第四百十二話 かつての自分
「北部全権代官、アルノルト・レークス・アードラーがリーゼロッテ元帥に命じる。東部諸侯連合軍ならびに北部国境守備軍を率いて藩国へ侵攻せよ」
「委細承知した」
俺からの命令を受けたリーゼ姉上は、ついてきた騎士たちと共に北部国境守備軍と合流しにいった。
まだエイブラハムの失敗を藩国軍は知らない。
知れば間違いなく先制攻撃を仕掛けてくるが、そのチャンスはこちらにある。
すでに伝令は出した。
北部国境守備軍を暫定的に預かるハーニッシュ将軍は、素知らぬ顔で侵攻準備を始めるだろう。
リーゼ姉上が到着したと同時に侵攻開始だ。
貴族の調略は済んでないが、マリアンヌ王女の無事は確保できた。敵に動揺が走ることは間違いないし、リーゼ姉上が国境の藩国軍を撃破すれば、向こうからすり寄ってくるはずだ。
藩国については心配ない。もはや時間の問題だ。
それよりも。
「容体は?」
「芳しくないわ……」
「そこまでか?」
「傷はかなり深いけれど、問題はそこじゃないわ。あの魔剣の効力ね。治癒魔法の効果が邪魔されているの」
ミアの傷は思った以上に深かった。
左肩と右足を貫かれ、矢もあちこちに突き刺さっていた。
「私の部下が使う治癒魔法は自然治癒力を増幅させるものよ。それで傷を塞ぐの。けど、あの魔剣の効果が邪魔して、傷がなかなか塞がらないわ」
「傷が塞がらなくなる効果か……」
原理はどうあれ、結果は明らか。
面倒な魔剣もあったものだ。
すでに魔剣は厳重に保管されている。持ち主を操る魔剣なんて、そうはない。どうしてエイブラハムがそんなものを手に入れられたのか、そこも調べる必要がある。
やることはたくさんあるが、今は手につかない。
「とにかく助けてくれ」
「全力を尽くすわ。けど、私たちは回復の専門家じゃないわ。どこまでやれるか……」
「帝都まで持つか?」
「無理ね。出血が止まらないんだもの。なんとか止めようとはしてるけど……」
阻害する何かを注入しているのか、そういう魔力が働いているのか。
どっちにしろ強力な治癒魔法が必要となる。
俺が全力で発動させれば打ち破れそうな気もするが、今使えば正体がバレるのは間違いない。
どうにか隙を見つけないとまずい。
最悪、無理やりでもシルバーとして現れるべきか。
なんて思っていると。
「アルノルト皇子」
くぐもった声で俺の名が呼ばれた。
振り返ると青い仮面の男がそこに立っていた。
いつの間にか後ろに立っていたその男に、これまたいつの間にか剣を抜いていたエルナが警戒をあらわにする。
「何者かしら?」
「ファーター、藩国の義賊だ」
「義賊? あなたが?」
ミアは一介の義賊としては破格の強さを持っていた。
だが、このファーターはそれを軽く上回る。
それがわからないエルナではない。
「怪しむなら藩国の王女に確認すればいい」
「エルナ。剣を収めろ、味方だ」
「味方には見えないわ。私、仮面には不信感があるから」
「それでも味方だ。少し二人で話せるか? ファーター」
「そうしたいと思っていたところだ」
エルナの不満そうな視線を浴びながら、俺は用意されていた天幕にファーターを誘ったのだった。
■■■
「さて、ミアに関しては全力で治療に当たっている。それが聞きたいことでいいか? ファーター、いや……ジャック」
「シルバーからすべて聞いているのか?」
「元々、藩国内での後方かく乱はシルバーに頼んだものだ。断られたが、代わりにSS級冒険者の協力を取り付けたのには驚いた。もっと驚いたのは、ミアがSS級冒険者の娘だったということだがな。しかし、その縁で協力してもらえた。感謝する」
「帝国のためにしたわけじゃねぇ」
仮面を取って、ジャックが椅子に座りながら肩を落とす。
わかっている。
すべてミアのためだ。
「約束どおり、これから逆侵攻だ。真っ先に貴族たちは処罰されるだろう。これでミアが義賊を続ける理由はなくなる」
