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第四百十一話 欲しいというなら奪うがいい


 俺の宣告にエイブラハムは嗤う。

 そして右手をさっとあげた。

 それだけで千人の部下たちが臨戦態勢に入った。合図があれば突撃してくるだろう。


「ご立派だが、皆殺しにされるのはあなた方のほうだ。逃げないのは朱月の騎士を気遣ってでは?」

「逃げないのは逃げる必要がないからだ。だが、気遣っているのは認めよう」

「なるほど。では取引はどうです? 王女をこちらへ。そうすれば見逃しましょう」

「記憶力が悪いようだな? もう一度言ってやろう。帝国には一度迎え入れた者を追い出す習慣はない」


 かつて同じ言葉を皇国の使者に対して父上はぶつけた。

 あの日のことはよく覚えている。

 玉座の間の隅から眺めた皇帝の姿は憧れるには十分なかっこよさがあった。

 それでも目指すことはしなかった。

 俺にとって皇帝は見るものだったから。

 威風堂々とした皇帝。それが玉座に君臨するのを見ていたかった。

 かつてはそれが長兄なのだと思っていた。

 今はレオがそうなると思っている。

 だが、レオを皇帝にするには困難が多い。

 勇爵との約束もある。俺はレオ以上に危険視されなきゃいけない。

 それは俺の流儀には反するが、やらなきゃレオに危険が及ぶ。

 それならやるだけだ。

 かつて見た偉大な皇帝の姿を自分に重ねる。

 それは周りに夢を見せた長兄に繋がる姿であり、レオが目指す姿でもある。


「それでは戦争となります。負傷した朱月の騎士を庇いながらでは、近衛騎士たちも厳しいのでは?」


 余裕の表情だ。

 ブラフと見ているんだろう。

 かつての大使もそうだった。

 舐められている。弱気な皇子だと思われているんだ。

 だから打算も怠け癖も全部、心の奥に封印する。

 俺は皇帝の名代。この北部においては皇帝に等しい。

 舐められるのは帝国が舐められるということだ。

 断じて許されることではない。


「帝国の近衛騎士に対して理解が足りないようだな? 彼らは近衛だ。護ることこそ彼らの本分だ。千人程度で突破できるというならやってみろ」

「私に脅しは通じませんよ?」

「もっと簡単に言わないとわからないか? かかってこいと言っている」


 真っすぐにエイブラハムを見据えたまま、俺はゆっくりと前に出た。


「俺は北部全権代官! この北部において皇帝に全権を預かった! ゆえに!! この領内に流れ着いた民は俺の領民だ! 今、この時、北部で助けを求める民は俺が庇護するべき民だ! 誰にも譲る気はない! 欲しいというなら奪うがいい! だが、奪うというなら相応の覚悟を持ってくるのだな! 帝国の騎士は藩国の騎士ほど甘くはないぞ!」


 俺の言葉を受けて、エルナと近衛騎士たちが剣を抜く。

 そこでエイブラハムはようやく俺の傍にいるエルナが、勇爵家の者だと気づいたようだ。


「なるほど……アムスベルグが傍にいるから強気だったか……だが、いくら神童とはいえこの数はいかんともし難いはず! 守る対象が多すぎるからな! それとも聖剣を使わせますか? 藩国相手に聖剣を使えば批難は免れませんぞ!」

「貴様ら相手に聖剣など使わん。自惚れるな」

「ならばどうすると? 帝国の権威に我らが屈するとでも!?」


 そう言ってエイブラハムが部下たちに合図を出した。

 だが、部下たちは走り出さない。

 聞こえてきたからだ。

 大量の馬の足音が。


「お前らが屈するのは帝国の権威ではない……帝国の武威だ!」


 同時にリーゼ姉上が俺の隣に現れた。

 そして後ろから続々と騎士たちが到着してきた。

 その数、三千は下らない。


「間に合ったか。あとは任せろ」

「いえ……これは俺の戦争です」


 リーゼ姉上が好戦的な笑みを浮かべ、前に出るが、それを俺は制した。

 少し驚いたようにリーゼ姉上が俺を見つめた。


「全軍突撃態勢! 敵は藩国軍! これより我々はマリアンヌ王女の要請に応じ、藩国との戦争に入る! これは藩国の民を救う戦いだ! 民を顧みない王に! 私腹を肥やす貴族たちに! 守るべき民を守らない騎士たちに! 誇りと名誉の強さを教えてやれ! 皇帝の名代としてアルノルト・レークス・アードラーが命じる!! 藩国を討て!!」


 右手を掲げ、振り下ろす。

 今か今かと待ちわびていた騎士たちが一斉にエイブラハムたちに対して突撃を敢行した。

 数では圧倒していたはずだったのに、一気に逆転された藩国軍は脆いものだった。


「ちっ! 撤退! 藩国領内まで下がれ!」


 そうエイブラハムが指示を出すが、そんな撤退を遮るように新たな騎士の一団がやってきた。

 あらかじめ後ろを取るルートを選んでいたのだろう。

 その先頭にはハルバードを構えた小柄な男性がいた。


「ラインフェルト家の騎士たちよ! 奮い立て! 伝令の少年は必死に駆けた! ならば我らもまだまだ駆けられるはずだ!」


 ラインフェルト公爵はそう騎士たちを鼓舞すると、先頭に立って突撃した。

 撤退ルートを封じられ、包囲される形になった藩国軍は終始劣勢だった。

 そんな中、リーゼ姉上がゆっくりと馬を進める。


「……リーゼ姉上」

「奴はエイブラハム大佐。元帝国軍人だ。私が処罰を下す」

「そうですか」


 俺はそれだけ言うと押し黙った。

 すでに戦闘が起きている以上、無駄話は必要ないだろう。

 リーゼ姉上に釘をさすのはその後でもできる。

 そう思っていたのだが。


「アル……私はこの戦争をヴィルヘルム兄上の敵討ちと位置付けていた。だが、お前は違うのだな」

「怒りがないと言えば嘘になりますが……過去のことです。俺たちは今を生きている。ならば今に目を向けるべきでしょう。助けを求める民がいます。帝国の怒りを恐れる民たちです。彼らには罪はありません。生まれる場所は選べないのですから」


