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第四百二話 真似る相手


「殿下、少しよろしいでしょうか?」

「どうぞ、ラインフェルト公爵」


 部屋を訪ねてきたのはラインフェルト公爵だった。

 予定のない訪問は珍しい。

 しかし、いつだって貴重な意見を持ってきてくれる公爵を追い返すメリットは皆無だ。


「実は提案がありまして」

「何についてです?」

「東部諸侯連合軍は陣を張って、その周りを偵察していますが、その偵察範囲を広げたいのです」

「検問をより厳しくするということですか?」

「街の近くでの検問は緩めます。その代わり、偵察の人数はかなり厚くしたいと思います」

「街の近くで検問すると渋滞が発生しますからね。その解消のためですね?」

「それもありますが、偵察部隊を増やしておけば有事に対処しやすくなります。街の近くで検問を敷いていると騎士たちも馬に乗る機会がありませんし、良い機会になるかと」

「リーゼ姉上はなんと?」

「僕に任せるそうです」

「では、問題ありません。すぐに実行してください」


 偵察部隊が街にやってくる人たちをチェックをすることで、二段階のチェックができる。

 もちろん見落としはあるだろうが、今は検問の前に行列が出て急かされている状況だ。

 そんな状況を改善するためなら多少は仕方ない。

 二重の検問を突破する奴なら、今の検問もどうせ突破するだろうしな。


「わかりました。ありがとうございます」


 一礼してラインフェルト公爵は部屋を出ようとする。

 俺はそんなラインフェルト公爵に声をかけた。


「ラインフェルト公爵」

「はい? なんでしょうか?」

「……公爵が人を認めるときはどんな時ですか?」


 曖昧な質問だ。

 しかし、ラインフェルト公爵は嫌な顔もせずに、俺の前まで戻ってきて思案する。

 そして。


「僕の個人的な意見ということでよろしいでしょうか?」

「もちろんです」

「認めるというのがどういう形になるのかわかりませんが、僕は僕にできないことをできる人に一目置きます。武芸ができる人、打算なく行動できる人……強い人に立ち向かえる人。その基準は人それぞれかと」

「そうですか……ありがとうございます。参考になりました」

「ご冗談を。参考にはなりません。リーゼロッテ様は特殊ですからね」


 別にリーゼ姉上のことだと言ったわけではないが、ラインフェルト公爵にはお見通しのようだ。まぁ認められるって話を俺がするなら限られた相手ではあるか。


「リーゼ姉上は盤上遊戯に例えるなら最強の大駒です。しかし、こちらの言うことを聞きません。好き勝手に敵を蹂躙する」

「面白い例えですね。しかし、その通りでもあります。問題なのは現在、殿下が求める結果とリーゼロッテ様が求める結果が違うということです。殿下は敵の主要な駒だけを攻撃したいわけですが、リーゼロッテ様は敵の駒をすべて攻撃したい。それを解消させるにはリーゼロッテ様を従わせるしかありません」

「……できると思いますか?」

「できるか、できないかではないでしょう。あなたが望むならやるしかありません」


 ラインフェルト公爵はそう言って微笑む。

 きっとこの人はすべてわかって北部にやってきた。

 藩国という国を焼かないと気が済まないリーゼ姉上の激情。憤怒の炎を理解しながら、北部へやってきた。

 その業を一緒に背負うために。一人でやらせないために。

 だから笑えるんだ。


「僕にはリーゼロッテ様を止めることはできません。今、止められるのは殿下だけでしょう」

「こんな時、レオがいればと思います」

「レオナルト殿下は一度、リーゼロッテ様を止めたことがあるとか」

「ええ、体を張って真っ向から止めました。どれだけ激情を理解しても、レオなら間違っていると言えるでしょう。だけど、俺は言えない。ここで阻止してしまえば、リーゼ姉上の激情がどこに向かうかわからないからです」

「優しさゆえですね」

「優柔不断なだけです。だから俺は皇帝には向かない」

「かもしれませんね。ですが、今はそんなことを言ってる場合ではありません。もしも……ご自分では止められないと思うなら誰かを真似るのは良い手だと思います」


 真似るか。

 たしかに良い手だ。

 しかし、誰を真似る?


「姉上が認める相手となると……」

「認めていた相手でもいいと思いますよ。あなたは少なくとも二人は知っているはずです」

「二人? 長兄はわかりますが……あと一人は誰です?」

「まだまだ活力に満ちていた頃の皇帝陛下です。もちろん、今も活力はあると思いますが」


 ラインフェルト公爵の言葉を受けて、思い出すのは十一年前のある日のこと。

 確かに俺はその日、皇帝の姿をしっかりと見た。

 皇太子が目指した皇帝の姿だ。

 しかし。


「俺にとって……皇帝というのは見ているものなんですがね」

「何事も経験です。一度経験なさるのも一興かと思います」


 そう言ってラインフェルト公爵は一礼して部屋を出ていった。

 得難いアドバイスをもらった気がする。

 ただ真似ればいいわけではないが、目指す姿が見えればやりやすい。

 そんな風に思っているとセバスがいきなり姿を現した。


「アルノルト様」

「どうした?」

「宰相の影からの連絡が途絶えました」

「時間がかかっているだけじゃないのか? 向こうは敵国で動いているわけだしな」

「その可能性はありますが……予定していた定期連絡がないのは不自然です。私の暗殺者としての勘がそう言っています」

「――いいだろう。お前の勘を信じよう。何かが起きたということだな?」

「確証はありませんが」

「確証を探していたら手遅れだろう」


 そう言って俺は部屋を出る。

 北部全権代官として、俺は多くの注目を浴びている。この状況でシルバーとして動くのは危険だ。

 ゆえに代わりを使うしかない。

 今は近くにエルナはいない。

 四六時中、俺の傍にいるわけではないからだ。

 エルナにだって休憩が必要だ。

 しかし、そうも言ってられない。


「エルナ! エルナはいるか!?」

「ここよ! 何事!?」


 屋敷の二階からエルナが顔を出した。

 俺が呼び出すなんてめったにないからだろう。

 慌てた様子だ。


「国境へ向かってくれ」

「私はアルの護衛よ!?」

「お前が一番早い。何かが起きている。探ってきてくれ」


 俺の目を見て、エルナはすぐに深刻さを察して頷いた。


「マルク! アルの護衛を頼んだわよ!」

「承知しました!」


 マルクに俺の護衛を任せると、エルナは近くの窓に足をかける。

 そして。


「何かあったら知らせに戻るわ!」

「頼む」


 そのままエルナは窓から外に出て、空を飛んで国境へ向かったのだった。

 宰相の影が進めていたのは藩国王女の亡命だ。

 何かあるとすればそれ関連だろう。


「何事もなければいいが……」


 亡命予定の王女が北部に逃げる途中に殺された。

 なんてことになったら、北部は呪われていると言われても仕方ない。

 それは何としても避けなければいけないだろう。


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― 新着の感想 ―
[一言] ここ最近のエルナの成長が凄い
[一言] 「盤上遊戯に例えるなら最強の大駒」というのは工夫した表現ですね。リーゼさんのキャラクターはクィーンのイメージで造形されたのでしたか。
[良い点] 全て
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