第四百七話 帝国公爵・下
屋敷に突入したユルゲンとテッドは、馬から降りると大声でアルの名を呼んだ。
「殿下! アルノルト殿下! おられますか!?」
「アルノルト皇子! 伝令です! 聞いてください! 伝令です!」
まず屋敷に入ったのはテッドだった。
さすがに見知らぬ少年が屋敷に入るのは、ということで近衛騎士が制しようとするが、後ろにユルゲンの姿を認めて近衛騎士たちは一歩下がった。
ユルゲンが帝国公爵だからではない。
アルが敬語で接する数少ない貴族だからだ。
だが、なかなかアルは出てこない。
それには理由があった。
テッドが来る前にエルナが戻ってきていたからだ。
■■■
「ラファエルに加えて転移型の魔導具を持つ実力者か」
「……ごめんなさい」
「謝る必要はない。国境に異変があるとわかっただけで十分だし、それ以外にも情報はたくさん集まった」
「……ラファエルを助けた人物はラファエルよりも強いわ。私も聖剣なしじゃ……難しいかもしれない」
「そんな相手は正直、思いつくかぎり数人しかいないはずだけどな」
そう言ってアルは思案に入った。
転移型の魔導具は本当に希少なものだった。
古代の物であるため、完璧に動作するものも珍しい。
そんな物を持っている人物で、しかもエルナ並みに強いとなるとほぼ絞られてくる。
さらにエルナの前に現れたことを考えれば……。
「……厄介だな」
「そうね。転移型の魔導具を持っている以上、どこからでも奇襲可能だわ」
「そういうことじゃない。転移型の魔導具は本当に希少だ。手に入れようにもなかなか手に入らない。それを使って撤退したなら、再度の攻撃はほぼない」
「それもそうね……なら何が厄介なの?」
「ラファエルが誰についているのかわからない。だからその謎の助っ人も誰についているかわからない。わからないというのが厄介だ」
アルには助っ人の正体についても、エルナの前に現れた理由にも察しがついた。
問題なのは誰についたのか。
順当に考えればエリクだった。ラファエルもゴードンに加担したように見えて、裏ではエリクの指図を受けていた。
そう考えればゴードンの陣営にラファエルがいなかったことも、第四妃の襲撃に参加してなかったことも説明がついた。
「私が逃がさなきゃ……」
「捕縛できればよかったな。つまり捕縛という判断は間違っちゃいない。あいつには謎が多すぎる。なぜ裏切ったのか? なぜ帝位争いをかき乱すのか? 誰についているのか? 捕縛したからといって情報を得られるかはわからないが、情報を引き出せればでかい。父上も……そっちのほうがいいだろう」
「自分の息子のように接していたものね……」
「あいつが近衛騎士になったことをとても喜んでいた。あいつも父上のことを父親のように考えていたと思うんだがな……」
ラファエルに対する謎は深まるばかり。
アルですら裏切った理由は皆目検討がつかなかった。
そんな話をしていると、屋敷の外から大きな声が聞こえてきた。
「殿下! アルノルト殿下! おられますか!?」
「アルノルト皇子! 伝令です! 聞いてください! 伝令です!」
アルとエルナは顔を見合わせて怪訝な表情を浮かべた。
知らない声だったからだ。
「子供の声だな?」
「ラインフェルト公爵はいいとして……子供の伝令なんて、どこから?」
「さぁな。だが、会ってみよう。ラインフェルト公爵が連れてきたなら信用できる」
「待って。私がまず確認を」
「必死な声だ。時間が惜しいんだろう」
「用心はするべきよ?」
「何かあってもお前がいる」
そう言ってエルナを黙らせたアルは、部屋から出て屋敷の玄関まで出ていく。
そこでは必死にアルの姿を探し求めるテッドがいた。
「用件だけ話せ」
「えっ……? あ、アルノルト皇子ですか……?」
「影武者じゃないから安心しろ。屋敷に黒髪は俺だけだ」
「あ……は、藩国から来ました! 王女の亡命に付き添って! 追手が迫っています! 助けてください!」
「王女の亡命……!? 三日後のはずだぞ!?」
「護衛部隊が全滅してたのは、そういうことね……」
アルもエルナから護衛部隊の全滅に関しての報告は受けていた。
だが、それなら新たに部隊を送ればいいと思っていた。前提としてまだ三日あるという考えがあったからだ。
しかし、その前提が崩れた。
「王女の監視が厳しくて、危険ですけど決行したんです! お願いします! みんなと……ミア姉を助けてください!」
そう言ってテッドは頭を下げながら袋をアルに対して差し出した。
アルは迷わず袋を取る。
中に入っていたのは大量の金貨。そして一枚の手紙。
開くと、そこには。
「使いきれないので返すですわ……相変わらずわかりにくいぞ」
かつてミアに渡した物であり、手紙もミアの物。
アルは呆れた様子でため息を吐いた。
そしてテッドに視線を向ける。
