第三百九十二話 藩国密談
藩国の都・コール。
中心には藩国の王城があった。
そのバルコニーから一人の少女が顔を出した。
年は十代前半から中盤。
フワッとした肩口までの栗毛が特徴的で、着ているドレスも上質なものだった。
名はマリアンヌ・フォン・コルニクス。
コルニクス藩国を統治する藩王の一人娘、つまり藩国の王女であった。
長年、人質として連合王国に滞在しており、その存在はあまり公にならなかった。
しかし、帝国を攻める際に帰国を許された。
一人娘の帰国に藩王は喜んだものの、すぐにマリアンヌは父より遠ざけられることとなった。
連合王国で育ったマリアンヌは藩国の歪な制度をよしとはしなかった。事あるごとに民は苦しんでいると訴え、具体的な政策まで提案しだした。
やがて連合王国の色に染まった娘を、藩王は自らに近づけることをやめた。意見されることが嫌いだったからだ。
それでもマリアンヌは幾度も意見を口にした。会ってくれない時は手紙を書いた。
国をより良いものにしたかったからだ。
しかし、言葉は聞き届けられなかった。
だからマリアンヌは信頼できる貴族を頼った。
藩国に僅かに残った良識派。
彼らを使って味方を増やした。それは藩王にとっては無視しても問題ない勢力だった。
王女のままごとと思われていた。実際、大した影響力はない。
それでも細い糸を辿ってマリアンヌは今日という日を迎えた。
「あなたが……朱月の騎士ですか……?」
「……いかにも」
バルコニーに立つマリアンヌの前に、仮面をかぶったミアが現れた。
良識派の貴族を使い、マリアンヌはヴァーミリオンに会いたいというメッセージを伝えていた。
普通ならば来ない。
藩国と敵対する義賊。それが藩国の王女の誘いに乗るなどありえない。
しかし、ヴァーミリオンは来た。
民の味方だからだ。
「お初にお目にかかります。マリアンヌ・フォン・コルニクス……残念ながら藩国の王女です」
「……あなたのことは知っている。民のために動いていることも」
なるべく自分の正体が悟られないようにミアは余計なことを喋らない。
語尾に気を付けるというストレスを抱えつつ、ミアは話を進めた。
「用件は? 手短に」
「……一週間後。私は帝国へ亡命します」
「……手引きをしろと?」
「それは帝国の方がしてくれます。その後、帝国は私からの要請という大義名分を掲げて侵攻するでしょう。それは仕方ありません。この国の体制は内からでは変えられない……ただ民が被害を受けるのは間違っています」
「賛成だ」
「ありがとうございます。ですから、私は私の亡命を使って、できる限りの民を帝国に逃がしたいと思います。あなたの力で藩国から離れたい民を帝国国境付近のパーシヴァル侯爵の下へ集めていただきたいのです」
「……あなただけならともかく、多数の民が帝国に入ることを認めるとは思えない」
「北部を治めるのはレオナルト皇子の兄、アルノルト皇子です。先日、北部の水害に対して聖剣を使われました。自らの評判は気にしない方なのでしょう。型破りではありますが、民を大事に思う方だと判断しました。あの方なら受け入れていただけるかと」
「……」
当人を知っているがゆえに、こんな面倒ごとを背負いこむだろうかとミアは深く悩んだ。
帝都での反乱中。アルは精力的に動いた。
自分のことであり、弟のことだからだ。
しかし、今回は違う。
受け入れる必要性がない。帝国に必要なのは王女であり、その王女ですら居たほうがいい程度のレベルだ。
王女は自分の亡命を条件として、民の受け入れを要求するだろうが、果たしてその民の数はどれほどになるか。
ミアには皆目見当がつかなかった。
藩国にはそれだけ逃げ出したいと思っている民が大勢いるからだ。
規模が大きくなればそれだけ亡命は難しくなる。
「……帝国は民に被害を与えないと信じるべきかと」
「帝国は民に被害を与えないかもしれません。しかし、藩国の貴族は別です。彼らは自分のために他者を踏み台にすることを当然と考えています。戦争となれば兵士たちに略奪を命ずるかもしれません」
「……」
自国のほうが信用ならない。
とんでもない意見なのに一定の説得力があった。
ミアは仮面の中で顔をしかめる。
王女の亡命とならば藩国も全力で止めるだろう。
軍を相手に逃げることとなる。
「……戦力が足りません」
「パーシヴァル侯爵の兵力では足りませんか?」
「民の護衛はそれでいいでしょう。しかし、軍が出てくれば一たまりもありません。足止めが必要です」
自分がそれを引き受ける。
そう言えたら楽だったが、民の受け入れが難航した場合、アルのことを知るミアは重要な存在となる。
あと一人。
陽動作戦をしてくれる味方がいれば。
「その役目。私が引き受けよう」
自分の背後。
突然現れた男にミアは顔をしかめた。
いつの間に接近されたのか全くわからなかったからだ。
「あなたは……?」
「ファーター。藩国への嫌がらせは私の得意分野だ」
「もう一人の義賊……」
「何をしに来たんです……?」
「協力を申し出に来た。それと王女は監視されていたぞ?」
「えっ!?」
マリアンヌは驚き、周りを見渡す。
ミアも周りを見るが視線は感じない。
「安心しろ。幻術をかけておいた。だが、藩王は怪しんでいるようだ。動くなら早くしろ」
「……あなたを信頼しろと?」
「信頼するしか手はないと思うが?」
「……囮を引き受ける理由は? 死ぬかもしれないのに……」
「……藩国には娘がいる。父として娘のためにやれることはやりたい」
真摯な声にミアはそれが嘘ではないと察した。
マリアンヌも同様らしい。
「……最低でも都から軍は出さないことが成功の条件です」
「問題ない。しかし、都以外から追手が来ることもあるだろう」
「それはこちらで何とかします」
「……よろしい。では解散といこう。王女は動くなら早く動いたほうがいい」
「ですが、民に周知するには時間が……」
「一部の民を受け入れたなら、その後も受け入れる。帝国も馬鹿ではない」
王女の仕事は自分と民を受け入れさせること。
それさえ完了すれば、その後は何とかなる。
ファーターはそう諭して動くことを優先させた。
監視をしていたのは手練れ。しかも城外から監視していた。
本格的に警戒されている証拠だった。
「では……三日後に動きます」
「わかりました。こちらはこちらで動きます。パーシヴァル侯爵の領地で会いましょう」
「はい……ファーター……あなたもお気をつけて」
「気を付けるほどの相手が出てくれば退屈しないで済む」
そう言ってファーターは姿を消した。
尊大な物言いにミアは小さく呟くのだった。
「何様ですの……?」
「何かいいました?」
「いえ……では手筈通りに」
そう言ってミアはマリアンヌと別れたのだった。




