第四百十四話 銀十字勲章
「アードラシア帝国第四皇子、トラウゴット・レークス・アードラーと申します。ようこそ、帝国へ。マリアンヌ王女殿下。我が帝国はあなたを賓客として歓迎いたします」
優雅に一礼して見せながら、トラウ兄さんがそう俺たちを出迎えた。
やる気になれば大体のことはできる人だから、驚きはない。あくまで俺は。
エルナを含めた近衛騎士たちは、その変貌ぶりに目を丸くしている。
「わざわざのお出迎え、感謝いたします。藩国王女、マリアンヌと申します」
「長旅でお疲れでしょう。部屋を用意いたしました。まずはお休みを」
「いえ……皇帝陛下のご予定が空いているのであれば、まずはお話ししたいと思います」
「なるほど。では掛け合ってみましょう。帝都滞在中はこのトラウゴットがあなたのお傍にいます。お困りごとがあれば、なんなりと言ってください。対応いたします。まずはお部屋へ。皇帝陛下に掛け合ってきますので」
そう言ってトラウ兄さんは笑みを浮かべて、マリアンヌを案内し始める。
完璧だな。
「ねぇ、アル。トラウゴット殿下は何か変なものを食べたのかしら?」
「皇太子の実の弟だぞ? あれくらいできるさ」
「でも、西部で軍を率いているときもあんなに立派じゃなかったわよ?」
「軍を率いることに本気を出す人じゃないからな」
「今は本気なの?」
「みたいだな」
「なんでいきなり……」
「基本的にあの人は女の子に優しいからだろ」
「優しい……?」
「そこに突っ込むな」
そんな会話をしながら俺たちはトラウ兄さんとマリアンヌと別れた。
俺たちには行くべきところがある。
「さて……説教されにいくか」
呟きながら俺たちは玉座の間に向かったのだった。
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「北部全権代官、第七皇子アルノルト・レークス・アードラーが皇帝陛下にご挨拶いたします」
「うむ」
顔をあげると久しぶりの父上の顔が見えた。
少し痩せただろうか。
ちゃんと食事をしてるんだろうか。忙しいを理由に食ってなさそうだな。
困った人だ。
そんなことを思っていると、父上が目を細める。
「どうもお前には反省の色が見えんな?」
「反省しています」
「心にもないことを……」
「本当です。後悔はしてません。帝国のために必要だと思ったので、独断で行動しました。しかし、配慮に欠ける行動だったとは思います。申し訳ありません。ご心配をおかけしました」
俺がそう言って頭を下げると父上はしばらくの間、無言となった。
そして大きなため息が玉座の間に響いた。
「……帰ってきたらお前に説教をしようと思っていた」
「覚悟の上です」
「まったく……此度のことはこれまでの功績に免じてすべて許そう。北部貴族をまとめ上げ、戦功をあげた軍才、そして北部を安定させた手腕。まことに見事だ。北部貴族やリーゼロッテ、面倒ごとばかり押し付けてすまなかった。すべて解決してくれて嬉しく思う――さすがワシの息子だ」
意外にも怒号は飛んでこなかった。
代わりに飛んできたのは称賛の言葉。
その言葉の後、父上の隣にいた宰相が俺の傍に近づいてくる。
「これまでの成果を評価し、第七皇子アルノルトに帝国銀十字勲章を贈る。よくやった」
帝国銀十字勲章は三つある勲章の一つだ。
銅十字、銀十字、金十字がある。
銅十字はレベッカ・フォン・シッターハイム子爵がもらっていたものだ。あれは前シッターハイム伯爵の功績をたたえるものだった。
帝国に一定の功績がなければもらえない。
最低ラインの銅十字ですら生きて貰うのは難しい。銀十字はさらに難しい。
どれくらい難しいかというと、リーゼ姉上ですら銀十字勲章は元帥昇格の時にようやくもらえた。
その前に多くの戦果をあげていたのに、だ。
「過分な評価です。いただけません」
「気持ちだ。勇爵もお前のことを褒めていた。受け取れ」
渋い顔をしながら父上が呟く。
そこでようやく意図を察した。
なるほど。レオから注意を逸らすためか。
レオよりも先に俺が貰うというのは、勢力的に良いことではない。だが、俺を警戒させるという一点だけなら妙手だ。
容赦なく俺を囮に使うあたり、宰相の発案だな。
「そういうことなら……ありがたく」
「その勲章はお前の格を上げる意味もある。これまでの功績もある。これで文句を言うものは少なくなるだろう」
「言っている意味がわかりませんが?」
とぼけた様子で俺は呟いた。
もちろん理解している。
勇爵もそれを示唆していたしな。
「ワシは藩国を同盟国としたいと考えている。属国ではない」
「良い考えかと」
「しかし、すべてをマリアンヌ王女に委ねるわけにはいかん。だからマリアンヌ王女と皇族の誰かを結婚させようと思っている。筆頭候補はお前だ、アルノルト」
「藩国の民が認めるとは思いません、藩国への侵攻を命じたのは俺です」
「民のためだ。マリアンヌ王女も救ってみせた。異論は出ないはずだ」
やれやれ。
政治的な話だな、まったく。
同盟国としたいなら信用できる皇族をその国の王にさせるのが一番だ。血縁も生まれる。
だが、今の皇族には信用できる者が少ない。
俺が筆頭になるのは必然だ。
「……考える時間をください」
「あまり時間はない。さきほど伝令が来た。リーゼロッテは藩国軍の大半を下したそうだ。抵抗勢力はわずか。その制圧が終わったら、マリアンヌ王女を帰国させる。猶予はそれまでだ」
「はい……父上、いえ、皇帝陛下。その一件とは別に進言したいことがあります」
「なんだ?」
これも勇爵との約束だ。
藩国の話題が出ているうちに済ませておくべきだろう。
「藩国の制圧を終えたなら、亡き皇太子殿下の死を再調査するべきかと」
「……今更掘り下げてどうなる?」
「真実は必要です。民に伝える必要はありません。内々に調査を」
「……考えておこう」
父上はそういうと玉座から立ち上がる。
それを見送ったあと、俺も立ち上がった。
これで俺は一気に危険人物だろうな。
まぁ、悪いことではない。
目立てば目立つほどレオが安全になる。
そのためには藩国行きも了承すべきだが……どうしたものかな。




