第四百話 とある血筋
祝四百話( *´艸`)
王女の亡命が早まったという情報は、真っ先にアルへ伝えなければいけない情報だった。
しかし、本来なら一週間先のはずの亡命を三日後に決行するには人手がいくらあっても足りなかった。
ゆえに宰相の影は最低限の準備を終えたあとに走り出した。
どこまでいっても王女の亡命はアル次第だった。
北部全権代官として北部を預かるアルが受け入れる準備を整えてこそ、王女は亡命できる。それが遅れると敵の追手に捕まってしまう。
だからこそ、宰相の影は全力で藩国を走り抜けた。
しかし、国境が近づくにつれてその数は減っていった。
手練れの追手がいる。
そのことに宰相の影たちは気づき、別々のルートを使ってアルの下へ向かった。
しかし、一人を残して全員の気配が途絶えた。
残された宰相の影は、藩国にそれほどの手練れがいるという情報を絶対に持ち帰るため、王女が使う予定の逃走ルートに入った。
北部国境は現在、穴だらけであった。
メインとなる城塞を維持するだけで精一杯だからだ。
監視の目が追い付かず、死角となる移動ルートがいくつか存在した。
あえてその穴を埋められず、王女の亡命に使われることになった。
穴埋めに人員を割くと藩国側に警戒されてしまうからだ。
そのルートを使い、宰相の影は走る。
その先には王女の護衛部隊が待機しているはずだからだ。
しかし。
「困るよ。そんなに逃げられると」
声は前から聞こえてきた。
咄嗟に宰相の影は短剣を構えた。
実力でいえば暗殺者にも劣らない。
だが、目の前に現れた相手が悪すぎた。
「ラファエル・ベレント隊長……!?」
「元隊長さ。君の仕事はここまでだ」
そう言ってラファエルは剣を振るって、宰相の影の体を切り裂く。
内臓深くまで切り付けられた宰相の影は血を吐き、その場に崩れ去る。
だが、目はラファエルを捉えていた。
「君たちは確かに厄介だけど……僕に処理をさせるなんて、殿下も困ったものだよ」
「で、んか……?」
「そうさ、僕の殿下。いずれ皇帝陛下になるお方さ」
そう言ってラファエルは宰相の影の目を切り裂く。
宰相の影の片方は義眼だった。
それは映像と音声を記録できる特殊な魔導具だった。
宰相の影は全員が片目にこれを仕込んでいた。
「最期まで仕事熱心だね。褒めてあげるよ。わざわざ護衛部隊のところまで案内してくれてありがとう。逃がしてあげれば頼ると思ったよ」
そう言ってラファエルは宰相の影に止めを刺したのだった。
「さてと……あとは護衛部隊か」
ラファエルとしても藩国の王女が予定よりも早く亡命するとは予想外だった。
王女が逃亡するかもしれないと情報を流していたのはラファエルだった。
王女に亡命されては困るからだ。
藩国との戦は大義なきものでなければいけない。
「どこの国の王女様もお転婆で困るなぁ」
言いながらラファエルは風魔法で宰相の影の死体を吹き飛ばし、そのまま護衛部隊がいるだろう場所へ向かったのだった。
■■■
王女の護衛部隊は北部国境守備軍の精鋭から選ばれていた。
対面する藩国軍に怪しまれないよう、少しずつ藩国側に送られ、本来なら王都近くまで侵入して王女の護衛に当たるはずだった。
しかし、予定が変わってしまった。
定期連絡が途絶えたことで、護衛部隊は異変を察知していた。
亡命は相手任せのことだ。何か起きる可能性は十分に頭に入れていた。
ゆえに護衛部隊の隊長は前に出ることを考えていた。
だが、その前に自分たちに異変が襲い掛かった。
護衛部隊が拠点としていたのは、森の中。
巧妙にカモフラージュされた拠点で、百人の精鋭が出番を待っていた。
だが、隊長が何か違和感を覚えて天幕から出た時。
半数の首が飛んでいた。
「っっ!? 敵襲!!」
転がる無数の死体を見て、隊長は叫ぶ。
見張りはもちろん、他の天幕で休憩していた者も殺されていた。
鮮やかすぎる犯行のせいで、これほどまでに被害が出るまで気づけなかった。
