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第三百七十一話 雷神


 攻勢は四度に渡って行われた。

 こちらは地道に防御拠点を攻略し続け、ほぼハイナ山の防御拠点は無力化した。

 しかし、粘り強い抵抗にあってこちらも消耗を強いられた。


「ゴードン皇子の傷は致命傷という話ですが……」

「レオが手ごたえがあったというんだ。放っておけば死ぬ程度の傷は負っているはず。それでも敵の士気が落ちないのは代わりの指揮官が出てきたんだろう」


 姿は見えない。 

 だが、途中から竜騎士たちが息を吹き返し、積極的に動くようになった。

 つまり。


「ゴードンはダウンさせたが、ウィリアムが復活したんだろうさ」

「意外ですな。ウィリアム王子がいまだにゴードン皇子につくとは」

「俺は意外でもないけどな。奴は自分の言葉は曲げんよ」


 何があってもゴードンの味方でいる気だろう。

 柔軟さに欠けるといえばそこまでだが、味方ならこれほど頼りになる相手はいない。

 惜しいことだ。


「敵に残されているのは山頂の拠点のみ。一気に仕留めにいきたいところだがな」


 できない事情がこちらにはあった。

 そんな風に思っていると俺のところに伝令がやってきた。

 いよいよか。


「行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」


 セバスに送り届けられ、俺は向かう。

 ローエンシュタイン公爵がいる天幕へ。




■■■




「来たか……」

「ああ。お邪魔じゃないといいんだが」

「儂が呼んだのだ……邪魔なものか……」


 そう言うローエンシュタイン公爵はベッドで横になっていた。

 周りにはシャルや北部貴族たちがいる。

 攻撃できない理由はこれだ。

 北部諸侯連合軍の中心。

 ローエンシュタイン公爵が今際の際にいたからだ。


「攻勢を中断させてしまい……申し訳ない……」

「敵は瀕死だ。もう挽回のチャンスはない。止めを刺すのが明日になっても気にしないさ」

「……儂の命は役に立ったか……?」

「もちろん。感謝している」

「感謝するのは儂のほうだ……最期に良い戦いができた……まだ生きていたいとすら思えた……武人として戦場にて満足して死ねるのだ……悔いはない……」


 そう言ってローエンシュタイン公爵は俺を近くに呼び寄せた。

 俺は黙ってそれに従う。

 ローエンシュタイン公爵は弱弱しい動きで手を上げる。


「だが……心配事はある……どうか取り除いてくれないだろうか……?」

「何も心配することはない。ここに誓おう。北部貴族への尊重は必ず勝ち取ってみせる。俺のすべてを賭けて」

「……何から何まですまない……」

「何から何まで世話になった。当然だ」

「……ならば最後のわがままを言ってもよいだろうか……?」

「なんだ?」

「シャルロッテを……頼む……大切な孫娘だ……」

「必ず俺が守ろう。それでいいか?」

「ふっ……それならそれでいい……ああ……最期に良い夢を見れた……」


 そう言ってローエンシュタイン公爵の手から力が抜けた。

 その瞬間、北部貴族たちが声をあげて泣き始めた。


「お爺様……! お爺様ぁ……!!」


 シャルもローエンシュタイン公爵の横で泣き続けている。

 俺はそっと立ち上がると何も言わずにその場を後にした。

 天幕を出て少し歩くと、レオが俺のことを待っていた。


「どうだった?」

「あの人らしい最期だった。最期まで周りを心配していたよ」

「そっか。色んなことを教えてほしかったけど、叶わなかったね」


 レオは残念そうにつぶやく。

 だが、すぐに視線を山へと向けた。


「僕らは疲弊している」


 四度の攻勢。

 つまり四度も山を登ったのだ。

 ゴードン軍との戦いのあと、山の攻略戦だ。

 疲れていない者などどこにもいない。

 そこにローエンシュタイン公爵の訃報。

 士気はもはや上がらない。

 今、無理に攻めれば手痛いしっぺ返しを食らいかねない。


「敵残存戦力は一万ほど。半分以上は負傷兵だ。頼みの綱の指揮官たちは重傷を負っている。ここから向こうが逆転する方法はない」

「うん。それは僕も思う」


 だが、今日中に仕留めたい理由がある。

 そろそろ来る頃だろうと思っていると、一人の少年がハーニッシュ将軍に連れられて俺たちのところにやってきた。


「失礼いたします。ホルツヴァート公爵家のライナー殿です」

「両殿下にご挨拶を。ライナー・フォン・ホルツヴァートです」

「やぁ、ライナー。久しぶりだね」

「お久しぶりです。レオナルト殿下」

「どんな用件かな?」

「はい。これよりホルツヴァート公爵家は敵を攻めます。その報告に参りました」


 いけしゃあしゃあとライナーは告げた。

 こちらの要請には全く反応を示さなかった癖に、敵が最も弱体化した瞬間に攻め込むと言ってくるとはな。

 手柄をかすめ取る気満々というわけだ。


「その前にこちらの要請に応じなかったのはどういうことかな? 記憶が正しければ君たちはこちら側についたはずだけど?」

「申し訳ありません。一部の騎士から反発がありまして、それを収めるのに時間がかかりました。裏切った部隊ではよくあることです。お許しを」


 指揮官の独断で裏切ったから騎士が反発?

