第四百十九話 お願いの儀
トラウ兄さんがマリアンヌのところに行った次の日。
結果を聞く前に、俺は早朝から玉座の間に呼び出された。
「何事だ? 宰相」
「リーゼロッテ殿下からの伝令が帝都近くまで来ているそうです」
廊下で出会った宰相に訊ねると、そう説明された。
ここでの伝令はほぼ間違いなく戦勝の報告だ。
時間が来たということか。
トラウ兄さんの結果次第では俺も身の振り方を考えなければいけないな。
そんな覚悟をしながら、俺は玉座の間に入ったのだった。
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玉座の間には父上がすでにいた。
「来たか。お前も聞くべきだと思ってな」
「感謝します」
「もう到着するそうだぞ」
そう父上が口にしたとき、玉座の間に伝令が姿を現した。
「皇帝陛下にリーゼロッテ元帥よりのご報告をお伝えしに参りました!」
「うむ。首尾はどうだ?」
「リーゼロッテ元帥が率いる帝国軍は王都を包囲し、敵軍を敗走させました。真っ先に王国へ逃亡しようとした藩王を筆頭とした重鎮も捕えており、皇帝陛下の判断を仰ぎたいとのことです!」
「よし! さすがはリーゼロッテだ! よくやってくれた!」
「おめでとうございます。皇帝陛下」
「すべてリーゼロッテの手柄だ。この短期間で藩国を攻略できたのは大きいぞ。連合王国の盾ができる上に、王国を別の角度から攻められる。宰相の考えた戦略通りだな」
「厳しい条件の中、やってのけたリーゼロッテ元帥のお力でしょう」
二人は口々にリーゼ姉上を褒めたたえる。
当然か。リーゼ姉上は直属の兵をほぼ東部国境に残している。それにもかかわらず、短期間で藩国を飲み込んだ。
しかも藩王を生きたまま捕えている。
これで継承もスムーズに済むだろう。
完璧な仕事だ。
完璧すぎて時間が足りなかったが。
「王国への備えもある。アルノルト、藩国に行く決心はついたか?」
「残念ながらついてませんね」
「わがままを言える立場ではあるまい。皇族に政略結婚はつきもの。それとも誰か結婚したい相手がいるのか?」
「そういうわけではありません」
「ならマリアンヌ王女と結婚し、藩国を束ねろ。それがお前のためだ」
そう言って父上はこの話を進めようとする。
宰相がチラリと俺のほうを見てくる。
何か言うことはないのか? という確認だろう。
言いたいことはたくさんあるが、立場上、言えることはない。北部貴族のために俺は自分の結婚も受け入れると言ってしまっている。
ここでそれに逆らうわけにはいかない。
ひとまず頷くしかないか。
そう思った時。
玉座の間が開かれた。
「父上! その話、お待ちいただきたい!」
「やかましい! 会議中に呼んでもいないのに入ってくるでない! 出ていけ!」
「いえ!!!! 此度は大事な話ゆえ、何としても聞いていただくであります!」
近衛騎士の制止を振り切り、トラウ兄さんは父上の前までやってくる。
まさかトラウ兄さんが強引に入ってくるとは思ってなかったのか、父上は驚いて目を丸くしている。
トラウ兄さんは父上の前で膝をついて、頭を下げた。
「ご無礼をお許しください。息子として父上にお願いの儀があり、参上いたしました」
「う、うむ……」
トラウ兄さんの豹変ぶりに父上も若干引いている。
思わず喋ることを許可してしまっている。
こんな強引なトラウ兄さんは確かに初めて見る。
「お願いというのは、アルノルトとマリアンヌ王女との結婚の話は考え直していただきたいのです」
「そのことか……藩国には誰かが行かなければいかん。お前が行くのか?」
「はい」
「そうか、それなら……なにぃ?」
呆れた様子で父上は聞いていたが、まさかの答えに玉座から腰を浮かした。
そりゃあそうだろう。
結婚の話とはもっとも縁遠い人だからな。
「すでにマリアンヌ王女に求婚し、了承していただきました。マリアンヌ王女はこのトラウゴットが娶ります」
「そ、そんな話は聞いていないが……?」
「今、言いましたので。皇族なら誰でも良いはず。許可していただけますね?」
「いや、それは……」
父上が助けを求めるように宰相を見つめた。
宰相は宰相で驚いているようだが、さすがにすぐに自分を取り戻した。
「アルノルト殿下に拘る理由はありません。結婚自体は問題ないかと。血筋的にも文句はありませんし、マリアンヌ王女が了承しているなら話を進めるべきかと」
「だが、トラウゴットは亡き皇太子の実弟だ。藩国をまとめるのは容易くはないのだぞ?」
「その点については考えております。反発が予想されるため、補佐をつけたいと思います」
「補佐だと?」
トラウ兄さんは頷き、俺のほうに視線を向ける。
そして。
「アルノルトを藩国の宰相に招きたいと思います。すでに北部を治めた実績があります。人選としては問題ないかと」
「ふむ……その手があったか」
トラウ兄さんの申し出に父上がぽつりと呟く。
トラウ兄さんは結婚候補に挙がっていなかった。だから、誰もが考えの外に置いていたのだ。だが、トラウ兄さんが結婚候補となれば、トラウ兄さんが一番だ。
俺も王よりは宰相のほうが動きやすい。
妙手といえるだろう。
「どう思う? 宰相」
「丸く収まる一手かと。ただ……」
「ただなんだ?」
「帝都が薄くなります」
宰相の言葉に父上は少し眉をひそめた。
信頼できる皇族は少ない。
俺とトラウ兄さんが帝都を動くとたしかに薄くなる。
だが。
「その点は心配しなくてもいい。ワシが健在ならば問題あるまい」
「そういうお考えならこれ以上は申しません」
「警戒はすべきだろう。だが、やらねばならないことが多い。出し惜しみはできん。その結婚、認めよう」
「感謝いたします」
そう言ってトラウ兄さんは深く頭を下げた。
俺も静かに頭を下げた。
これで俺の今も保たれた。
トラウ兄さんには感謝してもしきれない。
助かったというのが本音だ。
俺は深く息を吐く。
そんな中。
「しかし、よく皇后が認めたものだな?」
「……」
「藩国の王女との結婚だ。あの皇后なら反対しそうなものだが」
「……」
不思議そうにつぶやく父上の前でトラウ兄さんは黙り込んでいる。
宰相がその様子を見て、頬を引きつらせる。
「トラウゴット殿下……まさかと思いますが……」
「ち、父上にも母上を説得してほしいであります! 一人では話せないであります!」
「皇后に話しておらんのか!? なぜだ!?」
「不利な場合は味方を増やすのが定石であります」
「お前の結婚だ! お前が話せ!」
「認めた以上、父上は味方であります! ぜひ一緒に!」
「断る!」
「そこをなんとか!」
「陛下……皇后陛下を説得しなければ話を進められません」
「ワシに皇后と話し合えと!? 反対するに決まっている! 藩国を心の底から恨んでいるのだぞ!?」
「それでも妙手です。やらねばなりません」
随分と情けない家族会議だな。
まぁ相手が皇后じゃ仕方ないか。
トラウ兄さんもこうなることを見越して、勢いで認めさせたな。
やれやれ。
「どうしますか? あとは誰を味方に引き込みます?」
「ミツバを呼んで来い……ワシ一人では荷が重い……」
そんな弱音を吐く父上に呆れつつ、俺は頭を下げて玉座の間を出ていったのだった。




