第三百九十四話 避難開始
藩国の都、コール。
そこから少し離れた場所にある森の中。
そこに古びた屋敷があった。
かつては貴族が使っていた屋敷だが、今はとある人物が買い取って住んでいた。
「お爺様!」
その屋敷に戻ってきたミアは屋敷の主を呼んだ。
屋敷の階段を呆れた様子で大柄な老人が杖を突きながら下りてきた。
「なんだ? ミア、騒々しいぞ」
「静かにしている場合じゃないんですの!」
そう言ってミアはその老人に寄り添い、階段を下りるのを手伝う。
老人の名はトラヴィス。
ミアの魔弓の師であり、この屋敷の持ち主でもあった。
かつては魔弓を扱う武人として名の知られた人物だったが、老いには勝てずに現役を退いていた。
この屋敷はそんなトラヴィスが買い取った物で、ここでトラヴィスは孤児たちの面倒を見ていた。
「何事だ?」
「藩国の王女が帝国に亡命しますわ。私はそれに協力して、共に帝国へ向かうことになったのですわ。お爺様たちも準備を」
「そんな大事なことを一人で決めおって……」
やれやれとため息を吐いたトラヴィスは少し考えてから、後ろへ視線を向ける。
そこには十代前半くらいの少年がいた。
くすんだ赤毛に勝気そうなつり目。
生意気という表現がピッタリの少年だった。
「テッド。子供たちに出かける準備をさせなさい」
「いいけど……その王女様をミア姉が助けんの?」
「そうですわ。王女様は民のことを」
「貴族も王族もみんな一緒だ。お人よしなミア姉は利用されてるだけだよ」
「人を見る目には自信がありますわ! そういう思い込みはよくありませんわよ!」
「思い込みじゃなくて実体験さ」
「それなら私も実体験ですわ! 王族も貴族も人それぞれと私は知っていますわ!」
「俺は知らない。たくさん見てきたけどね」
そう言ってテッドはその場を後にした。
部屋にいる他の子供たちに出かける準備をさせにいったのだ。
「反抗期ですわ!?」
「仕方あるまい……あの子はこの国しか知らんのだ」
「帝国に行けば世界は広いと気づくはずですわ! テッドは頭の良い子ですし、良い機会ですわね! これを機に帝国に移住ですわ!」
「そう簡単にいくわけなかろう……」
「大丈夫ですわ! 向こうには知り合いがいますわ!」
「噂の皇子か……北部全権代官になったとか」
「それが謎ですわ。面倒くさがりだったはず……まさか勤勉さに目覚めたとか!? この前の嵐はそのせい!?」
「そんなわけなかろう……まぁいい。あとのことはあとになってから話そう。今は今のことだ」
トラヴィスはそう言うと杖を突きながら自分も部屋へ移動する。
それにミアもついていき、トラヴィスを椅子にゆっくりと座らせた。
「それで? どこに向かう?」
「パーシヴァル侯爵の領地に向かいますわ」
「必ず王都から追手が出るぞ?」
「それは手練れに任せてありますわ。実力だけは認めているのですわ」
「ほう? その口ぶりだとお前以上の実力者か?」
「私よりずっと強いですわね。それなのに仮面をかぶって、藩国に嫌がらせをしているのは理解不能ですわ」
「もう一人の義賊か。出てきたタイミングを考えれば帝国の者かもしれんな」
「そこはどうでもいいですわ。どこの所属だろうと、敵意はないことは確かですもの」
ミアにとって敵ではないということが重要だった。
どんな目的で動いていようと、敵意がなく、協力的なら問題ではない。
深く考えるだけ無駄であり、調べる必要もないと思っていた。
そういう考えをテッドが聞けば、甘いと言うかもしれない。
それでもミアはそれで良いと思えてしまう性格だった。
「王女は本当に帝国へ亡命を?」
「確かですわ。嘘もついていませんでしたし、そんな王女を藩王も監視していたようですわ」
「連合王国の人質になっていた王女が、閉鎖的な国の影響を受けなかったのは皮肉だな」
「もはや内側から変えるのは不可能というのが王女の結論ですわ」
「同感だな。お前がいくら貴族を襲撃しても不正は止まないように、いくら王女が訴えても藩王も貴族も変わらない」
トラヴィスは深くため息をつく。
藩国という国はずっとそう言う国だった。
そんな国の子供たちを救いたくて、この国にやってきたが救えた子供はたかが知れていた。
一度壊すしかない。
だが、壊すとなれば被害が出てしまう。
「戦争か……いや蹂躙だな」
「アルノルト皇子と私は約束したですわ。民には被害を出さないようにすると」
「皇子はあくまで北部を統括する立場だ。攻めこむのは姫将軍、リーゼロッテ元帥だ。そして藩国は皇太子の死を招いた国だ。皇太子の敵討ちという大義名分を掲げて攻め込んでくる。いくら皇子が呼びかけようと前線の元帥はもちろん、騎士や兵士が聞かねば意味はない」
「悲観しても仕方ないですわ。それに皇子はきっと何てことない口約束ほどしっかり守ってくれる人ですわ」
書類を用意したわけでもなければ、何かを担保したわけでもない。
何もかかっていない。
失うのは他国の平民からの信用だけ。
それでも全力を傾けるだろうとミアは確信していた。
人を見る目には自信がある。
あの皇子は他者との約束を踏みにじる自分を許せるタイプではない。
どれだけ他者に罵倒されても耐えて見せるだろう。
気にしないようにふるまうこともできるだろう。
しかし、拘っていることには妥協したりはしない。
それがミアの感じたアルノルトという人物だった。
「ずいぶんと肩を持つな?」
「肩を持ちたくなる人ですわ。お爺様も会えばわかります。きっとテッドも」
そう言ってミアは笑うと自分の荷造りを始めた。
王女の亡命は三日後。
その時にはパーシヴァル侯爵の領地には入っていたい。
幸いなことにお金は余っていた。
アルからもらったお金のほとんどをミアは使っていなかった。子供たちにプレゼントを買っただけ。
何かのためにと取っておいたのが役に立った。
「私はお金をばらまいて民を誘導しますですわ。王女は自らの亡命と引き換えに民の受け入れを要求する気ですの」
「無茶なことを……だが、多くの民が動けば王女の動きも誤魔化せる。策としては悪くない」
「受け取り方は人それぞれ。とにかくパーシヴァル侯爵の領地に人を集めますわ。王女様が亡命すれば、即座に帝国は打って出るはず。保護する民は近いほうがいいと思いますの」
「しかし……国境で帝国軍と睨み合っている藩国軍はどうするつもりだ? 王都からの軍は阻止できても、あの軍から部隊が出れば背を追われるぞ?」
「帝国軍が阻止することを期待したいところですが……無理なら私が止めるしかありませんですわ」
「……あまり無理はするな」
「大丈夫ですわ。私にはお爺様から受け継いだ魔弓がありますもの」
そう言ってミアは笑うのだった。




