第四百十八話 トラウの勇気
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「なんとか頑張ってください」
そうアルに言われて、トラウは次の日の朝。送り出された。
そう言われても困るというのが、トラウの感想だったが、計画のためにはやるしかない。
結婚の決定権は皇帝にあり、その皇帝はアルを藩国に行かせたがっている。
トラウがマリアンヌを娶りたいといっても、マリアンヌが難色を示せば、じゃあアルでという話になってしまう。
マリアンヌがトラウのほうが良いと言うのがベストの流れだった。
しかし。
「自分とアルノルトとでは僅差でアルノルトのほうが良い男でありますからな……」
廊下で呟きながら、トラウは窓を見つめる。
眼鏡をはずして決め顔をしてみると、悪くない顔だった。あくまで自己評価だが。
エルナがいれば、トラウの自己評価の高さに愕然としただろう。
ちゃんとすれば、アルはレオと瓜二つだ。アルと僅差ということはレオとも僅差ということだ。それは相当な自信だといえた。
帝都の令嬢たちを虜にできると宣言したに等しいからだ。
「やはりちょっとぽっちゃりしすぎたでありますか……」
そう言ってトラウは肥えた腹を持ち上げる。
昔はこうではなかった。運動しなくなったのがいけなかった。
顔が良くても体が少々だらしないと魅力は下がってしまう。
「引っ込めてみれば……」
なんとか腹を引っ込めようと息を止めてみるが、大して変わらない。
苦しいだけだとトラウは無駄な努力をやめた。
そして思考を切り替えた。
「男は黙って突撃であります!」
考えることをやめたトラウは、せっかく整えていた髪をがしがしといじって崩したあと、いつもと変わらない様子でマリアンヌの部屋まで向かった。
「少し外してほしいであります」
「しかし……」
「とにかく扉から離れていてくれればそれでいいので」
「そういうわけには」
マリアンヌの部屋を護衛する近衛騎士をどうにか遠ざけようとするが、護衛が任務の彼らが扉から離れることはありえなかった。
困った、このままではプロポーズが聞かれてしまう。
そんなことを考えながら、どうするべきかと頭を悩ます。
一層のこと、ここでプロポーズしてしまうか。
埒が明かなくなって、面倒くさくなってきたトラウだったが、救い主が現れた。
「あなたたちは下がりなさい。私が護衛を代わるわ」
「アムスベルグ隊長!?」
「ですが……」
「かまわないから行きなさい。それとも私じゃ不安だとでも?」
「い、いえ! 失礼します!」
近衛騎士は現れたエルナによって追い払われる。
そしてエルナは無言で、扉から少し離れた位置につく。
「おぉ~さすがエルナ女史!」
「いいから早く済ませてください」
「かたじけないであります。アルノルトを藩国に行かせたくないといういじらしい乙女心に自分、泣きそうでありますよ」
「そういうのじゃないですから! 早く部屋に入ってもらえますか!? それとも無理やり押し込まれたいですか!?」
顔を真っ赤にしてエルナが剣に手をかける。
それを見て、トラウは死の気配を感じて逃げるようにして部屋の扉をノックした。
「どなたでしょうか?」
「トラウゴットであります! 入ってもよろしいでしょうか!?」
「ど、どうぞ……」
鬼気迫る声のトラウに圧されて、マリアンヌは少し引き気味に許可した。
そしてトラウは素早い動きで部屋に入った。
警戒心を解かず、エルナが入ってこないかジッと待ってから、ゆっくりとトラウは息を吐いた。
「危なかったであります……」
「トラウゴット皇子……何かありましたか?」
「いえ、ちょっと命の危険に晒されただけであります」
「それは一大事では……?」
城の中で皇子が命の危機に晒されるなんて、とんでもないことだ。
しかし、トラウの様子は本気のように見えた。
帝国の城ではこれが日常なのだろうかと、マリアンヌが真剣に悩み始めた時。
トラウがゆっくりとマリアンヌの傍に立った。
大柄なトラウに対して、マリアンヌは小柄だ。
年もトラウが二十五に対して、マリアンヌは十四になったばかり。年の差は十以上。
どこをどう考えてもアルのほうが相応しい。
そうは思いつつも、トラウはゆっくりと片膝をついた。
「トラウゴット皇子!? どうされたんですか!?」
「真剣に聞いてほしいであります。よろしいか?」
「は、はい……」
「自分は弟たちに兄らしいことをしたことがないであります。だから、今回は兄らしいことをしたいと思い、ここに来たであります。アルノルトは今、苦境に立たされているであります。それを救うために、我らが父上はアルノルトをマリアンヌ王女の夫にと思っているでありますよ」
「それは存じています」
「そうでありましたか……なら話は早いであります。アルノルトはまだ誰とも結婚する気はないであります。だから、自分がマリアンヌ王女の相手に名乗りをあげるであります。自分が藩王となり、アルノルトを宰相として藩国に引き抜く。それでこの問題は解決するであります」
「なるほど」
「……そんな最低な理由であります。あなたには無関係の話だ。それでも……家族のために自分はやらなければいけない。どうか、こんな男を夫として迎えていただけないでしょうか? マリアンヌ王女殿下」
沈黙は一瞬。
しかし、トラウには永遠のように感じられた。
誰かにプロポーズする日が来るとは思わなかった。しかも愛しているわけではない相手だ。
理由も最低。
プロポーズも唐突。
頭の中で成功のイメージがまったく湧かなくなり、駄目かもしれないと思った時。
「――喜んで」
「やっぱり駄目でありますか! でも、そこを何とか……はい?」
「私でよければ喜んで」
断られると思っていたトラウは勢いよく立ち上がって、マリアンヌを説得しようとする。
そんなトラウに対して、マリアンヌは苦笑しながらもう一度告げた。
「……い、いいでありますか……?」
「私の立場で断われますか?」
「で、ですが……自分が嫌ならアルノルトが」
「どうせ選べないのです。なら、自分に勇気を出して結婚を申し込んでくれた相手が良いと私は思います。それに、家族のために動けるトラウゴット皇子はきっと私を大事にしてくれますから」
「えっと……最終確認であります。自分、小さな女の子が好きでありますが、良いでありますか?」
「見るだけならいいのでは?」
「怠惰であります……」
「働かせます。王ですから」
「その……自分は趣味人で……」
「政務が終われば何をしてもいいと思います」
「……」
「ほかにありますか?」
マリアンヌが逆に問いかける。
帝国に亡命した時点で、マリアンヌは政略結婚を覚悟していた。
相手がだれであろうと受け入れるしかない。それもわかっていた。
その中で、好印象だったのはアルとトラウだった。どちらが相手でも自分は構わない。そう覚悟を決めていたから、トラウが来た時点でマリアンヌの答えは決まっていたのだ。
「……トラウゴットと結婚していただけますか?」
「喜んで」
改めて片膝をついたトラウが腕を差し出し、マリアンヌはその腕を取る。
二人の顔には照れくさそうな笑みが浮かんでいたのだった。




