表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

412/819

第四百十話 亡命承知



「殿下! 飛ばしすぎでは!?」


 俺の後ろを走るマルクがそう進言してくるが、却下の代わりに俺はさらに馬の速度をあげた。

 魔法なんか使わなくても俺の馬は速い。軍馬を商人に売り込むために厳選した駿馬の一頭だからだ。

 乗馬技術に劣る俺でも十分すぎるほどの速度が出る。

 周りを走るのは近衛騎士たち。彼らにとってこういう状況は珍しくない。

 しかもエルナに鍛えられた第三近衛騎士隊だ。護衛対象に後れを取るようなことはない。

 だが、後ろに続く騎士たちはそうもいかない。


「距離が開いてきたわね……」


 エルナが後ろを見ながら呟いた。

 騎士の一団と先頭を走る俺たち。

 少しずつ差が出始めた。

 だが、後ろに合わせている時間はない。

 彼らは準備もなしに走り出した。感じる疲労はこちらの比ではないだろう。状況がわからないからだ。

 それでも頑張ってもらうしかない。


「馬の問題というより、騎士たちのほうが問題ね。言葉をかけてあげたら?」

「俺の言葉で出るやる気なんてたかが知れている。彼らは東部の騎士だぞ?」


 北部の騎士ならいざ知らず、東部の騎士では俺の言葉に力はない。

 可能性があるとすればラインフェルト公爵が声をかけるくらいか。しかし、ラインフェルト公爵もギリギリだ。

 道案内をしている伝令の少年、テッドはすでに近衛騎士の馬に移されている。

 ラインフェルトは俺たちの少し後ろだ。

 全員、あまり余裕がない。

 そんな風に思っていると後ろから聞こえてくる音が一気に増えた。

 振り向くと騎士の一団がこちらに近づいていた。


「追いついてきましたね? なぜだ?」

「率いる人が現れたんだろう」


 騎士たちの先頭。

 そこには青いマントの女性がいた。

 俺たちより遅れて出発しただろうに、もう追いついたのには舌を巻く。


「いきなり出陣とは礼儀のなってない奴だ。私に一声くらいかけていけ」

「リーゼ姉上なら追いつくと思ったんですよ」


 騎士たちが奮起した理由は、彼らの先頭にリーゼ姉上が立ったからだ。

 東部の騎士にとって東部国境を預かるリーゼ姉上はただの皇族じゃない。

 崇拝の対象だ。

 そんな人が自分たちの前を走れば、遅れるものかと奮起もする。


「どうした? ユルゲン、息が上がっているぞ?」

「演技です……! お構いなく……!」


 どうにか俺たちと合流したラインフェルト公爵は荒い息を吐きながら、見え見えの嘘をつく。

 だが、嘘で終わらないのがこの人らしい。

 ただの意地だろうが、リーゼ姉上に遅れるものかと食らいついている。


「それで? 何事だ?」

「王女の亡命が早まりました。すでに追手に追われているそうです」

「一大事だな」

「ええ、なので俺が出陣しました。国境での戦闘は戦争の開始を意味します。責任を負えるのは俺だけですから」

「……私に任せればいいものを」

「代官は皇帝の名代……その責任は果たすつもりです」

「ふっ……なら見させてもらおうか。お前の責任とやらを」


 そう言ってリーゼ姉上は少し馬の速度を落とした。 

 その気になれば俺を追い抜けるだろうに、ここは俺に合わせてくれるらしい。

 まぁこれ以上速度をあげたら本格的に騎士たちを置いていくことになるからな。

 そしてしばらく強行軍が続く。

 夜が明け、朝になっても俺たちは走り続けた。

 速度だけを重視した結果、なんとか国境付近までたどり着いた。

 そこで俺たちは意外なものを見つけた。


「殿下……あの一団は……?」

「民だな」


 俺たちの目に飛び込んできたのは二百名ほどの一団だった。

 見るからに疲れ果てているが、それでも前を向いて歩いていた。


「爺さん!!」


 近衛騎士の馬に乗っていたテッドが大きな声を上げた。

 俺はすぐにその一団のほうへ進路を取る。


