第四百二十五話 殺気
「まさかテレーゼ義姉上を説得するなんてな……驚いたよ」
トラウ兄さんの結婚が認められてから一夜明けて。
俺はフィーネから事の顛末を聞いていた。
「ミツバ様のアドバイスのおかげです」
「全部母上の予想通りだったってのは気に食わないが……おかげで救われたことに感謝しておこう」
「しかし、すべて思い通りというわけにはいきませんでしたな」
セバスの言葉に俺は頷く。
ある程度、トラウ兄さんの裁量次第で自由に動けるとはいえ、一国の宰相に内定してしまった。
弱体化した藩国軍の代わりにしばらくの間、帝国軍が藩国を守る。
軍事面、内政面。どちらにも帝国が手を加えることになるが、俺は内政面の担当となるだろう。
時期的には帝国軍が撤退する時期に俺も帝国へ戻ることになるはず。それまでにトラウ兄さんに権力を集中させ、藩国をまとめなければいけない。
「まぁ一時的な宰相職だ。トラウ兄さんが統治しやすくする土台を作ったら、帝国に戻ってこられるし、悪い話じゃない」
「それまで私が帝都をお守りしますね!」
フィーネが拳を作って意気込む。
だが。
「やる気なところ悪いが、君は藩国に連れていく」
「え……?」
「俺のいない帝都は危険だ。なにより、藩国では帝都ほど誤魔化しがきかない。皆、俺に注目するだろうからな。暗躍するには勝手知ったる協力者が必要だ」
「で、ですが……私を連れていく理由が……」
「そんなものはいくらでも作れる。それとも嫌か?」
「い、いえ……ご迷惑でないなら……ぜひ」
「なら決まりだ。だが、藩国に行く前にすべきことがある」
そう言って俺はセバスに視線で問いかける。
すぐに察したセバスはポケットから折りたたまれた紙を取り出し、俺に差し出した。
「すでに調べはついています」
「ご苦労」
「それは何ですか?」
「魔奥公団の帝国での拠点だ」
ザンドラ姉上の残した手記には多くのことが書かれていた。拠点の場所や知る限りの幹部。
いくつか拠点は放棄されていたが、重要な拠点は移動できなかったようでまだ帝国に残っている。
藩国からは撤退したのに、帝国に残っているのは帝国でまだ何かを企んでいるからだろう。
勇爵は帝位争いが誰かの手のひらの上かもしれないと語った。そして皇族が攻撃されているかもしれないとも。
標的にされた恐れがあるのは妃たち。そこ経由で皇族が呪いを受けた可能性がある。
最も顕著なのは第五妃ズーザンとザンドラ姉上だ。明確に魔奥公団と関わった痕跡があり、そこを境に変わり始めたとザンドラ姉上が言っていた。
今まではレティシアの一件に関わっていた犯罪組織という印象だったが、その闇は俺が思っているよりも深かった。
皇族が攻撃されているというなら、魔奥公団が無関係ということはないだろう。
ただし、魔奥公団だけではおそらく不可能。内部に協力者がいる。
藩国に行って、皇太子の死の調査をしながらそいつは炙り出すとして……問題となるのは魔奥公団だ。
「帝都での反乱から始まって、こいつらの動きは活発になった。放置するにはあまりに危険だ。それに……」
「まだ何か?」
「舐めた真似をした礼はしなくちゃいけないからな」
脳裏に息を引き取ったザンドラ姉上とゴードン兄上の姿がよぎる。
あれが誰かに狂わされた末路だとするなら。
弟として許しておくわけにはいかない。
「殺気がだだ洩れですぞ?」
「……すまん」
気づけばセバスがフィーネを連れて距離を取っていた。
知らない間に感情が抑えきれなくなっていたようだ。
「私とフィーネ様の前では結構ですが、他の者の前ではお気をつけください」
「そうだな。俺の精神安定のためにも……さっさと潰したいもんだ」
「すぐには動かないということですか?」
「動くなら一日ですべて潰す。一人も逃さない。だが、それをするのはもう少し先だ」
