表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
377/819

第三百七十五話 ヤバい女



 帝国北部。

 ツヴァイク侯爵領の中心・デュース。

 そこで俺はレオを見送り、毎日寝て過ごしていた。


「もうお昼よ? まだ寝てるの?」


 俺に与えられた部屋にシャルが入ってくる。

 暫定的にツヴァイク侯爵位を引き継いだシャルは、この内乱で被害を受けた北部のために日夜走り回っている。

 実際、ゴードンが拠点とした北部の東側はかなりの被害を受けていた。

 建物はもちろん、人的被害が大きい。

 領主の一族は絶えていないが、当時の領主は死んでいたり、負傷していたり。

 さらにはその家臣たちも多くが命を落とした。ゴードンに仕えることを拒否したからだ。

 人材も物資も不足している。

 だからその相談でシャルの下には多くの人がやってくる。

 今、一番北部で忙しい人間はシャルだろう。


「まだお昼だろ? もうしばらく寝る」

「そう言って一日中寝てるじゃない……たまには手伝ってよ」

「俺に手伝えることはないさ。わかってるだろ?」


 皇帝の帰還命令を無視して、俺は北部にとどまっている。

 精力的に動けば勢力を構築しているとみられかねない。

 だから俺は決して動いてはいけない。

 父上が何かしらの回答をするまでは。


「説明は受けたけど……それと一日寝ているのは別じゃない?」

「怠惰であるのが大事なんだよ」

「元からの気質でしょ?」

「どっちでも一緒だろ?」


 ベッドで横になりながら答える。

 父上を刺激しなければ何でもいい。

 勘違いするとは思えないが、他の貴族が騒ぎ出す種を撒く必要もない。


「ああ言えばこう言って……とにかく起きて」

「正直に言ったらどうだ? 自分が働いているのに俺が寝ているのは気に食わないって」

「ええ、そうよ。私はこんなに忙しいのに、日がな一日寝ている皇子を見るのが癪なの。だから起きて!」


 そう言ってシャルは俺をベッドから引っ張り出す。

 されるがまま俺はベッドから引っ張り出され、シャルに手を引かれて部屋を連れ出される。

 連れていかれたのは食堂だった。

 そこには食事が用意されていた。


「とりあえず昼食……あなたにとっては朝食ね」

「寝起きだから食えなそう……パンだけでいいや」

「不健康の極みね……そのうち病気にかかるわよ?」

「そしたら看病してくれ」

「本当に病気になったなら考えておくわ」


 シャルにそう言われ、俺は肩をすくめながら席に座る。

 そして近くにあったパンを手に取って、小さくちぎって口に入れる。

 美味しい。

 城で出てくる物より美味いかもしれない。

 北部に留まって知ったことだが、北部の食い物は美味い。

 戦争中は凝った料理は出てこないし、そもそも味わうという行為をしてなかったから気づかなかった。

 けど、こうして穏やかな日々が続くと、そういうことに気づける。


「このパンを売り出せば北部は儲かるだろうに」

「無理よ。北部は冷遇されていたから、商人も寄り付かないの。まずは商人を呼びつけないとだけど、そのためにはお金が必要よ。けど、北部にはお金がないわ。再建にお金をつぎ込んでるから」

「商人ねぇ……」


 何とかできそうな人は何人か思い当たる。

 しかし、勝手に手紙を書いても迷惑だろう。

 今の俺には権限はないのだから。


「そう言えばウィリアム王子は大陸を脱出したらしいよ」

「そうか。とはいえ、本国に戻ったら戻ったで難関が待ち構えているけどな」


 ゴードン兄上を失った今、連合王国に勝ちの目はない。

 連合王国はここらが潮時と考え、帝国との和平を考えるだろう。

 だが、タダで和平してやるほど帝国は甘くない。

 そのために生贄が必要だ。

 連合王国はすべての罪をウィリアムに着せるだろう。

 ウィリアムは戦力を保持したまま本国に戻ったが、それでも王命には逆らえない。

 どうするつもりなのか。それによって連合王国の未来も変わってくるだろう。


「なんだか心配そうな顔してるわ。ウィリアム王子が心配なの?」

「まぁな……ヘンリックもウィリアムについていっただろうし」


 ゴードン兄上側についたヘンリックはウィリアムと共に藩国へ逃げ込んだのが確認されている。

 あいつもまたこれからが大変だ。

 どこにも居場所がない。ウィリアムはあいつをどうするつもりだろうか?