隊長は腰の剣に手をかけた。
「敵は手練れだ! 気をつけろ!」
すぐさま隊長の周りに十名ほどの兵士が集まってくる。
そして円陣を作って、全方位を警戒した。
だが、その円陣の外で鋭い音が次々と響いた。
人の首が斬られる音だ。
たった一人で一部隊を壊滅させられる実力者など規格外すぎる。
そんな実力者が藩国にいたとは。
思わず隊長は呻くが、その勘違いはすぐに正された。
「円陣を組むならもっと集中したほうがいいよ? 隊長」
風が自分の隣を駆け抜けた。
その程度にしか隊長には感じなかった。
だが、隊長の視線の先にいた三名の兵士の首が飛んでいた。
そして声は真横から聞こえてくる。
視線を向ければ、返り血に染まった白いマントが目に入る。
ただのマントではない。特別な意匠が施されたマントだ。
そのマントがどういう意味を持つか。
隊長は良く知っていた。
帝国最高の騎士たち。
皇帝直属の騎士団。
近衛騎士団の隊長にだけ身に着けられる白いマントだ。
「……裏切り者めっ!」
隊長は怒りに任せて剣を振るった。
だが、その剣はラファエルに当たることはない。
風のように舞ったラファエルは、そっとその剣の上に着地した。
「裏切ったとは思ってないけどね。僕は」
「ふざけるな! 同僚を殺し、帝国を混乱に陥らせた裏切り者であろう! ゴードン皇子と死を共にすることもせず、今度は藩国についたか!? そのマントは帝国の誇り! いまだに身に着けているとは許せん!!」
「いやいや、僕はたしかに近衛騎士隊長ではなくなったけれど……気持ちは近衛騎士のつもりだよ?」
そう言ってラファエルは隊長の剣を蹴って、空に舞う。
同時に風が巻き起こって、隊長の周りにいた兵士たちの首も飛ばされた。
残された隊長は決死の覚悟で炎の魔法を使った。
それはラファエルには当たらない。
しかし、天幕の中には入っていった。
そこには大量の魔導具が保管されていた。
敵の足を止めるためにその魔道具を爆発させる計画だったのだ。
それが炎の魔法で爆発する。
いくらラファエルといえど予想外の事態だった。
「おっと?」
爆炎が拠点を飲み込む。
隊長は重度の火傷を浴びながら、木まで這っていく。
そして、その木に背を預けて爆炎に包まれた拠点を見つめる。
この程度で近衛騎士隊長がやられるとは思っていない。
だが、怪我くらい負わせられれば。
そんな期待が隊長にはあった。
だが、その期待は脆く崩れ去った。
「自爆覚悟の攻撃か。悪くないけど火力不足だったね」
爆炎の中からラファエルが無傷で現れた。
そのことに隊長は顔をしかめる。
だが、そんな隊長を見てラファエルは笑顔を浮かべた。
「見事な軍人魂だね。大したものだよ」
「……殺せ」
「殺すよ。けど、その気高い精神に免じて僕の秘密を少しだけ教えてあげよう」
そう言ってラファエルは自分の左目に手を当てる。
すると、ラファエルの瞳から小さなレンズが出てきた。
茶色のレンズだ。
その下にあったのは翡翠色の瞳だった。
「これが僕本来の瞳さ」
「だからどうした……?」
「まだ気づかない? 鈍いなぁ」
そう言ってラファエルは懐から水筒を取り出した。
そして髪を一握り切ると、その水筒の水をかけた。
「子供の頃から瞳の色はレンズで誤魔化し、髪は特殊な水でしか落とせない塗料で染めていたんだ」
「馬鹿な……」
ラファエルが握る髪は茶色から桜色へと変化していた。
翡翠の瞳に桜色の髪。
それが意味するのは一つだった。
「貴様……その血を受け継ぎながら裏切ったのかぁ!!??」
「そうだよ」
激高する隊長を見て、ラファエルは満足そうに笑いながらその首を飛ばした。
そしてレンズをまた瞳につけ、念入りに髪を燃やす。
まだ正体を明かすわけにはいかないからだ。
「こんなもんでいいかな? あとは藩国が何とかしてくれるでしょう」
そう言ってラファエルは風に乗って姿を消したのだった。




