第三百九十九話 わかりやすい想い
「アル、北部貴族の何人かは藩国侵攻に参戦を希望しているわ」
「あれだけ大きな戦の後なのに元気なもんだな」
シャルからの報告を受けながら、俺はため息を吐いた。
参戦を希望している貴族のリストを見れば、どれも若い貴族ばかり。
手柄を立てたいという想いが強いんだろう。
だが、戦争をするのもタダじゃない。
「彼らは自分たちにそこまで余力があると思っているのか?」
「軍馬の取引も開始されて、そのアピールにもつながると主張してるけど……」
「前回の戦争で十分だ。それに北部貴族を参戦させると東部貴族が良い顔をしないだろう」
わざわざ東部貴族たちが北部まで出向いたのは、藩国侵攻で手柄を立てるためだ。
北部貴族は先の戦争で名を上げた。
北部貴族は勇猛果敢であり、北部の騎士は帝国随一と評判になっている。
ここ数年、父上の出陣はなかった。
帝国軍が整備されてから、貴族と騎士の活躍の場は限られてきた。父上の出陣の際、共に同行するのは貴族と騎士にとって数少ないチャンスだったが、それもなかった。
もはや騎士の時代は終わったと言われていた頃、こうしてチャンスが降ってわいてきた。
どうにかそのチャンスをつかもうと東部貴族も必死だ。
「だが、突っぱねれば印象が悪くなるか……」
「東部貴族の顔ばかり立てているって思われるのは間違いないわね」
「やれやれ……各領主に通達してくれ。精鋭五百名を集める。俺の直下として、そのままリーゼ姉上に貸し出す。手柄が欲しければ騎士に立てさせろと言っておいてくれ」
「それなら不満も少ないかも」
リーゼ姉上が率いてきた部下は千ほど。
その大部分も国境守備の応援に回っている。
リーゼ姉上は借り物である東部諸侯連合を率いて戦うわけだ。
ラインフェルト公爵がいるとはいえ、自前の戦力がなければ戦いにくいだろう。
そのために俺からリーゼ姉上に直下の戦力を貸し出す。
リーゼ姉上の性格を考えれば、前に出るべきときは迷わず前に出る。
ある種の近衛隊だ。
それを北部の騎士が務めれば面目も立つだろう。
「じゃあその件は解決っと……次はツヴァイク侯爵領に集結している東部諸侯連合軍の話ね」
「兵糧は足りそうか?」
ツヴァイク侯爵領には現在、東部諸侯連合軍が駐屯している。
総勢二万が街の外で野営している。
もちろん侵攻に備えるためだ。
準備が整えば元帥リーゼロッテが先頭に立って、藩国侵攻が行われる。
そのための兵糧もツヴァイク侯爵領に保管されていた。
「兵糧は十分よ。ラインフェルト公爵が用意してくれたものが有り余っているわ」
「そりゃあ良かった。一応、短期決戦の見込みだが、長引けば兵糧が必要になってくるからな」
予定通りにいけば藩国侵攻はあっさり終わる。
亡命してきた王女を担ぎ上げ、調略した貴族たちに武器をおろさせる。
その時点で王を守る者は少数だろう。
「ただ……あれだけの数が街の近くにいるとどうしても流通が滞っちゃうのが難点よ」
「仕方ないと諦めてくれ……戦争前だから不審な様子が少しでも見られれば、騎士たちは検問する。やめろというわけにもいかない」
街を目指す商人が騎士たちに荷物をチェックされるという事案はいくつも報告されている。
しかし、あそこにあるのは軍の陣だ。
近くを通る者は厳しくチェックするのは、当然だ。
ましてや相手は藩国。
まともにやっても帝国には勝てない国だ。
だからこそ、細かい策略には気をつけねばいけない。
「どうにもならない?」
「難しいな。何か考えておく」
「うん、お願い。それじゃあ私からは以上よ」
「オーケーだ。よろしく頼む」
そう言ってシャルが部屋を出ていった。
そして俺は深くため息を吐く。
「疲れてる?」
「まぁな……」
俺の横で黙っていたエルナが声をかけてきた。
今は二人だけだ。
多少弱音を吐いても問題ないだろう。
「……父上はリーゼ姉上の手綱を俺に投げてきた。そこには俺なら止められるかもという期待が混じってる」
「藩国侵攻はアルの責任の下に行われるわ。リーゼロッテ様も余計なことはしないと思うけど……」
「普通なら、な。リーゼ姉上にとって藩国は普通の相手じゃない。長兄の死を招き、臣下の暴走で片づけた藩国は憎むべき敵だ。しかもリーゼ姉上は怒りを三年間も抱えてきた」
「その怒りが暴走すると思ってるの?」
「してもおかしくない。だから父上は全権をリーゼ姉上に預けなかった。だが……俺で止められるかはわからない」
やれることはやった。
リーゼ姉上に認めてもらえるようにしてきたつもりだ。
だが、それでもリーゼ姉上にとっては認めるほどではない。
きっとリーゼ姉上を止めるなら切っ掛けが必要だ。
俺を認め、俺の指示に従ってもいいと思える切っ掛けが。
だが、リーゼ姉上がそうやって認めていた相手は長兄だ。
長兄に迫る姿を見せなきゃいけないというのはプレッシャーだ。
「じゃあリーゼロッテ様に何もさせなきゃいいんじゃない?」
「それで済むなら父上もリーゼ姉上を指名したりしない。怒りをため込みすぎれば、いずれ体が壊れる。発散する場が必要だ。きっと……誰かが藩国討伐を代わりにやったらリーゼ姉上は狂う」
「大げさじゃないかしら?」
「それくらいリーゼ姉上にとって、長兄は大切な存在だった。他の兄弟とはわけが違う」
「アルより大切なの?」
「比べられるものじゃないだろうが……長兄の死によってリーゼ姉上の夢は壊れた。託した多くの想いは今、無念に変わっている。三年は短いようで長い。自らの手で藩国を討つ日を心待ちにしていたんだ。歯止めがきかないとしても驚きじゃない」
弟として姉の凶行は見たくない。
だが、国を焼かなきゃ気が済まないならやってしまうだろう。
俺にとってレオが殺されたようなものだ。
しかもその時、自分は傍にいなかった。
だからリーゼ姉上の時間はそこで止まっている。
ラインフェルト公爵のおかげで少しずつ前を向き始めているとはいえ、乗り越えなきゃダメな問題だ。
どうすればいいのか。
そんな風に思っていると両肩にエルナの手が乗ってきた。
上を見れば、エルナが俺を見つめていた。
「アルはいつも他人のために一生懸命ね」
「……姉だからな」
「大丈夫。その想いはきっとリーゼロッテ様に届くわ。アルがその想いを忘れないで行動すれば、きっとリーゼロッテ様は応えてくれる」
「そうだといいけどな……」
「そうよ。幼馴染の私が保証してあげるわ。アルの想いはわかりやすいもの」
「……馬鹿にすんな」
エルナの言葉にそんな風に答えながら、俺は軽く笑うのだった。




