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第三百九十八話 王女脱出





 王女逃亡。

 その報が藩王の下へ伝えられた時、藩国は大いに混乱していた。

 形式上とはいえ、宗主国である連合王国でクーデターが起きたからだ。

 起こしたのは連合王国の竜王子、ウィリアム王子。

 王に忠実と思われた王子の行動に藩国は揺れた。

 どちらを支援するべきかで、今後の藩国が左右されるからだ。

 しかし、そんな中でとんでもない報告が届いた。


「面倒ごとばかり起こしおって……連合王国などで育つからああなるのだ!」


 でっぷりとした体型の藩王は、苛立ちを隠そうともしなかった。

 見るからに上等そうな服には過度な装飾がなされ、体のあちこちに宝飾品が身につけられていた。

 ミアが見れば、よくこの父親からマリアンヌが生まれたものだと驚愕しただろう。

 人の醜さを前面に押し出した男、それが藩王、ザカリア・フォン・コルニクスだった。


「陛下。王女様が逃亡する先は帝国しかありえません」

「そうだな……混乱中の連合王国に向かうわけがない……まずい……まずいぞ」

「そうです! 卑劣な帝国は王女様を担ぎ出し、大義は我にありと喧伝するでしょう!」

「むぅ……今すぐ捕まえろ! あれを帝国に行かせてはならん!」

「もちろんです! 全軍の士気に関わりますからな!」

「そうだな。動かせる部隊はすべて動かせ! よいな!?」

「はっ!」


 指示を出し終えたあと、藩王は疲れたように玉座に背中を預ける。

 しかし、思い出したように貴族たちへ問いかけた。


「そうだ……例の話はどうなった?」

「連合王国への避難についてですが……この状況では上手くいかないかと」

「では、帝国が攻めてきたときにどうするのだ!? 相手は姫将軍だぞ! 貴様らで勝てるのか!?」

「帝国最強の将軍です。おそらく大陸全体で見ても戦で勝てるのは一握りです」

「そうだ! だから逃げる準備をしているのだ! どうするのだ!?」


 早く解決策を出せとばかりに藩王は貴族たちを急かす。

 しまいには使えん奴らだと言って、自分が身に着けている装飾品を投げつけた。


「このままでは我らは皆殺しだぞ!? それでいいのか!?」

「陛下……王国にも打診はしております。連合王国よりも金を積む必要があるでしょうが、王国は帝国との戦で金が要りようです。金を積みさえすれば断わらないかと」

「おお! そうか! 王国に逃げ込めるなら安心だ!」

「使者が帰ってくるまでお待ちください。しかし、それまでに帝国が攻め込んできては困ります。なんとか王女様を連れ戻さねばなりませんな」

「そうだ! 災いを我が国に招くことになるぞ! 国民のことも考えられんのか! あの馬鹿娘め! さんざん儂に民のことを考えろなどと説教していたくせに!」


 苛立ちながら藩王は手を叩く。

 それを合図として、メイドたちがたくさんのグラスをもって現れた。

 それは大陸中の名酒ばかりだった。

 買いそろえたとなれば相当な値段となる。


「こんな時は飲まねばやってられん! うーむ、今日はどうするべきか……」


 酒を吟味する藩王は、それを見る貴族たちの顔を見ることはなかったのだった。




■■■




「もう追手が来たか……!」


 マリアンヌを乗せた馬車は宰相の影が用意したものだった。

 馬車を護衛するのは帝国軍の兵士たちだ。

 しかし、敵国であるため動員できる数には限りがあった。

 さらに王都を脱出する際に、複数の馬車を走らせて敵の目をそらしていた。

 護衛は十分とは言えないものだった。


「申し訳ありません……私が日程を早めたばかりに……」

「お気になさらず! 藩王がこれ以上、警戒を強めていたら脱出はより難しくなっておりました! 良い判断です!」


 そう馬車を操る兵士は言うが、早めた結果、当初の予定より大幅に少ない人員で決行することになった。