「知り合いだな?」

「はい!」


 テッドが示したのは大柄な老人だった。

 その手には弓があり、一瞬こちらに向けた。

 それだけで近衛騎士たちが警戒したのを見れば、相応の実力者だということがわかる。


「爺さん! みんな! 無事か!!」


 テッドは近くまで来ると、馬から降りて老人に駆け寄って抱き着く。

 そして後ろにいた子供たちも順番に抱きしめていった。

 感動的な場面ではあるが、重要な人物がいない。


「帝国第七皇子アルノルト・レークス・アードラーだ。藩国の王女の亡命と聞いてきたが、王女はどこに?」

「これは……ご無礼を」


 老人が膝をつくと民たちも一斉に膝をついた。

 この老人がここまで導いたんだろう。


「私はトラヴィスと申します。王女殿下は私たちとは別のルートを使い、お逃げになられました」

「つまり……敵の追手は王女側に集中したということか?」

「はい。私たちは数名の兵士に襲われただけです」


 本来ならこちらが囮になるはずだ。

 だが、そうはならなかった。

 この場にミアがいないということは、ミアは王女の傍か。


「殿下、民まで亡命してくるなど聞いてはいません。これだけの人数を受け入れるとなると、さすがに陛下へお伺いしなければ……」

「俺が責任を持つ。全員受け入れろ。保護は騎士たちに任せろ」

「ですが……」

「ついでみたいなものだ! それともなんだ? 帝国はこの程度の人数も受け入れられないほどの小国だったか!?」

「問題になります。一度受け入れたら次も受け入れることに」

「構わん。帝国で暮らせないなら藩国に送り届ければいい。こちらが勝ったあとでな」


 進言してきたマルクはため息を吐いて引き下がる。

 帝都の貴族はうるさいだろうな。

 いくら全権代官でも父上に何も言わず、受け入れるのはやりすぎだ。

 だが、今はそんなことに構ってはいられない。

 敵の追手がミアたちに集中したとなれば、本当に一刻を争う。

 一番早いのは空からだが、近衛騎士隊だけを行かせると責任がエルナに向かいかねん。

 言い訳なんていくらでもできるが、俺のせいでエルナの立場はそこまでよくはない。さらに悪化させるのはさすがにまずい。

 なんてことを考えていると空から一頭の白竜が降下してきた。


「遅れて申し訳ありません。伝令に出ていたので」


 そう言って降りてきたのはフィンだった。

 たしかにフィンは伝令として北部を飛び回っていた。

 わざわざ引き返してきたのか。

 良い判断だ。


「リーゼ姉上、騎士たちの指揮を任せます」

「お前はどうする?」

「空から国境へ」


 そう言うと俺は降下してきたばかりのフィンの手を借りながら、飛竜の背に跨った。


「エルナと近衛騎士は続け! 保護のために騎士たちの一部を残してください!」

「わかった。私たちはお前たちを目印に追う」

「頼みます!」

「アルノルト皇子! ミア姉を!」

「任せろ!」


 そう言って俺は空から国境へ向かったのだった。




■■■




 もはやテッドの案内はない。

 空から国境付近を探すことになるが、ここでフィンが活きた。


「ノーヴァに人の匂いを追わせます!」

「できるのか?」

「昔、訓練したことがあります。偵察ぐらいしか生きる道はなさそうだったので」

「いいぞ!」


 あまり笑えない理由だが、おかげで道案内は必要なかった。

 フィンとノーヴァのコンビは空を自由に飛び、国境近くの平原へ向かった。

 そしてノーヴァが鳴く。


「近いです! 奇襲しますか?」

「降下しろ! 状況が不明すぎる!」


 見えてきたのは千人ほどの部隊に包囲されている二人の少女。

 俺たちは少し小高い丘の上に着地した。

 俺たちの後を追っていたリーゼ姉上たちはまだ到着しない。


「俺は帝国第七皇子、アルノルト・レークス・アードラーだ。我が国の領内で一体、何をしている?」


 言いながら俺は一歩だけ前に出る。

 目に映るのは血を流して倒れるミアと、そんなミアを守るように両手を広げる少女。