「どういうことですか?」
「シルバーとして動いているときに状況が動いたら困る。明日には各地から皇帝への伝令が届く。その情報を精査してから動く」
「なるほど……では誤魔化すのは任せてください!」
「ああ、頼むよ」
そう頼みながら俺はこみ上げる感情を抑えるのに必死だった。
できることならすぐに潰したいが、それで取り逃がしては意味がない。
ここまで待ったのは万全の態勢で動くためだ。
そう自分に言い聞かせながら、俺は気を鎮めるのだった。
■■■
次の日。
各地から父上の下へ伝令がやってきた。
北部からの伝令もあるし、南部からの伝令もある。
その中で最も大切なのが西部からの伝令だ。
「西部戦線はどうなっておる?」
「報告いたします! レオナルト殿下率いる西部国境守備軍は王国軍を圧倒し、敵の将軍を三名も捕えています!」
「おお! さすがレオナルトだ!」
「投入された魔導師団も活躍しており、西部での主力となっているそうです!」
帝国軍には今まで魔導師だけの部隊はなかった。
各部隊に数名の魔導師を配置する方法を取っていたが、隣国の皇国は魔導師の集中運用で結果を出していた。
帝国軍もそれに倣って魔導師だけの部隊を作ったわけだ。
それが魔導師団。
設立にザンドラ姉上が関わっていたため、最近まで投入が見送られていた部隊だ。
それをレオが出陣の際に連れていった。王国軍相手には有効であると言って。
その読みは的中したようだな。
「よし! これで王国からの侵攻はほぼなくなったと見てよいな? フランツ」
「おそらくは。しかし、向こうもタダでは引き下がらないでしょう。こちらが限られた戦力で動いていることを向こうは知っています」
「藩国との戦争が終わり、当面は王国側に集中できる。奴らに突破はできまい」
「現状維持はできます。長引けば皇国が動くやもしれません」
「それもそうだな……講和は難航しておると聞いているが?」
「エリク殿下が王国の大臣と話し合っていますが、取り付く島もないとのことです」
「強気だな……こちらが攻め込まぬと思っているのか?」
「攻め込まれても耐えられると思っているのでしょう。向こうには難攻不落の要塞があります。かつても落とせませんでした」
「あの時とは状況が違う。南部の公国は親帝国へと変わった。海上からの補給はない」
十一年前。
王国と帝国は大規模な戦争を起こしていた。
しかし、王国側の要塞に海上からの補給が絶えず、結局帝国は撤退せざるをえなかった。
その補給を担当したのがアルバトロ公国だ。
だが。
「これもレオナルトとアルノルトの功績と言えるな」
「偶然が重なった結果です。しかし、アルバトロ公国から正式な回答を得るまで警戒しておくべきかと」
「私も同じ考えです。先日、アルバトロ公国には書簡をお送りしています。そのうち返答が来るかと」
「よろしい。アルバトロ公国がこちらにつくなら王国へ攻め入る。しかし、目標は講和だ。エリクにもそう伝えておけ」
「かしこまりました」
そう言って父上が玉座から立ち上がり、会議が終わる。
俺は深く息を吐いたあと、その場を後にした。
「レオはしっかりやっているようだな」
「レオナルト様としても勝たねばならない戦です」
「王国との問題が解決しなきゃ、レティシアの立場も安定しないからな」
「片や、結婚したくなくて策謀を巡らし、片や、結婚したくて戦場で剣を振るう。相変わらず両極端ですな」
「そういう兄弟なんだよ。俺たちは」
言いながら俺は自分の部屋へと入る。
部屋にはフィーネがおり、机には銀の仮面が置かれていた。
「では、手筈通りに頼む」
「かしこまりました」
「行ってらっしゃいませ」
「ああ……ここからは暗躍の時間だ」
言いながら俺は銀の仮面をかぶって、シルバーとなったのだった。




