第四百二十三話 テレーゼとヴィルヘルム
明けましておめでとうございます!(・ω・)ノ
本年も出涸らし皇子とタンバをよろしくお願いします!
今日は五巻の正式発売日!
まだ手にしていない方はぜひ読んでみてください!('◇')ゞ
では、今年もお付き合いください(/・ω・)/
帝都の中で東宮は最も人気のない場所だ。
広い敷地の中にはテレーゼと数人の侍女しかいない。
訪ねる者もほとんどおらず、テレーゼは静かに一日を過ごしている。
そんなテレーゼの下に、アリーダが訪ねてきたという報告が入ったのは昼前のことだった。
一体何の用だと思いながらも、テレーゼはアリーダを東宮に入れた。
そして。
「ご無沙汰しています。テレーゼ姉上」
「ええ、よく来たわね。アリーダ……それにフィーネさんも」
アリーダの後ろ。
恐る恐る顔を出したフィーネを見て、テレーゼは驚きはしなかった。
既に人生は儚いものだと察し、前を向いて生きていないテレーゼは、滅多なことでは感情を動かさない。
アリーダがフィーネを連れてきても、話があるのだろうと思うだけだった。
「お初にお目にかかります……テレーゼ様」
「今、紅茶を用意するわ。座っていて」
「私はこれから任務がありますので、失礼します」
「そうなの? 次はゆっくりしていってちょうだいね」
「はい。次は個人的に伺います」
恭しく頭を下げたアリーダは、フィーネを置いてその場を去ってしまう。
置いて行かれたフィーネは、紅茶を用意しようとするテレーゼを制した。
「私が淹れます!」
「あら? 淹れてくれるの?」
「はい! 紅茶を淹れるのは得意です! よくアル様にも褒められます!」
「アルノルトが? それは期待できるわね。ではお願いするわ」
そう言ってテレーゼは静かに椅子に座り直し、フィーネが紅茶を淹れ終わるまで中庭を見続けた。
「紅茶が入りました。お口に合えばいいのですが……」
「ありがとう。いただくわね」
テレーゼは軽く笑みを浮かべながら紅茶を口に含む。
そしてカップをテーブルに置いた。
「い、いかがでしょうか……?」
「美味しいわ。こんなに美味しい紅茶は久しぶりよ」
「本当ですか!? よかったです!」
テレーゼの言葉に安心したフィーネは、深く息を吐いて自分も紅茶を口に含んだ。
そのまましばらく会話はなく、紅茶を飲む時間が続く。
「……私に何か話があったのではないかしら?」
「はい……ただ、この話はテレーゼ様にとって不愉快な話かもしれませんので……」
「構わないわ。話してくれる?」
いきなり話をしないフィーネに、テレーゼは好感を覚えた。
生来の性格でテレーゼは静かな時間が好きで、人付き合いや派手な振る舞いが苦手だったからだ。
自分のペースに合わせてくれるのは、居心地が良かった。
「城の内情についてはどこまでご存じでしょうか?」
「藩国の王女がやってきたというのは聞いているわ」
「なるほど……実は皇帝陛下がアル様にマリアンヌ王女との結婚を考えるように伝えました。藩国を同盟国とするためです」
「……陛下らしいわね。続けて」
「はい。そんなアル様に対して勇爵家や私の実家であるクライネルト公爵が縁談を持ち掛けました。皇族から離れれば藩国に行かずともよいからです」
「つまり……あなたとアルノルトに結婚の話が出ているの?」
「そうなります」
「大変な時期なのに私のところに来て平気かしら? あなたは当事者よ?」
「私はアル様を困らせる気はありません。アル様に結婚の意思はありませんから」
「そう……」
呟き、テレーゼは視線を落とした。
帝国一の美女、蒼鴎姫。
帝国中の男が夢中になり、結婚できるなら何でもするだろう相手。
実際、心を奪われ、暴走した弟をテレーゼは見ていた。
その美しさを魔性と評す者もいる。そんなフィーネとの結婚をアルは望まない。
フィーネもアルを困らせたくないため、積極的なアピールはしない。
二人の関係性を垣間見たテレーゼの心に浮かんだのは、諦めだった。
互いに好き合っている。そんな関係なら割り込める可能性もあっただろう。
だが、二人の関係はそれ以上。互いを尊重し、理解しあっている。
どう転んでも弟に勝ち目はなかった。
そう理解し、テレーゼは少しだけ心が痛んだ。
哀れな弟がより哀れで滑稽となったからだ。
「テレーゼ様……?」
「ごめんなさい……続けてくれる?」
「は、はい……アル様が藩国に渡るのを危険だと感じている方は少なからずいます。アリーダ団長もその一人で、おそらくトラウゴット皇子も動くかと」
「なるほど……トラウゴットが藩王となるのね」
「あくまで予想ですが……そこで障害となるのが皇后陛下です。きっと皇后陛下は結婚を認めないでしょう」
「理由はわかるわ……」
藩国は亡き皇太子を殺した国。
皇后とテレーゼの心の中には深い悲しみが宿っている。
そして悲しみは怒りへと変わる。
トラウゴットは皇后の最後の息子。藩国にやるなど考えたくもないだろう。
皇子は他にもいるのだから。
