第三百七十六話 それぞれの仕事
「まずは北部全権代官のご就任、おめでとうございます。アル様」
「ああ、ありがとう。余計なおまけが付きすぎている気もするけどな」
純粋な笑顔でフィーネが告げた。
それに対して俺はエルナを横目で見ながら返す。
「なによ。私とリーゼロッテ様がおまけだって言うの? むしろむせび泣いて感激してほしいわ」
「帝国最強の将軍と勇爵家の跡継ぎなんて戦力過多もいい所だ。北部にそれだけの戦力を集中させるのは、俺を試している証拠。俺は懸命に働いて、父上への忠誠を見せなきゃいけない。そうしなきゃ帝都の貴族たちが騒ぎ出しかねないからな。つまり、怠けられない」
「由々しき事態ですな。アルノルト様にとっては」
「まったくだ。適当に北部の復興を手伝うだけだと思っていたのに……北部の復興と藩国侵攻への後方支援をやる羽目になるなんて……」
予定ではダラダラと北部の復興をやるつもりだった。
急速に復興するには手間がかかる。しかし、藩国侵攻の後方支援をするならある程度のところまで持っていく必要が出てくる。
厄介すぎると頭を抱えていると、部屋の扉がノックされた。
返事をするとシャルが入ってきた。
「失礼します」
「来たか、シャル。紹介しよう、第三近衛騎士隊長であるエルナ・フォン・アムスベルグと勅使としてきたフィーネ・フォン・クライネルトだ。俺は北部全権代官に任じられた。どちらも護衛と補佐という形でこれから北部に留まる」
「勇爵家の神童と蒼鴎姫のお噂はかねがね聞いております。シャルロッテ・フォン・ローエンシュタインと申します」
「初めまして。こっちも噂は聞いてるわ。北部の新たな雷神。戦では大活躍だったそうね」
「初めまして、シャルロッテさん。あとでお伺いしようと思っていたんです。レオ様が陛下に掛け合い、正式にツヴァイク侯爵位の引き継ぎが許されました。どうぞ、これからはツヴァイク侯爵をお名乗りください」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
フィーネの言葉を受けて、シャルは嬉しそうに笑った。
ローエンシュタイン公爵家は公爵の息子が引き継いだ。病弱ゆえ、不安は残るが次代への中継ぎとすれば問題ないだろう。
これで北部を支える貴族が固まった。
そこが固まらなければ何も始まらないしな。
「殿下のおかげです。お礼申し上げます」
「よせ。いつもどおりでいい。君は臣下である前に友人だ」
「そういうわけには……北部全権代官ということはすべての貴族を統括するということです。私が接し方を変えないと示しがつきません」
「肩書きで判断しないって自分で言ったはずだが? 肩書きじゃ人は変わらない。君の前にいるのはここ数日、ベッドからろくに起き上がらなかった駄目人間であることには変わらないだろ?」
「へぇ? そんな自堕落な生活してたんだ」
「見ろ。エルナは俺への態度を変えない。数少ない長所の一つだ。シャルも見習え」
「長所ならいくらでもあるわよ!? 少ないみたいに言わないで!」
エルナが言い返してきて、それをフィーネがまぁまぁとなだめる。
それを見てシャルはクスリと笑った。
それでいいのだとわかったのだ。
「じゃあ……これからもよろしくね。アル」
「ああ、よろしく頼む」
いつぞや、アルと呼べと言ったら、恩を返せたら呼んであげると言われた。
結局、その後に呼ばれることはなかった。
シャルもまたここから新たな一歩を踏み出したんだろう。
嫌いな皇族を友人と認めて。
「さて、じゃあ仕事といくか。セバス、手紙を書くぞ」
「かしこまりました。用意いたします」
「シャル。俺の代わりに北部諸侯への手紙を書いてくれ。俺が北部全権代官に任命されたこと。北部復興に全力を注ぐことを伝えてくれればいい」
「わかったわ」
「フィーネ、エルナ。名前を借りるぞ?」
「どうぞ、好きに使っていいわよ」
「私も構いませんが……何に使うのでしょうか?」
「北部の東側は反乱軍の拠点となっていた。領地を失った貴族たちは大きな傷を抱えている。彼らには特別な配慮が必要だ。だから俺が直々に手紙を書く。勇爵家と蒼鴎姫の名は箔付けだ」
そう説明するとセバスが戻ってきた。
その手には多くの手紙が用意されていた。
シャルはそのうちの大部分を抱えると、自室で作業に当たるといって部屋を出ていった。
行動力があって助かる。
「仲いいのね? 愛称で呼び合うなんて」
「すごいだろ? あのツヴァイク侯爵とローエンシュタイン公爵の孫娘と仲良くなったんだ。溢れ出る自分の魅力が怖いと感じているところだ」
「さすがアル様です!」
「まぁ、それもそうね。今の皇族じゃアルぐらいしかできない芸当だわ」
北部の皇族嫌いは筋金入りだった。
その中でもローエンシュタイン公爵は筆頭だし、最も被害を受けたのはツヴァイク侯爵だ。
シャルはどちらの祖父も慕っていたわけだが、片方は皇族同士の争いに巻き込まれ、片方は心労によって亡くなった。
きっとシャルは生涯皇族というものが嫌いだろう。
それでも俺を友人と認めてくれた。
その功績だけは胸を張って誇れる。
「シャルはこれからの北部を支える柱だ。俺はその土台をつくる。わざわざ臨時の役職で北部の復興を任せたのは、父上も同じように考えているからだ。忙しくなる。二人にも手伝ってもらうぞ?」
「お任せください。微力ながらお力になります」
「できることはやるわ」
「そういうことなら早速頼み事がある」
俺は一枚の紙をエルナに渡した。
白紙の紙だ。
怪訝そうな表情をエルナが浮かべる。
「なによ? これ」
「藩国を攻略するために必要な戦力と、最適な攻略ルートを探してくれ」
「私とリーゼロッテ様で藩国に乗り込むのが一番早そうだけど?」
「それ以外で頼む。フィーネはエルナの補佐をしてくれ」
「はい」
二人は任せられた仕事についてああでもない、こうでもないと言いながら部屋を出ていった。
残ったのはセバスのみ。
俺は一枚の紙を取り出して、手紙を書きだした。
宛先は北部貴族ではない。
「さすがに俺だけじゃリーゼ姉上は手に余るし……何よりあの人の人脈が必要だ」
「受けて頂けるでしょうか? お忙しい方です」
「来てもらうようにするさ。なんなら東部の騎士たちを率いて来てほしいくらいだ。どうせ、リーゼ姉上は少数で来る。東部国境を薄くするわけにはいかないからな。そうなると北部の戦力が使われる。それは避けたい。あの人なら一声かければ東部諸侯連合が出来上がる。あの人に借りのない東部貴族はいないからな」
俺からの要請となれば出陣もしやすいだろう。
あとはリーゼ姉上との仲次第だが……。
「まぁ、平気だろ。そのうち義兄上と呼ぶ人だ」
そう言って俺は東部の公爵。
ラインフェルト公爵へ手紙を書いたのだった。