「……生きていれば、な」
「聞いていたか……無傷で保護できなかったことは申し訳ない。すべてこちらの責任だ」
「藩国の王女に亡命を早めろと勧めたのは俺だ……王都からの追手を俺が引き受ければ問題ないと思っていた……」
「だからこれまで姿を見せなかったのか。王都の守備隊はどうした?」
「ほぼ壊滅させた」
「ありがたい話だな。帝国にとっては」
言いながら俺は立ち上がる。
話は以上だ。
ジャックとしても長話をする気分ではないだろう。
「アルノルト皇子……」
「近衛騎士には俺から伝えておく。会いたくなったら会いにいけばいい。ただ……この場でできる治療には限りがある。全力は尽くすが、期待はあまりしないでくれ」
「……感謝する」
短く答えたジャックは、そのままそこで頭を抱えて下を向いた。
ジャックが王都の守備隊を抑えなければ、ミアたちはずっと追手に追われただろうし、マリアンヌ王女に協力した貴族も無事では済まなかっただろう。
全体の被害としては最小限に済んだ。
だが、ジャックがミアの傍にいれば今回のようなことにはならなかった。
もちろん、それをミアが受け入れたかどうかはわからないが。
後悔してもしきれないんだろう。
守れるだけの力があったなら余計だ。
無力感はよくわかる。
どれだけ強くなっても大切な人を助けられないなら、何の意味がある?
そこから立ち直るのに俺はレオの助けが必要だった。
過去の自分とジャックを重ねながら、俺はその場を後にしたのだった。
■■■
夜。
俺はミアが治療を受けている天幕に来ていた。
近衛騎士たちは休まずに治療を続けていた。
傷が塞がらないにしても、治癒魔法を定期的にかけていけば出血を抑えられる。
だが、それだけだ。
「様子はどうだ?」
「残念ながら……打てる手はもう……」
「そうか……少し外してもらっても平気か?」
「あまり長い時間は取れません」
「構わない」
そう言って俺は近衛騎士たちをその場から外させた。
それに合わせてジャックも仮面をつけて現れた。
何も言わず、俺は天幕に入る。
ベッドの上でミアが眠っていた。
傷口には包帯が巻かれている。今はまだ治癒魔法の効果が少し働いているんだろう。
そんなミアにフラフラとジャックは近づき、目の前で膝をついた。
恐る恐る手を取って、その手に額を当てた。
「……駄目な親だと思わないか?」
「どうだろうな。子供の感じ方は人それぞれだ」
「……良い親なわけがない。この子が生まれた時、俺は父であることを放棄した。妻にすべてを任せ、冒険者としての自分に傾倒したんだ。誰かに頼られる強い冒険者でいることが楽だった。そんな俺を妻は見限った……」
「……」
「でもな……妻と妻の父、俺の師匠には感謝しかない……俺が育てていたらこんな娘には育たなかっただろうさ……誰かを守れる子に育ってくれた……」
否定はしないらしい。
ミアの生き方を。
あくまで責めるのは自分か。
よほどの大悪人でもないかぎり、何もかも自分のせいなんてことは起こりえない。
だが、無力感に苛まれたジャックにはそんな風に思うことは許されない。
無力な自分が一番悪い。
沈む背中はひどく小さく見える。
「……どうして俺には誰かを治す力がないんだろうな……」
「……かつて俺も同じことを思った」
「そうか……どうやって立ち直った……?」
ジャックは仮面を外し、俺のほうを見てきた。
涙が頬を伝っている。
ジャックほどの男が人前で泣くとはな。
それだけ大切なんだろう。
やっと見つけた娘だ。当然か。
俺はポケットから水の入った小瓶を取り出し、静かにミアの口の中に垂らす。
「それは……?」
「ただの水だ。大した効果はない。俺たちにとっては」
「どういうことだ……?」
問いかけるジャックに対して、俺は苦笑する。
仕方ない。
自分と重なりすぎた。
それに遅かれ早かれ、ジャックは点を繋げて線にしてしまうだろう。関わりすぎた。
