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第三百八十六話 二人の義賊




 コルニクス藩国。

 最大の都であるコール。

 そこは激しい貧富の差によって、苦しむ民の悲鳴に包まれていた。

 だが、貴族も王族もそんな民の声に耳を傾けたりはしない。

 藩国は貧しい国ではない。

 海上貿易によってそれなりの富を生み出していた。しかし、その富は一部の者に独占されている。それが藩国という国だった。

 連合王国の属国扱いではあるが、その実状は半独立国。

 連合王国からの干渉もほとんどはね退けていた。

 そんな藩国でも連合王国からの正式要請では、帝国との戦争に参加せざるをえなかった。

 三年前の帝国との国境での小競り合い、そこからの皇太子の死。

 それ以来、藩国はなるべく帝国と関わらないようにしていた。

 どのような態度に出ようと怒りを買うことがわかっていたからだ。

 しかし、戦争に参加してしまった。

 連合王国と共同で北部国境を攻め、ゴードンに加勢した。

 そこまでは良かった。

 藩国としても北部をゴードンが抑えてくれれば、帝国との緩衝材を果たしてくれるからだ。

 問題なのは予定通りにはいかなかったということだ。

 ゴードンは負け、頼みの綱である竜王子ウィリアムは敗走した。

 今や藩国を守る勢力はいない。

 独力で帝国に対抗しなければいけないのだ。

 降伏など認められるわけがない。

 輝かしい未来を約束されていた皇太子を死に追いやったのだ。その怨みはどす黒く、深淵よりも深い。

 その怨みと怒りは藩国の国民にも向く。貧困に喘ぐ藩国の民たちは、帝国軍がいつ攻めてくるのかと震えていた。

 王族や貴族は逃げればいい。だが、民には逃げる力すらない。

 王族や貴族が逃げたあと、標的にされるのは藩国民である。

 それがわかっているから、藩国の民は暗い表情で日々を過ごしていた。

 だが。


「ドーン、ですわ」


 そんな藩国で暗躍する者たちがいた。

 朱色の仮面を被り、魔弓を操る義賊・朱月の騎士(ヴァーミリオン)