 リーゼ姉上は空を見上げる。

 そして。


「そうだな……その通りだ」

「なら……」

「……亡きヴィルヘルム兄上の名において誓おう。私はお前の望む戦いをする。民を救い、悪辣な王と貴族を罰する。それで……いいのだな」

「はい。感謝します」

「感謝するのは私のほうだ。今のお前を見ていると懐かしい気分になる。少しヴィルヘルム兄上に似てきたか?」

「弟ですから」

「そうか」


 リーゼ姉上は小さく笑みを浮かべると、剣を引き抜いた。

 戦況は膠着状態だ。

 エイブラハムが騎士たちを寄せ付けないからだ。


「……アル、私の中にある激情は消えない。憤怒の炎はいまだに燃えている。きっと死ぬまで消えないだろう。だが、抑えることはできる。誰かにぶつければいい」

「そうですね」

「……ヴィルヘルム兄上は良い人だった。なぜ良い人が死ぬのか? あのような恥知らずな輩が存在するからだ。誇りも名誉も持ち合わせてないケダモノだ。理不尽な怒りを浴びせられても文句は言えまい……!」


 声が震えている。

 内に秘めていた激情をリーゼ姉上は解放したのだ。

 そして。


「道を開けろぉぉ!!」


 リーゼ姉上は馬を走らせ、敵のど真ん中に突撃していったのだった。

 俺はそんなリーゼ姉上を魔法で追う。

 怒号を聞いて騎士たちは大慌てで道を開けた。

 一本の道がリーゼ姉上の前にできた。

 その道を駆け抜け、リーゼ姉上はエイブラハムに剣を振り下ろす。


「元帥自らとは……帝国の皇族の血はさぞ美味いのでしょうな!」


 リーゼ姉上は何も言わず、連続で斬撃を繰り出すが、エイブラハムもそれを受ける。

 だが、受け方がおかしい。

 まるで剣のほうが反応しているようだ。


「魔剣に乗っ取られたか……! その下種さも魔剣というなら納得だ!」

「どうとでも!」


 リーゼ姉上とエイブラハムはしばらく互角の攻防を繰り広げた。

 その間に藩国軍の兵士たちはことごとく討ち取られた。

 逃がした敵もいないし、国境の藩国軍が動くまでにはまだ時間があるだろう。

 あとはエイブラハムだけだ。

 そのエイブラハムだが、さきほどから周りを気にしている。

 このままリーゼ姉上と打ち合ってもらちが明かないと思っているんだろう。

 だが、周りは騎士に囲まれている。


「余所見とは余裕だな!」

「私は藩国と命運を共にする気はないのでね!」


 瞬間。

 エイブラハムがリーゼ姉上に背を向けた。

 そして騎士の包囲網に突っ込む。

 騎士はエイブラハムを阻止しようとするが、エイブラハムの魔剣が騎士たちを自動で斬っていく。

 だが、そのエイブラハムが止められた。

 目の前に立ちはだかったラインフェルト公爵によって。


「な、に……!?」

「魔剣を持っている割には軽いな?」


 ラインフェルト公爵はエイブラハムの魔剣に対してハルバードを振り下ろし、力業で動きを止めたのだ。

 単純な力比べに持っていかれ、エイブラハムは動きを止めざるをえなかった。

 しかし、動きを止めれば待っているのは地獄だ。


「邪魔をするな!」


 エイブラハムはラインフェルト公爵のハルバードをはじき返すと、魔剣を振り下ろそうとする。

 だが、それは叶わなかった。

 代わりに魔剣を持ったエイブラハムの腕が宙に舞う。


「ああ……! 我が友!」

「誰に刃を向けているかわかっているのか?」


 エイブラハムは振り返り、体を硬直させた。

 リーゼ姉上が激情のままに剣を振るう体勢に入っていたからだ。


「私には様々な情報が!」

「頭が高い」


 リーゼ姉上は聞く耳を持たずにエイブラハムの首を突き刺し、そのまま地面に縫い付けてしまった。

 エイブラハムは致命傷だ。

 もはや治療も間に合わない。


「無事か? ユルゲン」

「もちろんです。リーゼロッテ様」

「あまり無茶をするな」

「帝国公爵として逃げるわけにはいきません」

「では、次からは私の傍を離れるな」


 そう言ってリーゼ姉上は剣を引き抜く。

 エイブラハムに起き上がる気配はない。

 こうして国境での戦いは終わりを告げたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] カッコ良すぎだっつゥーの!!アルさん!!!
[一言] 「頭が高い」 がサイコーすぎます
[気になる点] どんどん増えるヒロインとの関係、も気になるけど。 帝国を狙ってる黒幕が気になります。 [一言] 面白かったです! 次も楽しみにしてます。
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