第三百八十九話 真面目な話
「さて、真面目な話といこうか」
夜。
部屋には俺と勇爵しかいない。
完全な人払いのうえで話は始まった。
「ドワーフの一件だけではないですね?」
「もちろん。それだけのために皇帝陛下は私を派遣したりしないさ。もちろん、ドワーフの一件も大事ではあるけれどね」
「じゃあドワーフの一件についてからお願いできますか?」
「よろしい」
勇爵はにこやかに答えながら、紅茶を一口飲んだ。
相変わらずどんな所作でも様になる人だ。
「皇帝陛下はドワーフの一件については概ね認めるということだ」
「概ね?」
「北部貴族は以後、他国からの入植に積極的であること……つまりドワーフだけで終わらせるなということだね」
「藩国から流れてくる民も受け入れろということですか?」
「藩国だけじゃない。王国の民も来るかもしれない。ダークエルフとの一件で問題を抱えるエルフたちも受け入れる必要が来るかもしれない」
「すべて北部に押し付けると?」
「前例がないことだ。前例を作るならその後も積極的に動いてもらわねば困る」
「土地には限りがあります」
「陛下は皇帝領を手放すようだよ」
それに俺は少なからず驚きを受けた。
皇帝領とは各地にある皇帝直轄の領地のことだ。
大抵は特殊な土地で、金だったり、宝玉が取れたりする山がある。それらを手放すということは、それらを北部貴族に渡してもよいということだ。
利権を渡すから土地を渡せという交渉をするということか。それなら北部貴族は喜んで土地を渡すだろう。
「中央と北部との関係は悪化する一方だった。そのため北部は他の地域と比べて閉鎖的だ。それを解決したいと陛下は思っているんだ」
「皇帝の権限で土地を取り上げないのは、北部貴族の感情を考えてのことですか?」
「そうだね」
「しかし、皇帝領の価値は土地よりもはるかに重いかと」
戦功をあげたのに領地の一部を取り上げられては不満がたまる。
だから別の物と引き換えということはわかる。
しかし、ただ土地を得るだけにしては代償がでかい。
「褒美は渡す。しかし、それだけでは足りないと思っているのさ」
「償いですか?」
「そうだろうね。そして投資でもある。皇帝領の利権が北部の物になれば、北部はより栄える。復興も順調に進むだろうさ」
「助かりますが……どの北部貴族と取引をするつもりですか?」
「任せるそうだよ。皇帝領の取り扱い自体を君に委ねるそうだ」
「丸投げじゃないですか……」
「皇帝が渡した物ではなく、君が勝ち取った物だとしたほうが受け入れやすいという判断だね」
「それでは父上の評価が上がりません」
「私もそう言ったが、代替わりを待つ皇帝の評価など気にする必要はないそうだ」
このまま北部から嫌われたまま退位する気か。
北部からの悪感情は引き受けるといったところか。
北部に渦巻いていた皇族への悪感情は薄まった。しかし、皇帝への悪感情はいまだに残っている。
「損な人だ……」
「君がそれを言うかな?」
クスリと笑いながら勇爵は座っていたソファーから立ち上がった。
そして部屋をグルリと一周する。
周りを警戒しているんだろう。
「失礼、誰にも聞かれるなと言われているのでね」
「構いません。あれなら場所を移しますか?」
「それには及ばない。目立つ動きをしても仕方ないからね」
「あなたが来るのが一番目立つんですが?」
「問題ないさ。私はエルナを鍛え直しに来たということにする」
「……動向が探られていると?」
「その心配があるということさ。さて、本題だが……皇族は今、攻撃に晒されている。今回の帝位争いは誰かの手のひらの上にあるやもしれない」
今回の帝位争いはおかしい。
そう言った人物は二人。
目の前にいる勇爵と天才軍師と言われたソニアの義父。
どちらも鋭い観察眼を持つ人物だ。
しかし明確な証拠がなかった。
だが、俺がその証拠を見つけ出す前に父上がそれを切り出すとは思わなかった。
「……証拠があるんですか?」
「明確な物はない。だが、皇帝陛下とミツバ殿の見解では、妃経由で皇族が何らかの呪いを受けているのでは? ということだ」
「母上も同じ考えなのですか?」
「むしろ答えにたどり着いたのはミツバ殿だそうだ。最初は第二妃の遺言だった。ミツバ殿以外の妃を信じてはいけないと陛下に伝えていたそうだ」
「……不干渉を貫く母上ならば子供に影響を与えることはないと?」
「そういうことだ。第二妃はわざと呪いを自分に集めて亡くなった。自分の変化を感じて、自らを裁いたと考えることもできる。皇帝陛下に最も影響を与えられる妃だったからね」
「確かにゴードン兄上もザンドラ姉上も母親からの干渉を受けていました。それが原因で性格が徐々に変わっていったと?」
「そう考えることができるという話だ。まだ詳しいことはわからない。第二妃の遺言から発生した憶測だ。しかし……状況を考えれば筋も通る」
何もなかったと言われるより、裏で糸を引いた者がいると仮定したほうがすっきりする。
しかし、その憶測が正しかったとして、だ。
「残る懸念はエリク兄上とコンラート兄上ですか?」
「そうなる。コンラート皇子は第四妃から期待されなかったが、代わりに第三妃が面倒を見ていたからね」
「大人になってからは距離を取っていたと思いますが……結局はエリク兄上についているあたり、交流は裏であったんでしょうね」
「自らの母を殺すほどだからね。表向きになっていないが、コンラート皇子は謹慎中だよ。実母を殺した皇子を称賛する気にはなれなかったらしい」
「当然でしょうね。父上の周りには近衛騎士がいたわけですし、わざわざ手を下さなくてもよかった。エリク兄上と繋がっているならなおさらです。いざとなったら父親も刺すでしょうし」
「そうだ。だからこそ、アル。君の役割が重要になってくる」
わざわざ俺にこの話を持ってきたのには理由がある。
もしもエリクが呪いを受けているとしたら、危険視するのはレオと俺だ。
だが証拠はない。
だからこそ動いてもらいたいわけだ。
「餌を撒けと?」
「そうだ。皇帝陛下が気づいたのではなく……君が気づいたということで動いてほしい。藩国を攻めこむ際、皇太子の死について再調査を訴えてほしい」
「囮ですか?」
「そうなるね。断わっても」
「いいえ、やりましょう。ただし条件があります」
そう言って俺はすでに冷めた紅茶を飲み干す。
標的を俺に移すというのは派手に動くということだ。
最も警戒すべきは暗殺。
そうそう成功するものじゃない。
俺とレオを同時に狙うことはできない。
邪魔なほうを狙うだろう。その邪魔なほうに俺はならなきゃいけない。
面白い。
「聞こう」
「俺は俺のやり方でやります。最後まで俺を信頼してくれるなら引き受けます」
「……問題ない。皇帝陛下は子供たちの中で……君を一番信頼している。君が自ら牢屋に入ったあの日からね」
その言葉を聞き、俺はニヤリと笑うのだった。