 国難の中、民のために動くヴァーミリオンは民の心の支えだった。

 この日も貴族が不正に蓄えた金銀財宝を運搬する馬車を襲撃したヴァーミリオン、ミアは遠くから瞬時に護衛を無力化してみせた。

 以前までミアが追っていた魔奥公団は、帝国での失敗の後に藩国から姿を消していた。

 貴族とも深いつながりを持っていた魔奥公団が、居心地のよい隠れ家をどうして捨てたのか。

 詳しい理由はミアにはわからなかった。

 ただ、藩国から逃げ出す気持ちはわかった。

 今の藩国では帝国の侵攻には対抗できないからだ。

 一応、まだ捜索はしているが痕跡は見当たらない。

 魔奥公団は藩国を見限ったのだ。

 だが、ミアは藩国のために動く義賊。

 以前のように藩国を拠点にしているならまだしも、組織ごと藩国から離れたならわざわざ追いかける必要はない。

 ミアの助けを必要とする人物は藩国にはまだまだいるからだ。


「さてと、さっさと片付けようですわ」


 襲撃した馬車に乗っていた財宝は大きな袋で四つ。

 それを簡単に背負うとミアはその場を離れようとする。

 だが、そんなミアを待っていたかのように大勢の兵士が迫ってきた。


「いたぞ! 朱月の騎士だ! 捕らえろ!」

「今日は早いですわね!」


 いつもなら警戒していても駆けつけてくるのはもっと後だ。

 この馬車の持ち主は囮にされたのだろうと察し、ミアはため息を吐く。

 貴族に連帯感など皆無だ。

 それを見せつけられると帝国との戦はやはり絶望的だと思わざるをえない。

 そんなことを思いながら、ミアはその場から逃走を図る。

 だが、今回はなかなかに厳重な包囲が敷かれていた。

 奪った宝物を持っていては少々辛いかもしれない。


「捨てるのはもったいないですわ……」


 屋根の上を走りながらミアは呟く。

 どこか包囲に穴がないものか。

 周りを探っていると、突然矢が兵士たちを襲った。


「ぐわぁぁぁぁ!!」

「なんだ!? どこから撃ってきている!?」


 闇夜の中、遠方からの狙撃。

 しかも兵士たちの足ばかりを狙い、周りの足止めをしている。

 神業ともいうべき腕だ。

 それを見て、ミアはすぐにその包囲の穴を抜けた。


「またお節介さんですわね」


 呟きながら、ミアは人気のない路地裏へと降りた。

 周りを見渡すが、人の気配はない。

 だが、ミアは言葉を発した。


「たまには姿を現したらどうですの?」


 その言葉の後、闇の中から一人の人物が姿を現した。

 青い仮面を被り、黒い服に身を包んでいる。

 その手には一本の弓。

 先ほどの狙撃はこの人物のものだった。


「何か用か? ヴァーミリオン」

「ええ、余計なお世話ですわ。ファーター」


 現在、藩国で活動する義賊は二人。

 一人はヴァーミリオン、もう一人が青い仮面のファーター。

 突如として現れたファーターは、ヴァーミリオンのように弱い者を率先して助ける義賊ではない。

 だが、藩国からはヴァーミリオン以上に警戒されていた。

 藩国が嫌がることを的確にやってくるからだ。

 連合王国からの兵糧を藩国はゴードンに届ける任務を受けていた。

 最初は上手くいっていたが、このファーターが現れてから上手くはいかなくなった。

 どれだけ極秘に事を運んでも、ファーターは輸送団の居場所を見抜いて襲撃する。

 その兵糧は藩国の民にもたらされ、結果的に民の飢えが解消された。

 ゆえに義賊と呼ばれているが、ファーターがしているのは民の救済ではなく、藩国への嫌がらせ。

 ヴァーミリオンとはその点が決定的に違っていた。


「余計なお世話だったなら謝ろう。第二陣、第三陣がいたんでな」

「えっですわ!?」

「君が捕まると私もやりにくくなる。身の安全にはもっと気を付けることだ」


 それだけ言うとファーターは姿を消した。

 それを見てミアは顔をしかめる。

 助けられるのはこれが初めてではない。

 いつもどこからか現れ、小さな助太刀をしてくる。

 だからといって全面的に協力するわけではない。

 何のために藩国へ嫌がらせをするのかもわからない。


「一体何者なんですの……?」


 疑問を抱きながらミアもその場を離れたのだった。




■■■




 そこから少し離れた空き家の中。

 そこでファーターは仮面を取っていた。


「やれやれ……この俺があの陰険仮面の真似をすることになるとはな……」


 ファーターの正体はSS級冒険者、ジャックだった。

 シルバーとの約束どおり、ジャックは正体を隠して藩国の上層部を混乱させていた。

 その過程で娘と思われるヴァーミリオンと接触することもできた。

 ほぼジャックはヴァーミリオンが娘だと確信していた。弓の引き方があまりにも自分と似ていたからだ。

 だが、向こうはいまだに警戒しているため、仲良く協力というわけにはいかない。

 ヴァーミリオンについていき、そこで自らの師匠がいれば確定的だが、それはあくまで協力関係による形でなければいけない。

 あとを追って居場所が割れれば、危険に晒すことになる。

 なにより。


「嫌われるわけにはいかないからな」


 そう言いながらジャックは自らの匂いを嗅ぐ。

 毎日水浴びをしているが、汗臭くはなかっただろうか?

 汗臭い父親では娘に嫌われてしまう。


「そういえば藩国の貴族が良い香水を仕入れたとか聞いたな? 襲撃しとくか」


 そう言って私利私欲を隠すことなく、ジャックは仮面をかぶってファーターへと変身するのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] シルバー「ようこそ、仮面(こちら)側へ」
[一言] ファーター殺すに刃物は要らぬ、娘の一言あれば良い ヴァーミリオン「お酒臭いですわ……(ボソ」 ファーター「ぐぼぁ!(喀血」
[良い点] 「ドーン、ですわ」 ミアらしい。 [気になる点] 果たして父子の和解はあるのだろうか。 一発殴らせろで済む様な気もしないではないが。 [一言] 世のお父さんを代表しているなあ。
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