 おそらく彼女が藩国の王女だろう。


「これはこれは。皇子殿下が直々にお越しとは」

「答えろ……何をしている?」

「脱走兵の始末です」

「そこの二人の少女が脱走兵だと?」

「そうです」


 指揮官らしき男がいけしゃあしゃあとそう告げた。

 帝国領内に入った脱走兵を追ってきただけ。

 そんな説明でこの場を逃れようと思っているんだろう。


「信じると思っているのか?」

「信じたほうがご自身のためでは? 藩国に戦争を仕掛けるのは入念な下準備を終えてから。そういう話になっているはず。ここで我々と交戦すれば、国境で睨み合う両軍も動き出しますよ?」

「だから、どうした?」

「帝国は帝位争いで忙しいはず。あなたも皇帝陛下に睨まれたくはないでしょう?」


 今すぐぶん殴ってやりたい。

 そんな俺の後ろでマルクが小声で告げた。


「奴は帝国軍から藩国へ亡命したエイブラハム大佐です。魔剣を扱う危険な男だとか」

「元帝国軍人か……なら俺の評判を聞いたことがあるな?」

「もちろん。出涸らし皇子というのは有名でしたから。しかし、それは仮初の姿だった。本気を出したあなたは北部全権代官に任じられるまでになった。失いたくはないはずだ。その地位を」

「何もわかっちゃいないな? 俺にとって父上に睨まれるなんて日常茶飯事だ。ここで戦争を始めても、俺はなんら構わんぞ?」


 言いながら俺はエルナに目を合わせる。

 それで俺の考えを察したエルナは小さく頷いた。

 

「戦争? ご自慢の近衛騎士が数名と竜騎士が一名。いくら何でも無謀では?」

「近衛騎士の力を知らないわけじゃないだろ? たかが千人程度で相手になるか?」

「大した自信だ。しかし、こちらには人質がいることをお忘れなく。もうわかっていると思いますが、ここにいるのは藩国のマリアンヌ王女。救えずに死なせたとなれば大問題だ」

「救えなきゃ、な」


 そう俺が言った瞬間。

 強い風がマリアンヌとミアを包み込み、そのまま二人を浮き上がらせた。

 エルナの風魔法だ。離れた場所から人を正確に浮かせるのは、相当高度な技術だが、エルナにとっては大したことではない。

 剣術だけで神童と言われているわけではない。


「ちっ!」


 エイブラハムがさせまいと動くが、それをフィンが制した。

 無数の雷撃によってエイブラハムの動きが止められる。


「阻止しろ! 渡すな!」

「もう遅い」


 マリアンヌとミアは兵士たちの手が届かない高さまで上がって、こちらまで運ばれてきた。

 無事に着地すると、マリアンヌは俺のほうに駆け寄って膝をついた。


「アルノルト殿下! 藩国王女マリアンヌが殿下に救援を求めます! どうか我が国を圧政からお救いください! 私はそのために帝国へ亡命いたします!」

「承知した」


 これで大義名分は手に入れた。

 帝都のうるさい貴族たちを黙らせるには十分だ。


「返していただこう……藩国の王女は藩国のものだ」

「そうか……だが、彼女は亡命した身だ。諦めろ」

「はいそうですかと引き下がると?」

「引き下がれ。今なら見逃してやる」


 退いてくれるならそれに越したことはない。

 ミアの怪我が思ったより重そうだ。

 近衛騎士たちが険しい顔で治療に当たっている。

 できればすぐに治療の専門家のところに運びたい。

 だが、さすがに相手も退かない。


「返さないというなら戦争ですな」

「そうか……なら交渉の余地はない。お前らは皆殺しだ。よく覚えておけ――帝国には一度迎え入れた者を追い出す習慣はない」


 脳裏によぎるのはかつて見た皇帝の姿。

 それを俺は真似ることにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 藩国の民すらその対象になりうると……器が大きいね。
[良い点] 幼い頃に見た、父親の真似か(ωー
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