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第三百七十七話 肩潰し




「よし、こんなもんか」


 幾度かの試行錯誤の末。俺はラインフェルト公爵への手紙を完成させた。

 最初は回りくどい文章を書いた。できれば来てほしいとか、借りがあるはず、みたいな言葉を使ったが、どうしてもしっくりこなかった。

 そもそも来てくれないと困るわけで、結局は色々大変だから助けてほしいという文章に落ち着くことになった。


「セバス。これを早馬でターレにいるフィンの下へ届けろ。同時に、グライスナー侯爵家の竜騎士団にはここへ来るように伝えろ」

「かしこまりました」


 ぐずぐずしているとリーゼ姉上だけ来るという展開になりかねない。

 リーゼ姉上にもきっと命令は届いているが、リーゼ姉上のことだから父上に返事を書いて、いくつかやり取りをしてから来るだろう。

 戦力のこと、藩国との戦争のこと、その後のこと。聞くべきことはいくらでもある。

 だが、来ないという選択肢はない。

 藩国は皇太子の仇。

 リーゼ姉上にとって自分の手で始末をつけたい相手だ。他の者に任せることはしないだろうし、それがわかっているから父上もリーゼ姉上に任せようとしている。


「さて……北部貴族への手紙を書くか」


 最近は寝てばかりいたせいか、手紙を一通書いただけで肩が凝る。

 しかし、サボれるほどの余裕はまだ俺にはない。

 適当に仕事をするために、今頑張ることとしよう。

 そう気合をいれて俺は机に向かったのだった。




■■■




 気合で北部貴族への手紙を書きあげた俺は、そのまま机の上に突っ伏した。

 さすがに疲れた……。


「アル! できたわよ!」


 なんて思っているとエルナがノックもせずに部屋へ入ってきた。

 もう足音で何となく察しがついていたけれど。


「そこに置いといてくれ」

「なに? まさか手紙を書いただけで疲れたの?」

「そのまさかだが?」

「信じられないわ……世の中の働く人たちをもっと見習いなさいよ」

「人には人のペースがあるんだ。俺は手紙を書くのにも気を遣うんだよ。どこぞの誰かさんとは違ってな」

「どういう意味よ!?」

「そのままだが?」


 突っ伏した状態のまま喋っていると、耳を引っ張って起き上がらされた。

 地味に痛い。


「訂正しなさい」

「断る」

「あら? そう?」


 エルナはニコッと笑ってみせると俺の背後に回った。

 その笑みに戦慄している間に、エルナの手が俺の肩に置かれた。

 そして。



「痛い痛い!!?? 痛い! 痛いって言ってるだろ!?」

「なかなか凝ってるわね~。もみほぐしてあげるわ! 感謝してもいいのよ?」

「ほぐしてない! 潰してる! やめろ! 俺の肩がぁ!」


 肩揉みなんていう生易しいものじゃない。

 肩潰しを食らった俺は悲鳴をあげる。

 そんな俺の悲鳴を聞きつけ、シャルが慌てた様子で部屋に入ってきた。


「どうしたの!?」

「シャル……助け……」

「肩揉みをしてもらっておいて、被害者面しないでくれるかしら?」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」


 シャルに助けを求めようと手を伸ばしたのが気に入らなかったのか、エルナの手に力がこもる。

 あまりの痛みに背中をそらせて、体をよじるがエルナの手は離れない。

 そんな俺を見て、シャルが助け船を出してくれる。


「や、やりすぎでは?」

「いいのよ。これくらいで」

「でも……」

「甘やかすととことん手を抜くから、甘やかしちゃ駄目なのよ」

「……それでも痛がることはやめるべきかと」


 エルナの言葉にシャルが言い返す。

 二人の視線が交差する。


「知らないようなら教えておくわ。私はアルとは幼馴染なの。扱い方は誰よりも心得ているわ。口を出さないでくれる?」

「ああ、なるほど。幾度か殺しかけたという幼馴染ですか」

「なっ……!? アル!? 何を話したのよ!?」

「事実しか話してない……」

「どうせ脚色したんでしょ!? 本当に死にかけたのは一度だけでしょ!?」

「一度だけ死にかけたら十分です! 少しは手加減しないとアルが壊れますよ!」


 シャルがエルナに突っ込みながら、エルナの手を俺から引きはがそうとする。

 だが、エルナの手はビクともしない。


「手を離してもらえるかしら? マッサージの途中なの」

「勇爵家のご令嬢はご存じないかもしれませんが、世の中では激しく痛がる行為はマッサージとは言わないんです」

「私が世間知らずとでも言いたいのかしら?」

「いえいえ。ただ、少々常識が足りてないのでは? と思っているだけです」


 エルナの手が俺の肩から離れた。

 肩が無くなるかと思った。 

 無くなってないことを手で確認したあと、俺は恐る恐る後ろを振り返る。

 そこではシャルとエルナが笑顔で睨み合っていた。ちょっと意味がわからないが、そうとしか表現できない。顔は笑顔だが、完全に一触即発の雰囲気だ。なんだか背中に嫌な汗が流れ始めた頃。