ならば誤魔化すのに一役買ってもらうとしよう。
「実はSS級冒険者だったファーターが、高価な薬を飲ませた。それによってミアの傷は良くなった。そういう筋書きだ」
「何を言っている……?」
「どうやって立ち直ったかと聞いたな? それでも自分の力は無駄ではないと思い、無力に打ちひしがれる人を助けようと思った。俺の魔法は――決して無駄ではないのだと」
そう言って俺はまずは遮蔽結界を張ると、そこで治癒魔法結界をミアのために展開する。
魔力消費の大きい結界型の治癒魔法。だが、今回はあまり魔力を消費しなかった。許される消費だろう。
しばらくの間、治癒結界を維持し続ける。
ミアの傷が少しずつ癒えていく。俺の治癒結界によって魔剣の効力が消滅したからだ。
そこで俺は結界を解いた。完全に治してはさすがに驚かれる。
「まさか……治ったのか……?」
「完全ではない。だが、これで近衛騎士たちの治癒魔法でも問題ないだろう」
「……」
ジャックはミアの手を両手でつかみ、声もなく涙を流した。
そんなジャックに背を向けて、俺は天幕を後にしようとする。
だが、ジャックが俺を呼び止めた。
「待て……」
「なんだ? ああ、お前の正体は明かす。近衛騎士たちには、な。色々と聞かれる前に姿を消したほうがいいと思うぞ?」
「わかった……言う通りにしよう……感謝する……シルバー」
「何の話だ?」
「……ありがとう……アルノルト皇子」
「どういたしまして」
そう言って俺は天幕の外に出る。
すると、俺の後ろにセバスが現れた。
「お説教か?」
「まさか……SS級冒険者であるジャック殿は帝位争いからは遠い存在です。そしてミア殿が唯一の弱点でもあります。そのミア殿のために骨を折れば、大きな貸しとなります。正体を知っても固く口を閉ざすでしょうし、良い策かと」
「そういうことにしておこう」
「そういうことにしておきましょう」
セバスの言葉に俺は苦笑しながら答えると、セバスも苦笑しながら応じた。
結果的には良かった。
だが、結果的に悪くても同じことをしただろう。
あそこで打算を優先させ続ければ、ミアの容態は悪くなる一方だ。
ジャックを引き離す努力をするのも面倒だ。
ジャックとしてもそんなことをすれば不満だろう。
結局、これが一番良かった。
俺の気持ち的にも。
無力感に苛まれたジャックは、かつての俺だった。
見捨てるわけにはいかない。
「さて、エルナに事情を話しにいくか」
そう言って俺は軽く伸びをしながら歩きだす。
翌日、事情を知ったエルナがジャックの姿を探したが、どこにもジャックの姿はなかった。
SS級冒険者が帝国に協力したとばれれば、大問題だ。
ゆえに近衛騎士の手柄とするように言い含め、この一件について俺は喋ることを禁じた。
これで一件落着。
そう思い、ゆっくりとツヴァイク侯爵領の屋敷に戻った俺を待っていたのは父上からの手紙だった。
「マリアンヌ王女を伴い、帝都に帰還せよ、か……」
「これを無視するにはいきませんな」
「一難去ってまた一難だな……」
やれやれとため息を吐き、俺は手紙を机の上に放り投げた。
父上がマリアンヌをどういう風に扱うつもりなのか?
それによっては色々と動くことになるだろう。
だが、どうであれ一度会わないと話にならない。
「帰るぞ、帝都に」
「かしこまりました」
そう言って俺は帝都に戻ることを決めたのだった。
というわけで、第十部はこれにて終了ですm(__)m
また原稿があるので、一か月ほどお休みします。ご容赦ください。
次はマリアンヌの処遇問題と王国との戦争問題ですかね。やることは山積みですが、だんだん終わりに近づいてきたなと感じています。
感想欄を開放するので、感想を温めていた方は感想をお待ちしています(・ω・)ノ
ではお付き合いくださりありがとうございます。
また次回もお付き合いください。
タンバでした。