 軍隊ならまだしも騎士団でそれはない。

 劣勢側についたわけじゃない。優勢側についたんだ。

 ゴードンには大した義理もないんだ。反発する騎士なんているわけがない。

 ホルツヴァート公爵家はあまり戦場には出ない貴族だ。昔から。

 だが、政争では裏切りの常習犯。常に自らの保身を第一とする貴族。そんな貴族の騎士たちが主君の裏切りを咎めるものか。


「ではこちらからも精鋭を出そう」

「それには及びません。連携も取れないでしょうし、戦うなら別々に戦いましょう」


 どさくさに紛れて精鋭にゴードンとウィリアムを討てというつもりだったんだろうが、レオの申し出は断られる。

 精鋭を出す用意はあるが、軍となると別だ。

 疲弊した兵士を動員すれば用意できるが、それでは犠牲が増えるだけだ。

 一方、ホルツヴァート公爵家はほとんど戦に参加していない。

 この状況で万全の軍は切り札になりえる。

 こちら以上に敵は疲れているからだ。

 勝てることは勝てる。向こうからの申し出だし、断る理由もない。

 ここで断るとレオは手柄にこだわっていると言われかねない。

 かといって好きにやらせるとゴードンとウィリアムの首級を持っていかれかねない。

 たとえゴードンがレオの一撃で致命傷を受けていたとしても、首を取ったのは自分達だと主張するだろう。相手はホルツヴァート公爵家だ。

 さて、どうするか。

 考え事をしていると突然、山頂から大歓声が聞こえてきた。

 どこにそんな元気があるのか。

 だが、あれだけ士気が高いなら問題ないだろう。


「やれるものならやってみろ」

「……敵はどうやらまだ余力を残している様子。どうでしょうか? 挟撃という形を取っては?」

「ローエンシュタイン公爵の訃報でこちらは動けん。やるならそちらだけでやれ」

「……臣下に死んでこいと仰せですか?」

「臣下だと? いつからお前たちが俺たちの臣下になった?」

「我々は皇族の臣下です」

「よく言った! ならば命じよう! 今すぐ山に登って敵将ゴードンとウィリアムの首を取ってこい! 取ってこれない場合は遅参を理由に罰を与える。エリク兄上の指示があったとはいえ、あまりにも日和見がすぎるのでな」


 一気に畳みかけて主導権を与えない。

 ライナーはどうやってこちらを言いくるめるか考えているようだ。

 だが、それは無駄に終わる。

 山頂から戦場全体に声が響いたからだ。


「皆、これまでよく戦ってくれた! 最後の戦いだ! このゴードンに続け! 俺の背を追え! 俺の背が見えているうちは決して倒れるな! 皆の前には常に俺がいる! 遅れは許さん! 俺と共に駆けろ!! 突撃ぃぃぃぃ!!!!」


 全軍が騒がしくなる。

 だが、突撃をかけられたのはこちらではない。


「動ける部隊を選抜し、山の向こう側に回る。敵はホルツヴァート公爵家が食い止める。僕らはその間に敵を逃がさないように包囲する!」


 レオは的確に指示を出し、山の反対側への移動を決断する。

 敵はホルツヴァート公爵家を突破しての撤退を敢行したのだ。

 こちらではなく、元気なホルツヴァート公爵家を突破しようとするあたり、今までのゴードンとは少し違う。


「敵の機先を制す……ゴードン皇子らしい戦法ですな。久しぶりに」

「そうだな。俺たちも行くぞ。北部諸侯連合軍はこの場で待機。敵を逃がすな」


 そう言って俺たちは山の反対側に移動し始めたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 瀕死になって正気に戻ったことで、ゴードンの気質そのものが見えてくるの、なんか悲しいね。
[良い点] ゴードン、あに、うえ(。。
[良い点] ローエンシュタイン公爵とっても魅力的なキャラクターだった。 本当にかっこよかった。 [一言] ローエンシュタイン公爵...本当に惜しい人が亡くなったの残念。 最後に孫娘を託したのは嫁にと…
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