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第四百五話 手強い追手



 エイブラハムは周到だった。

 率いる騎馬隊の数は千騎。

 その騎馬隊の何名かを帝国側に潜入させて、敵の伝令を討てと命令を下したのだ。

 そして自分は国境に沿って動いて、痕跡を探っていた。

 相手は結局、帝国側に逃げ込むしかない。

 逃げる方向が限られている逃走者。

 追い詰めるのは難しくはなかった。


「ああ……血だ……少し待っていてくれ……」


 独り言をつぶやくエイブラハムから騎馬隊の兵士は距離を取っていた。

 不気味だったのと、エイブラハムが突然進路を変えたりするからだ。


「んん? こっちか!」


 エイブラハムは突然、進行方向から見て左に動いた。

 前振りも指示もないため、騎馬隊の面々は慌ててエイブラハムを追うことになる。

 だが、その甲斐あってエイブラハムたちは手がかりにたどり着いた。


「馬車の通った跡です!」

「しかし、この先に国境の抜け道はなかったはず……」

「帝国側だけが気づいていた抜け道だ。わざわざ封じなかったのはこのためだろう。行くぞ!」


 エイブラハムは即座に判断し、馬車の通った跡を追った。

 しかし、しばらくしてエイブラハムは異変に気付いた。


「足跡が減った……?」

「うわっ!?」


 突然、エイブラハムが止まったため、騎馬隊も止まる。

 あまりに突然だったため、何頭かの馬が衝突して、何人かが振り落とされてしまう。

 だが、エイブラハムはそれについては一切気にしなかった。


「何かあったんですか!?」

「見てわからんのか? 足跡が減っている」

「どう見ても民と一緒です! はぐれたんでしょう!」

「能無しめ、二度と喋るな」


 そう言ってエイブラハムは喋った兵士の首を飛ばした。

 だが、直後に顔をしかめる。


「まずい血を吸わせてしまった……申し訳ない、最愛の友よ!」


 ハンカチを取り出し、エイブラハムは自分の魔剣を綺麗にする。

 そして、その間に考えを整理した。

 相手は二手に分かれている。

 しかも馬車と徒歩で。

 気づくのが遅れたのは途中まで足跡を偽装していたからだ。

 追われ慣れている。

 直感的にそう判断し、エイブラハムは反転した。


「足跡を探せ! 分かれた足跡があるはずだ!」

「し、しかし、馬車は向こうに」

「相手は王女ならば馬車で移動するという先入観を利用している! 徒歩で分かれたほうに王女はいる!」


 一国の王女を馬車から降ろし、徒歩で移動させるだろうか?

 目的地が近いならまだしも、帝国北部の主要な街まではかなりの距離がある。

 ほぼありえないという考えに騎馬隊の全員がなったが、逆らえば殺されてしまう。

 恐怖に駆られて、騎馬隊の面々は必死になって足跡を探した。

 そして。


「み、見つけました!」

「確かに足跡だな」


 少数の足跡が馬車とは別方向に向かっている。

 しかし、向かう先が帝国であることには変わりない。


「部隊を分けますか……?」

「必要ない。もしも外れていたなら、改めて馬車を追えばいい」

「ですが……万が一逃したら……」

「馬車では騎馬からは逃げられん。ましてや真っすぐ逃げるわけにもいかないからな、向こうは」


 そう言ってエイブラハムは馬を走らせ出した。

 不安に駆られながら、騎馬隊もその後を追うのだった。




■■■




「気づかれましたですわ」

「そんな……」


 地面に耳をつけていたミアが体を起こす。

 騎馬隊の足音がこちらに向かっていた。

 しかもかなりの数だ。

 部隊を分けたわけではない。


「いずれバレる作戦ですわ」


 ミアはマリアンヌを馬車から降ろし、少数の供回りと共に別ルートを歩いていた。

 本来のルートは民と共に帝国軍兵士が進んでいる。

 敵が部隊を分けることを期待していたが、まさか的確に二択を当ててくるとは。


「運がいいのか、読みなのか……それで状況が変わってきますですわ」


 言いながらミアはできるだけ馬が通れないような木々の間を通って、相手を撒こうとする。

 しかし、そうやって動けばいつまで経っても帝国側には入れない。

 今いる森を抜けなければ帝国側にいけないからだ。

 そのうち、森の中で捜索が始まるだろう。

 だが、それでも時間稼ぎをミアは優先させた。


「とにかく時間を稼いで、隙を見て森を突破しますですわ」

「できますか……?」

「やるだけですわ」


 言いながらミアは少しホッと息を吐いた。

 マリアンヌには悪いが、ミアは敵が民を追わなかったことにほっとしていた。

 いくら帝国軍の兵士が護衛についているとはいえ、追手のほうが多い。

 民に構っている暇がない以上、王女がいないとわかれば標的が変わるという打算があったとはいえ、無力な民が犠牲にならなかったことは幸いだった。

 ましてやその民の中には自分の兄弟たちがいる。

 無事であることは喜ばしいことだった。


「ミアさん……少し不謹慎なことを言っても構いませんか?」

「どうぞ。なんですの?」

「実は……こちらに追手が来てよかったと思っています。無力な人たちを囮にしてしまったのでは? と気に病んでいました」

「……同じことを思っていましたですわ」

「そうですか……では頑張って囮になりましょう」


 そう言ってマリアンヌは笑顔を浮かべた。

 その笑顔を見てミアは気持ちを新たにする。

 必ず、この王女だけは逃がして見せる、と。


「追手が近づいてきましたですわ……これからは辛いですわよ?」

「覚悟の上です」

「わかりました。とりあえず身を低くして、私についてきてくださいですわ。森には馬じゃ探せない場所がたくさんですわ」

「ミアさんは何でも知っていますね……」

「追われることには慣れていますですわ」


 そう言いながらミアは苦笑する。

 追われ慣れているとはいえ、前のミアなら全員一緒に逃げただろう。

 自分が追い返せばいいという発想になったはずだ。

 だが、今は少しばかりの策を弄した。

 戦力を分散させたほうがやりやすいからだ。

 どうしてそういう考えになったのか?

 帝国での経験が活きていた。


「帝国でも逃げていましたものね……」


 帝国での経験を思い出しながら、ミアは小さく呟く。

 あの時も絶望的状況だったが、助けが来るまで耐え抜いた。

 今回も耐え抜くだけだ。

 違うのは助けを待つ側だった人物が、今度は助けに来る側ということだった。


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[気になる点] ミアのパッパは何で付いて来なかったんだ?
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