンティは大量の水弾を俺に向かって放ってくるが、俺は右手の前に展開した結界で無理やり防いで距離を詰める。
「強気なことだな? 魔導師なのに」
「必要なんでな」
俺はそのままハーゲンティに体当たりを敢行する。
俺の意外な行動にハーゲンティの動きが少し遅れる。
その隙に俺はハーゲンティの後ろに転移門を作り、自分ごとハーゲンティを押し込んだ。
そして。
「まったく……送迎にしては荒っぽいことだ」
「これからはもっと荒っぽくなる」
俺たちが飛んだのは北部の平原。その上空。
かつて霊亀と戦った場所だ。
ここなら暴れても問題ないだろう。
「シルバーの転移魔法……噂に聞いてはいたけど、便利なようだ。もしや長距離も短距離も自由自在かな?」
「だとしたらどうだ?」
俺は転移で瞬時にハーゲンティの後ろに回り込むと、ハーゲンティを蹴り飛ばす。
ハーゲンティは思いっきり地面に落下し、土煙を立てながら吹っ飛んでいく。
その隙を逃さず、俺は詠唱に入った。
≪我は天意を代行する者・我は天と地の法を知る者・断罪の時来たれり・咎人は震え罪無き者は歓喜せよ・我が言の葉は神の言の葉・我が一撃は神の一撃・この手に集まるは天焦がす劫火・天焔よ咎人を灰燼と化せ――エクスキューション・プロミネンス≫
相手は水を使う。
相性の悪い火を使うのは、相手の実力を確かめるため。
俺の前に展開した魔法陣から巨大な炎が放射され、ハーゲンティへと向かう。
それに対してハーゲンティは近くにあった川の水をかき集め、それを巨大な牛へと変えた。
そして俺のエクスキューション・プロミネンスへと突撃させてきた。
回避は予想していたが、真っ向勝負とはな。
「舐めるな……!」
「これがシルバーの古代魔法か……興味深い」
水牛と炎がぶつかり合い、しばらくの間、せめぎ合いを続ける。
しかし、やがてどちらも限界を迎えて、空中で破裂してしまう。
近場に川があったとはいえ、俺のエクスキューション・プロミネンスを相殺するとは……。
しかも詠唱らしい詠唱もなかった。
「悪い癖だ……興味のあるものはついついこの目で見たくなってしまう」
「だから俺に転移もさせたし、攻撃もさせたのか?」
「そのとおり。素晴らしい」
「なるほど……」
俺は深く息を吐く。
予想はしていたが、目の前の現実を受け入れるのは少々疲れる。
これから先、厄介になるのがわかっているからだ。
「もう種切れということはないだろ? ほかには?」
「それはこちらの台詞だな。魔奥公団が抱える〝悪魔〟は貴様だけか?」
悪魔には魔法が使えない。使う必要がない。
なぜなら悪魔にはその悪魔専用の能力である〝権能〟があるからだ。
南部で戦った悪魔のフルカスが巨大な大剣を作り出したのも、そういう魔法を使ったんじゃなくてそういう権能を持っていただけだ。
権能は特化しているうえに人間よりはるかに優れた悪魔が使うため、魔法を大きく上回る。
だからハーゲンティは悪魔なのだと仮定できる。詠唱もなく俺の魔法を相殺できるのは悪魔くらいだ。
問題なのはどう見ても人間にしか見えないということだ。
かつてフルカスが現れた時に恐れたことが現実となっている。
悪魔が人に紛れているのだ。
予測はしていた。
聖女を依り代に悪魔を召喚するというのは、あまりに賭けすぎる。
今まで闇に潜んでいた魔奥公団という組織がぶっつけ本番でそんな賭けをするわけがない。
事前に試していたはず。
そして成功例があるから実行に移した。
そう考えれば驚くほどのことではない。だが、それがもたらす混乱は大陸規模だ。
かつて人を滅ぼしかけた悪魔が人の姿で人間社会に紛れ込んでいる。
慎重な対応が求められる重大案件だ。
だが、当のハーゲンティは軽く笑う。
「さすがにバレたか。まぁバレたところで問題ではないが」
「魔奥公団は聖女を依り代として悪魔を召喚しようとしていた。愚かな考えだと思っていたが……すでに成功しており、さらに高みを目指した結果だったか」
「帝国のピンチには必ず現れるSS級冒険者。さすがに頭が切れる。大体その通りさ。悪魔の依り代は二つ。新鮮な死体か精神的に悪魔に近い人間。しかし、新鮮な死体の成功率は恐ろしく低い。成功はほとんど偶然の産物だった。だから召喚する悪魔に似た精神の者をかき集め、片っ端から召喚した。その一人が私ということさ」
「元の人格はどうした? 共存しているようには見えないが?」
「時間をかけて取り込んだ。長期間、悪魔を宿して自我を保っているなんて普通じゃ無理なのさ」
「なるほど……ペラペラと喋る奴だ」
今ので分かったことは多い。死体を依り代にした悪魔もいるし、召喚されたのもハーゲンティだけではない。
喋っているのはあえてだ。
余裕。
それがハーゲンティにはある。
それは先ほどから決して崩れない。
「君は南部で死体を依り代にした悪魔を討伐したそうだが……生きている人間と死んでいる人間。依り代としての質は断然、前者のほうが高い。つまり、前者のほうが悪魔の力を思う存分振るえるということだ」
異変を感じて空を見上げると、空には隙間なく水の槍が並んでいた。
さきほど散った水を利用したんだろう。
これほど大規模な行動を予備動作なしで行うとは。
たしかに南部の悪魔より格上ではあるだろう。
だが、勝てない相手かというとまた別問題だ。
「運が良い」
「どういうことだ?」
「お前は全力で当たっても問題なさそうだ」
言いながら俺は両手を胸の前で合わせる。
そして。
≪我は銀の理を知る者・我は真なる銀に選ばれし者≫
素早く詠唱を開始したのだった。




