第三百八十一話 大雨・上
北部全権代官になってから半月ほど。
貴族たちの挨拶が終わり、さまざまな揉め事に対応する日々が続いた。
一気にすべてを解決することはできない。
それでも少しずつ解決に向けて努力してきた。
だが、そんな復興への道に障害が立ちふさがった。
「まさかこのタイミングで自然災害か……」
窓から外を見ながら俺は呟く。
外は大雨で、吹き付ける強風が窓を揺らす。
頑丈に作られた貴族の屋敷は平気だろうが、雑なつくりの建物では一たまりもないだろう。
事前に大雨が来るかもしれないと聞いていたため、すべての領主には民の保護を優先するように伝えている。
そのため、ツヴァイク侯爵家の屋敷には多くの民が避難していた。他の貴族の屋敷も似たようなものだろう。
戦争で家を失った人も大勢いる。彼らには仮設の家を用意していたが、この雨じゃすべて使い物にはならないだろう。
やってくれたと思いつつも、ここで自然に文句を言ってもしょうがない。
「アル様の力でなんとかならないのでしょうか?」
フィーネが何とかならないかと訊ねてきた。
それに対して俺は肩を竦める。
「やれたらやってるよ。けど、気づかれずにこれだけ広範囲の自然現象を吹き飛ばすのは不可能だ。気づかれてもいいという条件だったとしても、かなりの重労働だ」
正直、コストに見合わない。
しかも被害はもう出てしまっている。
最初にやらないと判断した時点で、もうやらないという方針で行くしかない。
「そうですよね……申し訳ありません」
「謝る必要はないさ。俺ですら思うからな。誰か何とかしてくれないかなって」
大きくため息を吐きつつ、俺は両手で自分の頬を叩いた。
どうも天気が悪いと思考がマイナスに寄ってしまう。
今はできることをやるしかない。
切り替えろ。
そう自分に言い聞かせているとセバスが部屋に現れた。
「アルノルト様」
「何が起きた?」
「ツヴァイク侯爵領に流れる川が氾濫しそうです」
「最悪だな」
言いながら俺は用意していた地図を広げる。
ツヴァイク侯爵領に流れる川は大きなものが一つ。
北部の中心であるツヴァイク侯爵領でこの川が氾濫したら、北部はいよいよもって大打撃を受ける。
それだけは避けなければいけない。
「出るぞ。何としても氾濫を防ぐ」
「しかし、どうやって氾濫を防ぐのですか?」
「川を補強する」
そう言って俺は部屋に用意されていた雨具を身に着けた。
補強するには現場に行かなければいかない。
「この場はフィーネに任せる。民をよろしくな」
「は、はい! お気をつけて!」
「平気だ。俺は現場を見るだけだからな。シャルとエルナを呼べ」
「はっ」
こうして一気に屋敷は慌ただしくなったのだった。
■■■
「アル! 危険よ!」
「放っておくこともできないだろ? いいから行くぞ」
第三近衛騎士隊とツヴァイク侯爵家の騎士たちに俺は外に出る準備を命じた。
しかし、それは大雨に強風。
しかも氾濫間近の川に近づく。
危険と言うのは当然だ。なにせエルナは俺の護衛だからな。
「アル! 外に出るって正気!?」
「正気だ。準備しろ」
遅れてやってきたシャルが開口一番、俺の正気を疑ってくる。
そんなシャルにため息を吐きつつ、俺は準備を命じた。
「護衛なのにいいの!?」
「いいわけないでしょ!? 止めてるわよ!」
「力づくで監禁して!」
「できるわけないでしょ!? 近衛騎士が監禁なんてしたら他国に笑われるわよ!? そっちこそ、監禁しなさいよ!」
「できるわけないでしょ!? 北部貴族の上に立つ全権代官なんだから!」
後ろで俺の監禁について言い合いが始まった。
まったく、こんな状況でも言い合いか。余裕があるのかないのか。判断に困る二人だな。
「いい加減にしろ。ついてくる気がないなら別にいいぞ?」
「そ、そう言うわけじゃないわよ!」
「そうよ! ただ心配で……」
「俺が行かないと始まらない。方針は示した。心配する前にやれることをやれ。その言い合いよりはよほど民のためになる」
「……わかったわよ……」
「認めるの!? こんな状況で川に近づいたら命に関わるわ!」
「いいから準備しなさいよ! もう何言っても無駄なのよ!」
さすがは幼馴染。
よくわかっていらっしゃる。
周りで待機していたマルクたち第三近衛騎士隊の面々も呆れた様子で見守っている。
シャルももはや止められないと察したのか、小さくため息を吐いた。
「絶対に無茶をしないって約束して」
「それは約束できないな」
「そんな……」
「今は二択だぞ? 俺を信じるか、信じないか。エルナは俺を信じた。シャルはどうする?」
「……もちろん信じるわ」
「なら行くぞ。内乱のときよりはマシだ」
そう言うと俺はマルクの傍に近づく。
「熟練の騎士として意見を聞きたい。技術のない奴が馬に乗って平気な天候だと思うか?」
「私じゃなくても無理だと答えますよ。ご安心を。馬車を用意してあります。特注品なので、ぬかるんだ道も平気です」
「準備がいいな?」
「あなたの無茶に付き合うのはこれが初めてではないので」
「それもそうだな。お前と一緒にいると水に縁があるらしい。溺れたら助けてくれるか?」
「ご冗談を。今回ばかりは助ける自信がないので、大人しくしていてください」
そう言ってマルクが首を竦める。
そんなマルクに苦笑していると、ツヴァイク侯爵家の騎士たちの準備が整った。
「危険は承知。それでも北部を任された以上、目の前の被害は見逃せない。ついてこい。今、やれることを全力でやるぞ」
そう言って俺たちはツヴァイク侯爵家の屋敷を出発したのだった。