 そっと部屋の扉が開かれた。


「紅茶の時間ですよ~」


 部屋の張り詰めた雰囲気にそぐわない間延びした声。

 そこには紅茶の一式を持ってきたフィーネの姿があった。

 ピリピリした二人の雰囲気を気にした様子もなく、フィーネは紅茶を淹れる準備を始めた。


「北部の茶葉は帝都で手に入る物とは少し違うんです。やはり産地が違うと茶葉も変わってきますね。甘いお茶菓子も用意したので休憩しましょう」

「あ、ああ……助かるよ」

「まったく……」


 フィーネのマイペースさに毒気を抜かれたのか、先にエルナが俺から離れた。

 フィーネの前でまで争おうとは思わないらしい。

 エルナが引いたことで、シャルも一歩引く。

 そしてその間にフィーネが人数分の紅茶を用意した。


「どうぞ、アル様」

「ありがとう。フィーネの紅茶を飲むのは久しぶりだな」

「そうですね。色々と忙しかったですからね」


 これまでの出来事を忙しいと片付けるあたり、フィーネらしい。

 俺に紅茶を渡したあと、フィーネはエルナにも紅茶を手渡す。


「エルナ様はすごいんですよ、アル様。素早く侵攻ルートを設定して、必要な戦力も割り出してしまいました。藩国の情報を持ってきた屋敷の方も目を丸くしていました」

「さすがに仕事が早いな」

「と、当然でしょ? アルと一緒にしないで」


 そう言いながらエルナがそっぽを向く。

 褒められて嬉しいんだろうな。

 フィーネはそんなエルナを微笑ましそうに見つめたあと、シャルに紅茶を手渡した。


「どうぞ」

「ありがとうございます」

「シャルロッテさんはローエンシュタイン公爵の孫娘だとか。私の父は幾度か公爵と戦場を共にした仲だそうで、個人的お付き合いがあったそうです」

「そうなのですか? 初耳です。祖父はあまり自分のことは語らなかったので」

「優れた方は自分語りをしないものです。惜しい方を亡くしたと父も手紙で嘆いておりました。クライネルト公爵家は北部への支援に動いています。何か困りごとがあれば何でも言ってくださいね。全力で支援します」

「……感謝します。フィーネ様」

「いえ、当然のことですから。それと様付けはやめていただけませんか? アル様が呼び捨てなのに私に様づけというのはおかしいでしょう?」

「ですが……」

「どうぞフィーネと気軽に呼んでください。私もシャルロッテさんのことをシャルさんとお呼びします。私たちが仲良くなれば、西部と北部で交流が生まれるでしょう。これも領地のためと思って」


 そう言ってフィーネはウィンクしてシャルが自分の名前を呼ぶのを待った。

 しばらく迷っていたシャルだが、領地のためというのに負けたのか、恐る恐る呟く。


「では……フィーネと呼ばせていただきます」

「敬語も結構です。アル様に接するようにしていただけると幸いです」

「……わかったわ。けど、同年代の女の子への接し方ってわからないの。周りにいなかったから……」

「本当ですか? 私もそうなんです。似た者同士ですね」


 そう言ってフィーネはシャルと仲良く話し始めた。

 シャルもフィーネとは喋りやすいらしく、肩の力を抜き始めていた。

 雰囲気がぴりついたものではなくなったのを感じて、俺はホッと息を吐く。

 本当にフィーネがいてくれて助かった。

 あのままだったら喧嘩に発展していたかもしれない。 

 シャルとエルナの喧嘩は洒落にならない。

 しかし……リーゼ姉上がいない状態でこれだ。

 リーゼ姉上が来たら収拾がつかなくなるのは目に見えている。

 やはりラインフェルト公爵には絶対に来てもらわないとだな。

 そう決心しながら、俺は紅茶を飲むのだった。


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― 新着の感想 ―
フィーネが自分も呼び捨てにさせることでしれっとアル呼びを特別なものにならないよう調整してるの策士。無欲が本当に無欲を証明するために、フィーネには側室になってほしい。皇帝がミツバを苦手だと宣言したように…
[一言] リーゼ姐さまがいらされば、 軍隊のように統率されます。 (ケンカしてられない)
[気になる点] 下に書かれてる人もいるけど、エルナのこのマウンティングがほんと無理で書籍版買うのやめた、、いいとこもあるかもだけど役職もっててこの幼さは気持ち悪い、、現実でこの年でこの思考回路なら病院…
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