「どうか……皇后陛下の説得に手を貸していただけないでしょうか? 皇后陛下のお心を動かせるのはテレーゼ様だけです」
「……ここの中庭はヴィルが用意してくれたものなの。息苦しくないように、少しでも自然を感じられるようにと」
テレーゼは椅子から立ち上がり、中庭に目を向ける。
東宮で共に過ごした時間はそこまで多くはない。
すでに実権を委譲されつつあった皇太子は忙しく、ゆっくりできる時間はあまりなかったからだ。
それでもできるだけ時間を作ってくれた。時間を作れないときは埋め合わせのようにプレゼントが届いた。
先ほどフィーネが淹れた紅茶もその一つだった。
派手な贈り物が苦手なテレーゼに対して、必死に知恵を振り絞ってくれた。
そういう皇太子の心遣いが嬉しかった。
そんな思い出に浸りながら生きてきた。
後ろを向いて、幸せだった時間を思い出す。それが唯一の楽しみだった。
心残りだったのは幼い頃から共にあった家族だけ。だが、その家族ももはや心残りではなくなった。
手を貸すべき存在だった弟はすでにこの世にはいない。
父や妹には助けは必要ない。
今すぐ死ねと言われれば、喜んで死ぬだろう。死なないのは元皇太子妃としての立場があるから。そしてヴィルヘルムが悲しむだろうから。
自死は許されない。殺してくれるなら殺してほしいほどだった。
それでもまだテレーゼは生きていた。
「フィーネさん……一つ訊ねてもいい?」
「なんでしょうか?」
「アルノルトが好き?」
「……はい。私はアル様が好きです」
「……今なら結婚できるかもしれないわよ? 誰かと結婚してもいいの?」
「求めるのはアル様の幸せです。相手が私じゃなくても……アル様が幸せならそれでいいと思えます」
「強いのね……羨ましいわ。あなたはきっとアルノルトが皇太子と同じ目に遭ったとしても、私のように閉じこもることはしないのでしょうね」
「……わかりません。ただ……アル様が悲劇に巻き込まれないように全力を尽くそうと思っています。あの人の隣に立てなくても……あの人の幸せを守れる自分でありたいと思っています」
テレーゼにはフィーネが眩しかった。
自分では絶対に無理だと思えてしまう。
かつて同じ思いを抱いたことがあった。
結婚前。父の言いつけでテレーゼは社交界に顔を出していた。表面上は笑顔で接していたが、ああいう場は苦手だった。
言い寄る男性たちも好きにはなれなかった。
できれば静かに部屋で曲を聞いていたい。それでもテレーゼは社交界の中心になれた。
だが、そんな注目が一気に持って行かれたときがあった。
とある貴族の社交界。
そこに皇太子ヴィルヘルムがやってきたのだ。
会場の中の視線がすべてヴィルヘルムに注がれた。
自分とは違う。真に輝く者なのだと思った。ああは絶対になれないと。
だが、それからテレーゼはヴィルヘルムの妻となり、アードラーの一員となった。
「あなたを見ていると……ヴィルを思い出すわ」
「私は皇太子殿下に似ていますか?」
「全く似ていないわ。けど……どうしてか思い出すの」
言いながらテレーゼの目から涙がこぼれた。
その涙は止まらない。
胸が痛かった。
この話を聞いたときから、ずっと心の底には怒りがあった。
最愛の人を殺した国の王女。会うのも嫌だった。話を聞くのも嫌だった。
それでも話を聞いたのは――ヴィルへルムは悲しむから。
自分の死によって他者が傷つくのはきっと嫌うだろうから。怒りは心の底にしまった。
今、その怒りが浮かび上がってきた。それでもテレーゼはそれを深く心の奥にしまい込む。
思い出してしまったからだ。
「皇太子妃になる前……ヴィルに言われたわ……皇太子妃らしい振る舞いはしなくてもいいと。ただ……弟妹たちのことは家族と想ってほしいと。ヴィルにとって家族は宝だったわ」
今、ヴィルヘルムがいたら何をするか?
考えるまでもない。
だが、それをするには心が痛む。それでもテレーゼは決断した。
「もしも……トラウゴットが藩国の王女に求婚し、王女がそれを受けたなら……義姉として応援するわ」
「本当ですか!?」
「嘘は言わないわ。ただし、トラウゴットが動いた場合よ。皇帝陛下の一方的な命令による政略結婚ならば応援する気はないわ」
「感謝します!」
フィーネは笑顔を浮かべる。
そんな笑顔を見ても、テレーゼの涙は止まらない。
自分にも心を痛める感情がまだ残っていたことに、テレーゼは驚いていた。
「私にも怒りや悲しみが残っていたのね……」
「テレーゼ様……」
「安心して……怒りは確かにある。けれど、その怒りは仕舞ったわ。私はヴィルヘルム・レークス・アードラーの妻。彼が悲しむようなことはしない。皇后陛下が動いたなら、私が説得してみせる」
「ありがとうございます。心より感謝を申し上げます」
「いいのよ……ただ、しばらく私の話し相手になってくれないかしら? 久しぶりに誰かと話したくなったの」
「私でよければ」
「あなたがいいわ」
そう言ってテレーゼは泣きながら笑みを浮かべたのだった。