「裏切ったのに? 弟だから心配なの?」

「戦はもう終わった。連合王国が再度攻め入ってくることもないだろうし、残るのは後始末だ。心配くらいいいだろ?」


 恨みで戦争をしていたわけじゃない。

 やらなきゃいけないからやっただけのこと。


「怒ってないの?」

「怒りよりも呆れのほうが強い。馬鹿な奴だなって」


 ザンドラ姉上が反乱に加担し、ヘンリックの立場は危うかった。

 だからゴードン兄上に付き従ったんだろうが、あの時ならまだ挽回の目はあった。

 目の前の絶望的な状況を見て、安易な道を行ってしまったあたりヘンリックらしい。


「ヘンリック皇子はレオナルト皇子をライバル視していたと聞くわ。ならあなたの言うことなんて聞くわけない。何とかできたとか思うのは不毛よ?」

「そうだな。もう終わったことだ」


 心配もまた不毛。

 俺にできることがあるならやればいい。

 少なくとも今は何もできない。

 そんなことを思っていると突然、セバスが現れた。


「アルノルト様」

「どうした?」

「皇帝陛下からの勅使が到着いたしました」

「やっとか……」


 セバスの報告を受け、俺は大きく伸びをする。

 だいぶ待ちくたびれた。


「大丈夫……?」

「心配するな。この状況下で俺と北部を敵に回すほど父上は愚かじゃない」


 そう言って俺は立ち上がる。 

 そして勅使を出迎えるために屋敷の外へと向かうのだった。




■■■




 屋敷の正門。

 そこに馬車が到着していた。

 皇帝の勅使を示す旗がつけられており、その周りには近衛騎士が控える。


「お久しぶりです。アルノルト殿下」

「久しぶりだな、オリビエ隊長」


 第十一騎士隊隊長のオリビエ・セロー。

 フィーネをギルド本部で護衛していた隊長だ。

 君が思うほど久々ではないけどな、と心の中で呟きつつ、俺は馬車に目を向ける。

 そこから予想通りの人物が現れた。


「お久しぶりです。アル様」

「久しぶりだな、フィーネ」


 そこにいたのはフィーネだった。

 その手には手紙が握られている。


「今回は皇帝陛下の勅使としてまいりました。個人的な手紙をお預かりしていますが、その前に勅命をそのままお伝えします」


 そう言ってフィーネは柔らかく微笑む。

 そして。


「第七皇子アルノルト・レークス・アードラーは北部貴族と協力し、大きな戦功をあげた。 その戦功の報酬に、我が名代として〝北部全権代官〟に任命し、北部の統治を任せることとする。私はその補佐を命じられました」

「拝命した。また忙しくなりそうだ。よろしく頼む」

「こちらこそ。それとこれが皇帝陛下からの手紙です。すぐに読むようにとのことです」


 フィーネも中身を知らないんだろう。

 俺は乱暴に手紙を開ける。

 どうせ説教だろう。

 まったく、父上は懲りない人だ。説教で人が変わるなら俺はとうの昔に変わっている。

 ましてや手紙だ。

 これで懲りる俺じゃない。


「さてさて……」


 俺は折りたたまれた手紙を取り出し、それを開く。

 しかし、そこには説教は書かれていなかった。

 思った以上に短い文章。

 それは。


『藩国を攻略するため、リーゼロッテとエルナをお前の所に向かわせる。あとは任せた』


 一度読んだあと、俺は二度、三度とその文章を確かめた。

 しかし、文章は変わらない。

 透かしたら別の文章が出てくるのではと透かして見ても文章は浮かんでこない。

 しばらく奮闘したあと、俺は一つの結論に達した。


「よし、逃げるぞ! セバス」

「何事ですかな?」

「東と西からヤバい女が二人来る」

「ああ、なるほど。諦めるべきでしょうな。リーゼロッテ殿下はともかく、エルナ様からは逃げられません」

「やってみなくちゃわからないだろ!」

「過去に逃げ切れたことがありましたか?」

「昔の俺とは違う!」

「へぇ? どう違うのかしら?」


 声が空から降ってきた。

 まさかと思っても視線を上にあげられない。

 そんなことをしていると、後ろで着地音がした。


「こっち向きなさい」

「あー、あー」


 耳を覆って声を出して声をかき消す。

 俺は何も気づいてないし、聞こえない。

 だが、そんな俺を無理やり振り向かせ、エルナはニッコリと笑顔を浮かべた。


「昔と違うところ見せてみなさいよ? アル」

「オリビエ隊長、悪魔が来た。討伐してくれ」

「いえ、私はこのまま帝都に帰るので。殿下とフィーネ様の護衛はエルナ隊長が引き受けます」

「ご苦労様、オリビエ。今度お茶でもしましょう」

「うん。じゃあ、ほどほどにね」


 そう言ってオリビエたちは去っていく。

 残されたのは俺とフィーネとエルナのみ。


「さてと……とりあえずどうして逃げようとしたのかしら? 私はわざわざ空を飛んで駆け付けたのに」

「余計なんだよなぁ……」

「何が余計よ! アルだけじゃ危ないでしょ!」

「わかってんのか!? 父上がお前に俺の護衛を命じたのは、俺を困らせるためだ! 皇帝公認の厄介者って言われたんだぞ!?」

「アルがそう思ってるだけでしょ。ほら、北部全権代官なんて北部の王に任じられたも同然なのよ? シャキッとしなさい。だらけたら承知しないわよ」

「悪夢だ……これは悪夢だ……」


 何が悪夢かって、この状況下にリーゼ姉上が加わるということだ。

 今すぐにでも逃げ出したいが、襟首をエルナに掴まれているため逃げることもかなわない。

 ズルズルと引きずられる俺を見て、フィーネがクスクスと笑うのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] セバスの察しぶりが半端無い。お疲れ様。セバス。 [一言]  帝国最強冒険者〘銀滅の魔導師 シルバー〙こと 近代に生きるアードラーの一族イチの性質の悪い性悪意地悪暗躍皇子〘アードラシア帝国第…
[一言] 作中一番の ぷークスクスクス と笑えるのがいいですね。
[一言] しかし、メインヒロインが二人揃って来たが… やっぱりメインヒロインの危機と思ったからかな? シャルを死に際に託されたら、少なくとも側室にするしかないやろ? 政略結婚でも何でもすると言ったしね…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