第四百十五話 政略結婚
「やはりそういう話になりましたな」
「予想通りだったが、どう対処するべきだろうな」
部屋の中にいるのはセバスと俺だけだ。
今頃、父上はマリアンヌと話し合いをしているだろう。
話し合いといっても、マリアンヌに発言権はほとんどない。
トラウ兄さんも参加しているらしい、一方的になることはないだろうが、マリアンヌは後ろ盾のない王女だ。
帝国の言う通りにするしか手がない。
そこに関してはどうすることもできない。
問題はその後だ。
俺も関係ある問題だ。
「マリアンヌと俺が藩国の共同統治者になれば、帝国は北に絶対的な同盟国を抱えることになる。王国と皇国のどちらかが帝国に攻め込んでも、藩国がその隙をつくことができる。藩国に攻め込んでも、帝国が隙をつく。大陸中央部の支配はより盤石になるだろう」
「それに皇族にもしものことがあっても、別の血脈を作ることができますな」
「そういう意図もあるだろう。俺を帝国の外に出そうという意図を感じる。父上なりの配慮なんだろう」
「手柄を立てすぎたナンバー2はナンバー1の脅威でしかありませんからな」
セバスの言葉に俺は頷く。
仕方なかったとはいえ、手柄を立てすぎた。
銀十字勲章までもらってしまった俺は、レオをサポートする立場から自分も帝位を狙う位置についてしまった。
俺の意思は関係ない。レオが参戦する気がないのに、参戦させられたように状況が許さない場合がある。
それを避けるために国を出るのは有効な手だ。
レオと争う未来なんて考えたくもない。
「皇子という位置にいるかぎり、担ぎ上げられる可能性がある。リーゼ姉上のように帝位争いには関わらないと宣言できればいいが、これだけ関わったあとじゃ宣言に信憑性も薄い」
「そうですな。それとリーゼロッテ様には帝国元帥という立場がございます。アルノルト様にはそれがありません」
「そうだ。だから藩国の王という立場を父上が用意した」
藩国の王になればすべて丸く収まる。
帝国外に出るとレオの支援がしにくくなるというデメリットもあるが、レオは帝国の外に勢力を得ることになる。
それはメリットともとれるだろう。
「しかし、すべてはアルノルト様の気持ち次第かと」
「気持ちか……」
「これは政略結婚です。しかし、判断するのはアルノルト様自身かと」
「そうだな。少し考えてみるとしよう」
そう言って俺はこの件を一度保留とした。
どれほど考えても答えが出なかったからだ。
■■■
次の日。
俺の部屋には珍しい客が来ていた。
「今回はどんなご用件ですか? アンナさん、それともアムスベルグ夫人と呼ぶべきですか?」
「好きに呼びなさい。とても個人的な用件だから」
「そうですか、じゃあアンナさん。その個人的な用件を聞かせていただけますか? 残念なことに今日は予定が一杯なので」
「手柄を立てたあなたにすり寄ろうと、帝都の貴族は必死なようね? 今更笑顔を振りまいても、自分に見る目がありませんと宣言するようなものだとわからないのかしら?」
その点、我が家は違うわ、と笑顔で言いながらアンナさんは優雅に紅茶を飲む。
それに異論はない。
勇爵家は常に俺の味方だった。まぁ勇爵家が味方なのに、何もしないし、できなかった俺は相当問題なんだ。
出涸らし皇子の味方でいるのは難しい。それができたのは勇爵家が帝国で絶対的な地位を築いているからだ。
勢力争いをする必要がないから、誰と付き合おうと気にしなくていい。
争いは同レベルでしか発生しないというが、実際、帝都ではその通りだ。同じ貴族で括られているが、勇爵家は別格なのだ。
「それでも会わないわけにはいかないので」
「律儀ね。レオのためかしら?」
「そうですね」
「あなたという人間の本質を見抜けないような味方が必要かしら?」
「帝位争いは勢力争い。少しでも味方がいります」
「それもそうね。じゃあ我が勇爵家なんてどうかしら? 力強い味方だと思うけれど?」
「ご冗談を。勇爵家は政治には関わらないのが暗黙の了解です」
「そのとおり。だからいつでもその気になれば、政治に関われるのよ? あなたのために勇爵家は全面的にレオを応援してあげるわよ?」
「……無条件ではないですよね?」
「ええ。我が勇爵家に婿に来なさい。エルナと結婚するの。そうすればあなたを取り巻く諸々の問題は解決できるはずよ?」
アンナさんとは子供の頃からの付き合いだ。
この人は冗談でも結婚の話はしなかった。
周りが俺とエルナについて話しても、決して自分の意見は言わなかった。
皇子と勇爵家の娘という立場をよくわかっていたからだ。
そのアンナさんが結婚の話を出してきた。
それは本気ということだ。
「勇爵はなんと?」
「私に任せるそうよ」
「なるほど」
きっと意見を封じられたな。アンナさんに。
あの家の力関係はアンナさん一強だ。
そうなるとこの話に関して、勇爵は無力だ。
「ありがたい話ですが……少し時間をください」
「大事な話だものね。よく考えなさい。けれど、藩国に行くよりは勇爵家に来たほうがあなたのためだと思うわよ」
そう言ってアンナさんは席を立って、部屋を出ていった。
昔から厄介な人だと思っていたが、大人になるとその何倍も厄介だと思い知らされる。
今回の行動は俺がマリアンヌの結婚候補という話を聞いたからだろうが、それにしても早すぎる。
勇爵家は帝国の守護者。アンナさんの一存では動けない。
周到な根回しがあって、今の行動に至っているのだろう。
つまり、マリアンヌが亡命した時点で行動を起こしていたということだ。
なんならもっと前かもしれない。
この状況を予想して、俺に逃げ道ともいえる選択を与えに来た。
「やれやれ……困ったものだな」
「皆さん、考えることは一緒の様子ですな」
そう言ってセバスが机の上にある手紙を示す。
今日の早朝に届いた手紙だ。
差出人はクライネルト公爵。フィーネの父だ。
内容はアンナさんと似たようなものだ。
藩国にはいかず、婿に来いという内容だった。
昨日、今日で手紙が届くわけがない。
クライネルト公爵も状況を読んだうえで、この手紙を出したんだろう。
「どうだ? セバス。選り取り見取りだぞ?」
「世の男性が聞いたら血の涙を流しかねませんな」
「まったくだ……はぁ……」
深くため息を吐いて、俺は机に突っ伏す。
結局は政略結婚。
相手が変わるだけだ。
良い解決案はまったく思い浮かばない。
しかもこれだけ大物が動くとなると、笑ってごまかすこともできない。
「難題だ……」
「難題ですな」
答えが出ないまま、俺はしばらく机に突っ伏し続けたのだった。




