第四百九話 意思ある魔剣
追われるミアたちは、敵の騎馬を奪い、そのまま森を脱出していた。
つまり帝国領に入ったのだ。
しかし、森を抜けた以上、身を隠す場所はない。
「そのまま真っすぐ走ってですわ!」
馬に乗りながらミアは、後方に矢を放つ。
エイブラハムたちはしつこく食い下がって来ていた。
森の中では、ミアはエイブラハムを接近させずにやり過ごせた。
だが、森を抜ければ遮る物がない。
身を隠す場所がないうえに、相手は自由に動ける。
ミアにとっては不利だった。
「しつこいですわ!」
そう言ってミアは魔弓でエイブラハムを攻撃する。
一見すると外れたように見えるが、それは急激に曲がってエイブラハムの死角を突く。
だが、エイブラハムは見もせずに死角から飛んできた魔法の矢を弾いた。
「またですわ……!」
エイブラハムの反応は常軌を逸していた。
まるで魔剣が勝手に動いているような反応だ。
人間ならば視線が動くはずだが、視線はずっとミアに固定されている。
不気味さにミアの中で焦りが生まれた。
あの男をマリアンヌに近づけてはいけないと本能が告げていた。
だからミアは馬の足を止めた。
「ミアさん!」
「構わず! あの男を止めるですわ!」
そう言ってミアはエイブラハムとの戦いに臨んだのだった。
■■■
弓と剣。
本来、接近戦なら剣が圧倒的に優位である。
だが、ミアは魔弓使い。
常識は当てはまらない。
「国をあげても捕まえられない義賊……なるほど。大したものだ」
「そういうあなたは藩国の軍人ですの?」
「今は、な。前は帝国軍にいた」
「だと思いましたですわ。軍服の着こなしがなってませんわよ!」
そう言ってミアは距離を詰めてきたエイブラハムの剣を躱し、お返しとばかりに魔法の矢を放つ。
至近距離での連射。
しかし、エイブラハムはすべて弾き落とした。
「亡命した軍人が亡命しようとする王女を追う。なかなか皮肉が効いているとは思わんか?」
「思いませんですわ。やはり魔剣に〝操られる〟ような人のセンスはわかりませんですわ」
ミアの言葉にエイブラハムは何も言わず笑う。
魔剣の中には意思を持つ物もある。
作り主の人格が知らぬ間に転写されていたり、持ち主の無念が宿ることもある。
そういう魔剣は総じて強力ではあるが、道具としての一線を越えてくる場合もある。
所持者が支配されてしまう場合だ。
そうなると危険なのは所持者だった。
魔剣は所持者の体を思いやったりはしないからだ。
「先ほどからの超反応は魔剣に操られての動きですわね? あんなことを続けていたら体が壊れるですわよ?」
「ふっふっふ……私は我が友に血を捧げられればそれでいいのだ!」
「正気ではありませんわね!」
言いながらミアはまた魔弓を放つ。
正面からの攻撃は通じない。
そんなことはわかっていた。
それでもミアは放ち続ける。
ここでエイブラハムを止めておくことがマリアンヌの安全に直結するからだ。
だが。
「時間切れのようだ」
「なにを……」
「私の部下たちは意外に優秀らしい」
そう言ってエイブラハムはミアの後方を見た。
そこには拘束されているマリアンヌがいた。
先に帝国領へ入っていた部下たちに先回りをされたのだ。
供回りがいないのは斬られたからだろう。
「くっ!」
一瞬、マリアンヌに気を取られた隙にエイブラハムの魔剣がミアを襲う。
咄嗟に馬から飛び降り、ミアは距離を取る。
だが、エイブラハムは地を這うようにしてミアに接近した。
そしてエイブラハムの両手がミアの両手を捕らえる。
「これで自慢の弓は使えまい」
「そちらこそ自慢の魔剣が使えないのでは?」
「こちらには部下がいる。構わん、放て」
「!?」
ミアが周りを見たとき、エイブラハムの部下たちが弓を構えていた。
そして一拍遅れて無数の矢が二人を襲う。
ミアが受けた矢は六本、対してエイブラハムが受けた矢は十本以上。
だが、エイブラハムは気にした様子もなく魔剣をミアに向けた。
