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第四百八話 繰り返される包囲


「また突破されました!」


 悲鳴のような報告にエイブラハムはため息を吐いた。

 森の中での戦いは長引いていた。

 森の中にまだ潜んでいると踏んだエイブラハムは部隊を広げて、森の中を捜索し始めた。

 千人規模の部隊による捜索だ。

 見つかるのは時間の問題。

 だが、ミアは逆に人の薄いところを狙って打って出た。

 まさか自分たちが襲撃されると思っていなかった兵士たちは混乱し、ミアたちを逃した。

 それからはその繰り返しだった。

 捜索のために部隊が広がり、そこをミアが襲撃する。

 兵士たちの間に恐怖が生まれ、捜索に身が入らなくなる。そうなると些細な変化を見逃すため、潜伏するミアたちを見つけられない。

 そうすると完全な奇襲を仕掛けられる。


「追われ慣れているとは思っていたが……これほどだったか」


 エイブラハムは感心しながら、簡易な地図に幾度目かの丸を書いた。

 それは今回の捜索範囲だった。

 エイブラハムにとって、兵士などいくら死んでも構わなかった。

 これまではエイブラハムが間に合わない位置から突破されていたが、それも時間の問題。

 エイブラハムは相手の動きを予測しながら、徐々に包囲を狭めていたからだ。


「包囲を再構築する」

「た、大佐……もう丸一日以上、捜索しています……」

「だからどうした? 相手も丸一日以上、逃げ回っているぞ?」

「皆、疲れています! どうか休憩を!」

「そんなことをすれば、これまでの包囲が無駄になる。そして好機と見て、向こうが狩る側に回ってしまうぞ? そうなったとき、支払いは貴様らの命だがいいのか?」

「っっ……」


 エイブラハムの冷たい言葉に兵士は息をのむ。

 それは脅しではなかった。

 実際、追い詰められているのはミアたちのほうであり、追い詰めているのはエイブラハムたちだった。

 今、手を緩めればその優位を手放す。

 森の中から矢が飛んできて、相手の位置も見失う。

 また新たな犠牲が出てしまうのは確実だった。


「嫌なら包囲の準備だ。私はどっちでもいいぞ? お前たちを囮にして誘い出すのも悪くはない」

「ほ、包囲の準備に入ります!」


 兵士の返事を聞いて、エイブラハムは鼻で笑う。

 藩国の兵士は士気に欠ける。帝国の兵士とは決定的にそこが違った。

 ゆえに手こずったが、そろそろ終わりが見えて来ていた。


「さて……そろそろ会いに行くとするか」


 そう言ってエイブラハムも動き出したのだった。




■■■




 森の中での逃避行。

 ミアにとって珍しいことではなかった。

 藩国内で義賊をしていたミアには、幾度も軍が派遣された。そのたびに寝ずの逃避行をしていた。

 だが、今のミアには同行者がいた。


「ミアさん……次は……どこへ……?」

「もう少し寝ていて大丈夫ですわ」


 マリアンヌは眠そうな表情でミアに問いかけ、ミアはそんなマリアンヌに上着をかけながら寝ているように促す。

 ミアたちがいるのは、大木の下。

 包囲を突破したあとミアはそこに身を隠した。

 太陽の動き的に一日以上は時間を稼いだ。

 しかし、テッドが問題なくアルの下へたどり着き、アルがすぐに動いたとしても国境まで来るのには時間がかかる。

 まだ時間稼ぎは必要だった。

 しかし、マリアンヌはもう限界でもあった。

 これ以上、逃げ続けるのは難しいだろうとミアは感じていた。


「仕方ありませんですわね」


 ミアは浅い眠りについたマリアンヌを見ながら呟く。

 マリアンヌはまだ十四歳になったばかり。

 人質として幼い頃から不遇な立場にあったとはいえ、過酷さに耐えられるわけではない。

 王族ならば耐えるべきだと言う人もいるだろう。

 事実、帝国ではマリアンヌより幼い皇子や皇女が使命を果たしている。

 だが。


「あの一族は特殊ですものね……」


 黄金の鷲の一族。

 大陸中央に君臨する帝国の皇族。アードラーの一族。

 脈々と受け継がれた血は伊達ではない。

 ただ惰性で続いたわけではなく、その時代を勝ち抜いた者の血が後に残されてきた。

 藩国の王族とは積み重ねてきた歴史も自らに課す責務も段違いな一族だ。

 大陸に比肩する一族はいない。そう言っても過言ではないだろう。

 そんな一族の者たちと比べるのは可哀想であるし、マリアンヌも十分すぎるほど頑張っている。

 弱音も吐かず、ミアについてきた。

 同じ年で同じことができる者がどれほどいるか。


「……生かさなきゃ駄目な人ですわ」


 ミアはそう決意を固め、手に持つ弓のチェックを始めた。

 敵の動きは早い。

 すでに再包囲の準備に取り掛かっている。

 このままいけば、次こそ敵の主力とぶつかるかもしれない。

 そうなれば全力で逃げるしかない。

 足を止めればマリアンヌを守り切れないからだ。


「望むところですわ」


 そう言ってミアは前を見据えたのだった。




■■■




 包囲が完成し、エイブラハムは包囲を狭めるように命じた。

 徐々に狭まる包囲の内側から、数本の矢が飛んできて兵士の頭を射抜いた。

 エイブラハムはすぐさまそちらへ走っていく。

 そして。


「やっと会えたな!」

「私は会いたくなかったですわ!」


 エイブラハムの魔剣がミアに迫るが、ミアはそれを躱してお返しとばかりに矢を放つ。

 通常の矢ではない。

 魔弓だ。

 それにエイブラハムは驚き、弾きながら距離を取る。

 その間にミアはマリアンヌを連れて離脱した。


「面白い……噂の藩国の義賊か! 追え! 王女を連れている以上、限界はある!」


 エイブラハムはそう指示しながら自分もミアたちの後を追ったのだった。


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