明らかに疲労困憊。ここまで必死になってやってきたのが一目でわかった。
それでもアルは訊ねた。
「名は?」
「テッドです!」
「ミアの弟なのか?」
「いえ、一緒に育ちました……」
「十分だ。まだ頑張れるか?」
「だ、大丈夫です! まだ何でもできます!」
「よろしい。大雑把でいい、道案内を頼む。近衛第三騎士隊――出陣するぞ。準備しろ」
アルの言葉にエルナは呆れながら一礼し、傍にいたマルクは天を仰いだ。
そのままマルクは疲れた声で告げる。
「一応言っておきますが……殿下が出陣するほどのことで?」
「借りがある。帝都の反乱時、ミアはフィーネを守ってくれた。藩国の人間であるにもかかわらず、全力を尽くしてくれた。だから俺もミアを助けるのには全力を尽くす」
「全権を任されているとはいえ、さすがに非難は避けられませんよ? 国境で戦闘を起こせば即座に戦争です。まだ準備が整っていません」
「上等だ。裏切り者たちを待つのは気に食わなかったところだしな。責任は俺が取る」
「やれやれ……隊長はどうお考えで?」
「言っても聞かないわよ」
そう言ってエルナは部下たちに馬の準備を命じた。
マルクは首を左右に振りながら、その手伝いに向かうのだった。
そんな中、慌てた様子でフィーネが現れた。
手に持つお盆には水や軽食があった。
「どうぞ。慌てずに」
フィーネはそれだけ言ってテッドに水を渡す。
テッドは言葉を発するのを忘れて、その水を飲み干した。
喉が潤うと今度は腹が減る。そこに軽食が差し出された。
テッドはそれを口に放り込む。
空腹はそれで満たされていく。
そしてあっさりと平らげたテッドは、フィーネのことを見上げる。
見たことがないほど綺麗な女性だった。
まともに顔が見れず、テッドは自然とお礼を口にしていた。
「……あ、ありがとうございます……」
「いいえ。どういたしまして。アル様、彼と共に出陣を?」
フィーネの言葉にアルが頷く。
するとフィーネは笑みを浮かべて、テッドの頭を撫でた。
「ご武運を。私はミアさんとはお友達なんです。ここで無事を祈っています。頑張ってくださいね」
「は、はい!」
フィーネはそれだけ言うとアルに一礼して、そのまま下がっていった。
出陣と決まった以上、自分にやれることはあまりないからだ。
「殿下! 準備が整いました!」
「よし、出るぞ」
「お供します」
歩き出したアルの少し後ろにユルゲンが続く。
テッドもその後を追うが、そこで自分がまだお礼を言っていないことに気付いた。
ミアにも言われたことだった。
「あの……ありがとうございます! アルノルト皇子! それと……」
テッドはユルゲンのほうを向く。
まだ名前も聞いていなかった。
そんなテッドにユルゲンは微笑み、軽く頭を下げた。
「失礼、自己紹介がまだだったね。僕はユルゲン・フォン・ラインフェルト。一応、帝国公爵だ」
「公爵!?」
伯爵くらいだと思っていたテッドは、思った以上に位が高かったことに驚く。
だが、ユルゲンは気にした様子もなく、馬に乗ると手招きした。
「嫌じゃなければ同乗しないかな? 僕の馬は速いからね」
「でも……俺は……平民ですから」
「知らないようなら教えておこう。帝国の宰相も平民だ」
そういうとユルゲンはテッドの手を取り、自分のほうに引っ張り上げる。
テッドもされるがまま、ユルゲンの馬へ乗った。
「出陣するぞ!」
アルが馬を走らせ、その後に近衛騎士たちが続く。
ユルゲンも遅れてはいけないと馬を走らせた。
「君は十分に頑張った。だが、もう少しだけ力を貸してほしい。どうか僕らに誰かを助ける力を」
「が、がんばります……」
「それと、お礼を言うときは気をつけなさい。僕らはまだ何も成しちゃいない。ちゃんと君のお姉さんを助けられたとき、改めてお礼を聞こう。それまで気を抜くな」
「は、はい」
ユルゲンはテッドの返事に満足しながら、アルのほうへ馬を寄せた。
「殿下、他の騎士はどうされますか?」
「ついてくる者だけついてくればいい。今は速さが第一だ」
「かしこまりました。どなたか僕の声を魔法で伝えていただけますか?」
近衛騎士に頼んだあと、ユルゲンはスッと息を吸った。
同時にアルたちが門を抜ける。
陣営にいた騎士たちは何事かと目を向けた。
その瞬間を逃さずユルゲンは言葉を飛ばした。
「東部諸侯連合軍! アルノルト殿下の出陣である! 今すぐ戦う覚悟がある者だけついてこい! 東部より遙々出向いたのは――今、この時のためと心得よ!」
ユルゲンの言葉によって、陣営内が慌ただしくなった。
鎧をつける者、荷物を片付け始める者、自らの主に確認を取る者。
人それぞれだが、彼らは出遅れた。
アルたちの後に続くことができたのは、即座に馬へ跨った者だけだった。
どの貴族の騎士かは関係ない。
心の準備をしていた者だけが続々とアルたちの後に続いたのだった。