「もはや痛みも感じませんの……!」
咄嗟に弓を構えるが、その弓の間に刃が潜り込んでミアの肩に食い込む。
痛みに顔をしかめながらミアは魔弓を放つ。
だが、それはエイブラハムの上を通り過ぎていった。
「お前の負けだ」
「ぐっ!」
肩に刺さった魔剣を引き抜き、エイブラハムはミアの右足を突き刺した。
耐えきれずにミアはその場で倒れこんだ。
「ああ……我が友よ……やはり強者の血は美味いか……」
陶酔するエイブラハムをみながら、部下たちは近づかない。
近づくことができないのだ。あまりに不気味で。
その間にミアは立ち上がろうとするが、それを許すエイブラハムではなかった。
「おっと」
「ぐっ……」
立ち上がろうとしたところを蹴られ、再度、ミアは地面に倒れる。
それを見てマリアンヌが叫んだ。
「やめなさい! 狙いは私だけのはず!」
「仮面はつけておらずとも、魔弓使いの強者となればこの娘が朱月の騎士であることは決定的だ。あなた以上の価値があると言える」
「ならば嬲るのはやめなさい! 軍人としての誇りはないのですか!?」
「誇りある人間は裏切ったりしない。あなたも私も誇りとは無縁の人間だ」
「くっ……!」
マリアンヌは悔しさに血が滲み出るほど唇を噛んだ。
悔しかった。
足手まといの自分も、言い返すことができない自分も。
無力感に包まれ、兵士に掴まれた腕を振りほどく抵抗もできなくなった。
零れ落ちる涙を止められない。
だが。
「下を向くのはやめなさい……裏切り者にだって誇りはありますわ……」
「ミアさん……」
「間違っていないと信じているなら……顔を上げなさい……自分の行いを否定しては駄目ですわ……あなたを信じてついてきた人たちまで間違っていることになってしまいますですわ……」
ミアは立ち上がり、弓をエイブラハムへ構える。
左肩と右足をやられている。
しかも矢が背中やわき腹に刺さっていた。
万全とは程遠い。
それでもミアはありったけの力で魔法の矢を放った。
「馬鹿の一つ覚えが」
エイブラハムはやはりその矢を弾いた。
だが、同時に空から別の矢が降ってきた。
それはエイブラハムの自動防御を掻い潜り、的確に後頭部へ命中した。
その瞬間、ミアは後ろを振り向いてマリアンヌの傍にいる兵士たちを射抜いた。
「走って……!!」
逃げろという意味だとマリアンヌにはわかった。
それでもマリアンヌは逃げたくなかった。
ここでミアを見捨てることがとても罪深いことに思えた。
しかし、冷静な部分が自分など役立たずだと言っていた。
逃げることがミアのため。
わかっていた。
けれど、足が動かない。
そんな中、小さな鳴き声が聞こえた。
それは藩国では聞こえない鳴き声だった。
それを聞いた瞬間、マリアンヌは足を動かした。
前へと。
「王女様……」
「ごめんなさい」
マリアンヌは謝罪しながらミアとエイブラハムとの間に立った。
よろよろと起き上がったエイブラハムは怒りに満ちた目でミアとマリアンヌを睨む。
「小賢しい手だ……外した矢を空に待機させていたか……だが、仕留めきれなかったな」
「私を逃がそうとしなければ、ミアさんはあなたに止めをさせた。あなたの負けです」
「一騎打ちならそうかもしれないが……これは戦闘だ。我々の目標は王女の亡命阻止。あなたがこちらに走った時点で、我々の勝利ということだ」
高笑いしながら、エイブラハムは魔剣を構える。
「我が友は高貴な血に興味があるようだ。その血はどんな味かな?」
「私の血をお望みなら差し上げましょう。ですが、代償はあなたの命です」
「怖い怖い。どうやって私の命を取るつもりで?」
「これは戦闘です。あなたに味方がいるように、こちらにも味方が来ることもある」
エイブラハムはマリアンヌの希望的観測を嘲笑うが、その瞬間。
空からひときわ大きな鳴き声が聞こえてきた。
エイブラハムが見上げた空には白い飛竜が舞っていた。