 本来なら護衛部隊を王都の外に配置しておくはずだったが、その到着を待たずに動いたのだ。


「右後方よりさらに騎馬隊!」

「くそっ! 王都の全軍を動かしたのか!?」


 いくら愚かだといっても一国の王。

 王女が国外に出ることの危険性をよく理解している。

 動かせるだけの部隊を動かしたとなると、他の馬車にも同レベルの追手が掛かっているだろう。

 同僚たちはきっと生きてはいまい。

 そのことに兵士は歯を食いしばった。


「火矢が来るぞ!」

「殿下! 頭を下げていてください!」


 兵士はそう指示しながら後方を見る。

 矢の先に火がついた火矢が馬車めがけて降り注いできていた。

 護衛の兵士たちが払い落とすが、数が多い。

 馬車を失えば、徒歩での逃走となる。王女を守りながらでは絶望的だ。

 馬には当たるな。

 そう願いながら兵士は馬車を走らせた。

 しかし、矢は一本も馬車には当たらなかった。


「助かった……?」

「囮を出すなら言ってほしいものだ。余計なことをしてしまった」


 その声は馬車の屋根の上から聞こえてきた。

 マリアンヌは窓から屋根の上を見た。


「ファーター! 来てくれたんですね!」

「そういう約束だ。遅れたのはサボっていたわけではないと言っておこう」


 ファーターの言葉と同時に複数の馬車が道に入ってきた。

 その馬車たちはマリアンヌが乗る馬車の盾になるような進路を取った。


「お前たち!? 無事だったか!?」

「ああ! 助っ人が現れてな!」


 同僚の無事を喜んだ兵士は、屋根の上にいるファーターを見る。

 青い仮面のその人物は弓を持っている。

 だが、どこか帝国の者にはなじみがあった。


「もしや……シルバーなのか?」

「一緒にしないでもらおうか? 私はシルバーより強い」

「ああ、いや……失礼……」

「わかればいい。そのまま走れ。追手はこちらで対処する」

「ファーター! 一人では……」

「足手まといはいらん。自分が無事に帝国へたどり着くことだけ考えておけ」


 そう言うとファーターは追ってくる騎馬隊に弓を構える。

 そして一本の矢を放った。

 その矢はまず先頭の男を射抜き、その後ろにいる男も射抜き、最後に集団の真ん中を走っていた馬の眉間を射抜いた。

 二人が倒れ、一頭の馬が倒れる。

 騎馬隊は一気に崩れ去った。

 その気になれば一射で壊滅させられるが、それをしては仮面をかぶっている意味がない。

 そんなことができる弓使いは限られているからだ。


「ヴァーミリオンに伝えておけ……こちらは仕事をしたとな」

「はい! 伝えておきます!」


 マリアンヌの返事を聞いたファーターは馬車から飛び降り、馬車と騎馬隊との間に立つ。

 そして弓を構えながら告げるのだった。


「災難だったな。恨むなら仕事熱心な自分たちを恨め」


 言いながらファーターは連続で矢を放ち始める。

 人が撃っているとは思えない連射。

 しかも狙いは正確無比。

 盾を構えても盾を貫く威力。

 一瞬でその場は地獄と化した。

 だが、地獄はそこで終わらない。

 新たな騎馬隊がやってきたからだ。


「まったく……今日は死にたがりが多いな?」


 言いながらファーターは弓を構えるのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 人の醜さを前面に押し出した男 あまりのパワーワードに、思わず笑ってしまった。 その後の、酒を吟味するくだりといい、 少ない文章で藩王のキャラクターが伝わってきた。 憎めない、と言って良いの…
[良い点] 仮面ファーターの仮面にはでっかく『父』の意匠がほられているのだろうかw
[良い点] 進行形で愚かな父の藩王と過去形で愚かだったファーター。この対比もまたいいね。
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